作家と禅僧の正面衝突

 作家・高村薫さんが2009年に発表した小説『太陽を曳く馬』は、『晴子情歌』(2002年)『新リア王』(2005年)からなる三部作の掉尾を飾る作品です。ある殺人とある事故を軸に物語は展開していきます。後者の「事故」が起きたのは、都心にある禅寺の修行専門道場で、そこへ高村作品ではお馴染の刑事・合田雄一郎が調査のために乗り込みます。この刑事と禅僧たちのやりとりが凄まじい。肝心の「事故」の顛末は脇において、仏や修行のあり方、『正法眼蔵』の醍醐味、「オウム真理教は宗教か?」など、仏教をめぐる本質的な議論が交わされていきます。それは小説の結構をも食い破りそうなほどの迫力とボリュームで、作者が生半可な覚悟で仏教に向き合ったわけではないことが、容易にうかがえる内容となっています。
 本作は、読売文学賞を受賞し、「文学的」に評価されました。しかし、この作品に埋め込まれた仏教についての議論が成されていない――、そのような声もちらほらと聞こえ始めました。
「……高村氏が取り上げているのが、現代日本の宗教状況です。なかんずく、仏教が俎上に載せられている(中略)そういう強度をはらんだ小説なのに、仏教界、仏教学界などの反応は、いつものことながら、極めて鈍いと言わざるを得ない」(対談「今、語るべき仏教 第一回 高村薫『太陽を曳く馬』をめぐって」より、宮崎哲弥氏の発言。『サンガジャパンvol.2』サンガ、2010年7月)
 ならば、それをこの「考える人」の仏教特集で実現させるため、高村薫さんにご登場いただきたい――。そう願って実現したのが、「対談 考えて問う。“仏教復興”の条件と可能性」です。
 高村さんを迎え撃つ仏教者をどなたにするかについては、早くから決めていました。というより、この人しかいないと思っていました。恐山の禅僧・南直哉師です。南師は、サラリーマンから一念発起して出家得度、曹洞宗の大本山・永平寺で約20年の修行生活をおくり、『老師と少年』『「正法眼蔵」を読む』などといった作品の著者としても知られる、「仏壇」随一の書き手でもあります。
 このふたりが、現代日本仏教のあり方をめぐって「正面衝突」したのが、この対談です。意外な共通点、近代理性と仏、大震災と仏教、生死の構造、オウムに決定的に欠けているもの、葬式仏教の限界、日本仏教復興の条件……。傲慢に聞こえるかもしれませんが、このふたりの話が面白くならないわけがありません。本特集の核となる対談でもあり、詳しくはぜひ「実物」をあたってみてください。