光も差し込まない地下深くの隙間という、我々の生活とはまるで無縁に思える環境に生息しているメクラチビゴミムシだが、実は彼らの多くは我々の何気ない日常生活の営みによって絶滅の危機に立たされている。これはメクラチビゴミムシに限らず、全ての地下性生物に関して言えることである。地下性生物というのは、生物の中でも著しく地域固有性の高い連中だ。そして、もともと環境変化が少なく安定した地下に住んでいるため、ほんの少し湿気がなくなった程度のことで、もう生きていけない。しばしば、絶滅しそうだから保護しましょうなどと言われ、方々でおんぶに抱っこの保護活動がなされるナントカ蝶やらカントカ蜻蛉なんぞよりは、遥かに絶滅が切迫したものが少なくないのだ。しかし、いかに絶滅の淵に立たされようと、こうした類の生物はまず保護されず、気づいたら既に滅びていたというのがパターンだ。いや、滅びたことに気付いてもらえるならば、まだマシなほうか。大きな体、美しい翅、美声を持たなかった希少生物は、えてしてそういう路を辿るものである。

 都市開発や道路建設に伴い、地下水脈が突然分断されたり枯渇すると、乾燥に弱い彼らは一発で死に絶える。農地開発により地上で農薬が撒かれれば、やがて雨水とともに地下に浸透していく。こうした化学物質が、地下性生物の存続にいかなる影響をもたらすかに関しては、まだ我々は詳しいことを知り得ていない。また、洞窟の過剰な観光地化も問題だ。「洞窟」という非日常的空間は、それ自体が客寄せのレジャー施設として(特に観光資源の乏しい地方においては)安易に開発されてしまいやすい。今の日本は、責任という二文字を極端に恐れる。どこでもかしこでも、とにかく何か事故や問題が起きると、それが自然の成り行きに起因する不可抗力ゆえだったとて、誰かのせいにせねば気が済まない。洞窟に入った客がつまずいてケガをしたら訴訟沙汰だと、洞窟内の地面の石はすべて綺麗に片づける。泥で客の靴や服が汚れたら訴訟沙汰だと、洞窟内の湿ったぬかるみは全部コンクリートでガチガチに固める。暗い中、客が岩に頭をぶつけてケガをしたら訴訟沙汰だと、天井にはくまなく白熱電球をぶら下げて煌々と洞内を照らす。日本中、どこもこんな下らない観光洞窟ばかりになった。地面の舗装化と清掃により、洞窟内に住む微小な地下性生物達は物理的に身を隠せる場所を失う。本来暗黒の地下に人間がもたらした強い光の照射は、生き物にとってそれ自体ストレスとなるし、照射される熱による洞内の乾燥化で永続的にそこに住むことができなくなってしまう。洞窟内の観光整備は、ダブルパンチ、トリプルパンチとなって地下性生物達を叩きのめす。

ナガトゲオビヤスデ。富士山麓の火山岩洞窟に生息する、地下性ヤスデ。洞窟の入り口付近にいる個体は薄桃色だが、深部に行くに従い退色した個体が多くなる。

 荒廃した観光洞窟で見られる典型的光景の一つに、天井や壁に取り付けられた人工光源の周りにコケやシダが生い茂る様が挙げられる。光の射さない地下に、光合成する緑色の植物が茂るなど、本来ありえない光景だ。どことは書かないが、以前とある地方の観光洞窟に入った際、地下数十mの縦穴の底の壁面に蛍光灯が設置され、例によって周りがコケだらけになっているのを見た。コケの周りには地下性のまっ白いヤスデが集まり、コケを一心不乱に食べていた。それを観察していた時、たまたまそこの洞窟の案内をする係員の若者が、団体の観光客を引き連れてやってきたのだが、あろうことかその係員はヤスデを指さし「このように洞窟に生えるコケを食べて生きている生き物がいるんですよー、地下では独自の生態系が形成されてるんですねー、自然て不思議ですよねー」などと客に教えているのを見て、呆れてひっくり返りそうになった。この男は、いったいどれくらい長くここに雇われているのか知らないが(そして、何も知らない市民にこんないい加減な知識を与えていくら給料を受け取っているのか知らないが)、洞窟に植物が生えていることが如何に自然本来の状態からかけ離れた、メチャクチャな有様かを理解できないんだろうか。ヤスデは別にコケを喜んで食っているわけではない。元々餌となる有機物が少ない地下環境に、突然人間がコケという本来ありもしない有機物をもたらしたから、それに群がって本来食いもしないコケを食っているに過ぎない。何から何まで人間に作り替えられ、生き物の本来の生態まで歪められたこの異様な光景の、いったいどこに自然があるのだ。「お前は帰れ! 俺が代わりに解説する! この洞窟が如何にクソかを!」と、よほどそいつの手からメガホンを取り上げたい気分だったのを覚えている。こういう観光洞窟に限って、「自然保護のため鍾乳石を傷つけないでください」などの立て看板をあちこちに立てているのだから、もはや臍(へそ)も茶を沸かさない。

 しかし、地下性生物達の生存にとって一番かつ避けがたい脅威は、なによりも石灰岩の採掘だろう。我々は身の回りの様々なものを作るのに、石灰を使っている。家の窓ガラスにも、毎日通勤通学に使う道路のアスファルトにも、医薬品にも。そうした石灰はどこから来るのかと言えば、石灰岩地帯の山を丸ごとダイナマイトで爆破し、壊したものを加工して持ってきているのだ。石灰岩地帯は、地下に空隙が出来やすく、また地質的に複雑な成り立ちをしているようで、しばしば狭い地域内(たかだか半径10km以内)に凄まじい種数のメクラチビゴミムシが共存域なく棲み分けている例が知られる。逆に言えば、それら個々の種の分布域は非常に狭いということ。だから、たった山一つ、谷一つ切り崩すだけで、容易に種の一つ二つが地球上から永遠に失われる。大分県のある山に住んでいたコゾノメクラチビゴミムシは、唯一の生息地たる山が採掘のため原型もとどめず爆破されてしまい、既にこの世から消えている。しかし、そうかと言って石灰の採掘を今更やめられるかと言えば、やめられるはずがない。今の我々から石灰を抜いたら、きっと我々の生活水準はウン十年、ウン百年前にさかのぼってしまう。だから、我々はこれからも多くの地下性生物達の屍を見て見ぬふりをしつつ、石灰岩を採掘していくことになる。石灰は国内で唯一自給可能な鉱物だと言われるが、自給と言ったって今ある分を一方的に食いつぶしているだけだ。そして、失われた山はもう元には戻らない。

大分県の津久見鉱山。今は山体の上半分が消滅しているが、1950年代までは絶滅昆虫コゾノメクラチビゴミムシの生息する洞窟が中腹に開口していた。


 地下性生物の危機と言えば、こんなことがあった。熊本県のある山奥の集落脇に、歴史から忘れ去られた小さな凝灰岩洞が存在する。50年ほど前、その中で数匹見つかったきりのメクラチビゴミムシの種がいる。私はそれを探すべく、1年前にその集落を訪れたのだが、付近のどこを探しても件(くだん)の洞が見つからない。そこで、集落の最長老に尋ねてみたところ、なんとその洞はもうないという。2000年代に入ってすぐ、付近で大きな道路工事があり、その時出た残土をあろうことか、件の洞が開口していた集落脇の崖下に捨てたのだ。そのため、洞口は埋まってしまい、もはや中に入れないらしい。その場所を実際案内してもらったが、やはり洞窟はなかった。ただただ大量の土砂と瓦礫が崖下に堆積しているだけ。私は諦めるに諦めきれず、その後何度もその集落に通い、付近の沢を掘るなどして何とかメクラチビゴミムシを再発見できないかと試みた。しかし、この集落付近一帯は堅い岩盤が剥き出しの箇所が殆どで、人力で掘れる場所などなかった。かつてここに存在したメクラチビゴミムシは、もはや人類の前から永遠に姿をくらましてしまったのだ。そう思いつつも、持ち前の諦めの悪さ故、私はなおもそこの集落へと、時間さえあれば通った。そんな徒労を1年以上も続けたある日、私は気づいてしまった。崖の底にある、捨てられた土砂の堆積の最上部にたたずんでいた時、ふと上を見上げたら、頭上の崖に一際深い縦の亀裂が走っていることに。妙に気になった私は、苦労して垂直な崖の壁面をよじ登り、亀裂の奥を覗いてみた。なんと、そこには洞があった。実は、地元の最長老が言っていたことは彼の思い込みに過ぎず、洞はまだあったのだ。当初想定していたよりも、ずっと上方に開口していたため、からくも洞は埋没を免れていたわけである。入り口は深い亀裂の最奥にあり、ちょっと見ただけではまず存在に気づけない雰囲気だ。私は早速その中に潜ってみた。幅と高さが70cmくらいしかない、極めて狭い横穴で、内部では匍匐前進以外の体勢がとれない程だった。しかし、せいぜい奥行き70m程のその洞内を往復する中で、私は念願のメクラチビゴミムシを何匹も発見できたのだった。

 1年越しの労が報われた日だった。バスと電車を乗り継ぎ、いつもは陰鬱な片道4時間の帰路も、足取り軽やかだった。これに味をしめた私は、その2週間後またこの地を訪れた。この日もメクラチビゴミムシをはじめ、地下性のヤスデやクモなど変わった生物たちと洞内で触れ合った。小規模ながら、この洞内には実に多数種の生物がひしめいている。今後さらに通い詰め、ここの生物相を詳しく調べてやろう。そう思って帰宅した4日後、事件が起きた。かの忌わしい、熊本地震が発生したのだ。実は、件の洞がある場所というのが、最大震度7を観測した震源地のすぐ近くだったのである。その後も熊本、大分の随所で大規模な地震が頻発し、人々の生活に甚大な被害を及ぼしたことは記憶に新しい。あの地震以降、まだ私はあの界隈の洞窟に行っていない。そもそも交通が寸断されておそらく行けないというのもあるし、まだ地震が収束していない中、洞窟に入るなど自殺行為にも程がある。一体、洞窟はどうなってしまっただろう。せっかく1年がかりで見つけ出したのに、今度こそ崩れて埋まってしまってはいまいか。現地の人々の暮らし、そして地下性生物の無事を祈りたい。

 しかし、不謹慎を覚悟であえて考えると、これまで日本各地に数多のメクラチビゴミムシ達を生み出したメカニズムとは、こうした地震などに伴う大きな地質の移動、変化だったはずである。地下断層のズレが引き起こす、地下水脈の分断や流路変更の積み重ねが、それに寄り添う地下性生物の孤立化、ひいては種分化をもたらしてきた。ある人は、日本は地震の活動期に突入したという。それを思えば、今我々はこれから地下性生物が進化して行かんとする、重大な過渡期に立ち会っているのかもしれない。(撮影・すべて筆者)

※一般向けの雑誌や書物、展示等では、しばしば差別的との理由から、メクラチビゴミムシが「メクラ」と「チビ」を抜いた名で紹介される事例が散見されます。しかし、如何なるものであれ、生物の標準和名というのはそれ自体が立派な一つの固有名詞です。個人の裁量で、勝手に都合悪いと判断した単語を抜き差ししてよい性質のものではないという、著者の研究者としての信念に則り、本稿ではそのままの名を表記しています。(著者)