メクラチビゴミムシは、我々の知っている世界のまさに真裏、パラレルワールドの住人だ。彼ら自体は、我々にとってすこぶる身近な場所に生息している。都市近郊のちょっとした雑木林や裏山でも、一定規模の地下水脈さえ通っているならばまず生息していると思っていい。しかし、その事はイコール我々がいつでも気軽に見つけることのできる生物、ではない。前回話題にしたように、地下深くにある土砂の空隙を掘り進んで、そこにいるメクラチビゴミムシをつまみ出すことは容易ではないからだ。捕まえることさえ難しい有様なので、当然のことながら彼らの生活史の詳細はほぼ分かっていないのが現状である。

 状況証拠の積み重ねから断片的に分かっている生態情報は、肉食であること、年中採れること、産卵数がべらぼうに少ないことくらいだろうか。何しろ光が射さない暗黒の地下には植物が生えないので、原則としてメクラチビゴミムシをはじめとする地下性昆虫は肉食にならざるを得ない(中には、風や水の力で地下に運び込まれた枯葉や木片、あるいはそれに生える菌類を餌とする地下性昆虫もいるが)。とはいえ、地下性昆虫が主に餌としている小動物は、広大な地下の空隙の随所に散らばって生息していることが多い。深海魚は、暗闇の中で光を発するなどして獲物をわざわざ手元まで呼び寄せることができるが、基本的に地下性昆虫はそのような小ずるい策略など持たない。匂いを頼りにひたすら歩き回り、その過程でたまたま口元に触れた餌になりそうなものにかじりつくだけである。獲物の捕獲効率は決して高いとはいえず、常に飢えに耐え続けねばならない。なので、メクラチビゴミムシは絶食にかなり強い。湿ったろ紙を底に敷いたプラスチックの密閉容器内にメクラチビゴミムシを放っておくと、全く餌をやらないでも数週間は余裕で生きている。

九州の凝灰岩洞で再発見した、メクラチビゴミムシの一種。この記録については昆虫学専門誌に報告予定のため、ここでの詳細は控える。


 メクラチビゴミムシの話を世の中のいろんな人々にしていくと、時々「メクラチビゴミムシは家で飼えるのか」と尋ねてくる人がいる。私はそのたびに、「メクラチビゴミムシの飼育は、簡単だがとても難しい」と答えることにしている。まず、何が簡単かというと、上述のように餌をやらないでもそう簡単には餓死しないことと、タンパク質でさえあれば比較的何でも餌として食べてくれることだ。私は家で叩き潰したカやハエ、押し入れの奥に住みついていたクモなどを殺して脚を外したものなどを餌に、メクラチビゴミムシを2-3カ月飼育したことがある。私の知る同好の者の中には、自分のハナクソだけで飼育したという人もいるほどだ。成虫だけでなく、幼虫もこうしたものを餌に飼育することができる。

 ならば飼育は簡単じゃないかと思われるかもしれないが、それは違う。そもそも生き物の飼育というのは、ただ生き物を人工環境下で生かしておけばいいという趣旨のものではない。人工環境下において、いかに本来その種があるべき振る舞いを野生にいる時と同様にさせるか、ということを常に念頭に置いてやらねばならない。具体的にいうならば、野生で行う巧妙な狩りをちゃんと行うか、繁殖してくれるかといったことなどである。それを一切考慮しない生物の飼育は、飼育とは呼ばないし呼ぶべきではない。ゴムチューブだらけにして、生命維持に必要最低限の栄養を流し込んで、「ただ生かしている」だけの状態と同じと言ってもいいだろう。昔の動物園では、サルやライオンのような大型動物を狭い檻の中に閉じ込めて、ただ「見世物」のように展示している場所が多かった。動物は、ストレスと不安で檻の中を延々行ったり来たりするなど異常な行動を繰り返すが、まさにこれこそが動物を「ただ生かしている」だけの状態だ。もはや剥製とは、息があるかないかの違いしかない。だからこそ、最近の動物園ではこの手の動物の生態を考慮して檻飼いをやめ、深い堀で囲んだ大きなスペースで飼育するようになったのだ。

タイシャクナガチビゴミムシの幼虫。中国地方の特定の洞窟に生息する種で、成虫はかろうじて機能的な複眼をもつ。幼虫は細長い体で石の下を這い回り、小動物を食い漁る。


 メクラチビゴミムシに話を戻すと、何が難しいかと言われたら、繁殖させることが難しいのだ。人工環境下で、産卵・孵化・幼虫の成長・蛹化・羽化という一連の流れを再現させ、代替わりさせること(累代飼育)が非常に難しい。容器の中にメクラチビゴミムシのオスとメスを入れておくと、比較的すぐ交尾する。しかし、その後そのメスがちゃんと産卵するかと言えば、これがなかなかしない。大抵は、産卵する前に死んでしまう。うまく産卵させても、卵が孵(かえ)らなかったり幼虫がうまく育たなかったりする。しかし、メクラチビゴミムシの管理において一番やっかいなのは、蛹から羽化したばかりの成虫の管理だ。羽化直後の昆虫は体がとても柔らかくて色素も薄く、この状態をテネラルと呼ぶ。セミが羽化した直後の、全身が青白くて翅を伸ばしている最中の様を想像してみるとよい。メクラチビゴミムシはただでさえ体が柔らかく血色の悪い色彩をしているが、このテネラルの状態はそれに輪をかけてさらに軟弱だ。虫の形をした水そのもの。体はほぼ琥珀色と呼んでいいほどに色が薄く、衝撃と乾燥に弱い。下手に水気のないところに放置してしまうと、短時間で体が陥没して死んでしまう。かといって、水気を多くしすぎると、今度は溺れて死ぬ。非常に繊細な温度・湿度の管理が求められる。しかもこのテネラル状態の期間は、異様に長い。セミやトンボであれば、羽化してからわずか数時間で体に色が付き、しっかり外骨格も固くなる。しかしメクラチビゴミムシの場合、体がちゃんとしっかりした状態になるまで最低でも3-4カ月はかかるようなので、そのくらいの期間中ずっと繊細な管理を続けねばならないのだ。とにかく生かしておくのが難しいし、綺麗な標本にするのも難しいテネラルのメクラチビゴミムシが出てくると、それがたとえ山奥での数時間にも及ぶ過酷な「土木作業」の末ようやく出せた1匹だったとて、思わず舌打ちしてしまう。しかし、透き通るような金色に輝くテネラルは、暗黒の地下から掘り出した一粒の砂金に相通じる尊さがある。それもまた事実である。

ハベメクラチビゴミムシのテネラル。東海地方の石灰岩洞窟に固有だが、周辺地域の開発により地下水位が下がって洞窟内が乾燥してしまい、2000年以後確実な発見記録がなかった。この個体は2016年5月、その洞窟と同じ分水嶺上にあるただ一本の沢だけで発見に成功した個体で、最新の記録となる。


※一般向けの雑誌や書物、展示等では、しばしば差別的との理由から、メクラチビゴミムシが「メクラ」と「チビ」を抜いた名で紹介される事例が散見されます。しかし、如何なるものであれ、生物の標準和名というのはそれ自体が立派な一つの固有名詞です。個人の裁量で、勝手に都合悪いと判断した単語を抜き差ししてよい性質のものではないという、著者の研究者としての信念に則り、本稿ではそのままの名を表記しています。(著者)