ヴェネツィアの画家に、日本で<クラゲ色>のインクが売られていると伝えたら、早速、家族にも話したらしい。 
 ほどなく、A4サイズの封書が届いた。<グレータより>。
 差し出し名には覚えがなく、見知らぬ住所だった。開けると、子供の図画が一枚。使い古しのコピー用紙の裏に描かれているのは、大小取り混ぜた謎の生き物だ。ピンク色をしたその生き物は一様に、ニコニコしている。
 同封されたカードにはたどたどしい文字で、
 <たんじょうびパーティーにきてね>
 とあり、<絵は、クラゲの一族だそうです>と、カードの裏には画家から添え書きされている。クラゲの一連の話を面白がった娘が、秋の初めに六歳になるという。

©UNO Associates Inc.

 
 画家はアトリエをヴェネツィア本島に構えるが、住まいは大陸側に置いている。代々本島で暮らしてきたが、いざ自分が家庭を持つ段になると、非日常の連続のようなヴェネツィア本島では生活を続ける気になれなかったからだ。
 「動じない地面を踏みしめたい。土を自分のものにしたい」
 幼い頃、大陸側に住む親戚宅の庭を駆け回った楽しさが忘れられなかった。
 クラゲに誘われて、ヴェネツィア人が叶えた夢を見に陸部を訪ねることになった。

 秋とはいえ、まだ日差しは強い。「電車もバスも通っていないから」。干潟から陸の孤島、か。高速道路を下りた途端、車を超えるほど背の高いヨシに囲まれた。生えるに任せて、原となっている。市道はかろうじて舗装してあるが、のたりのたりと大きなカーブを繰り返し、注意していないと側へ車輪を外してしまう。
 ヨシの長い茎間がときおりキラリと光ると思ったら、川が流れている。結構な水嵩で、両側の群生するヨシの裾を濡らしながら勢いよく流れていく。
 川を越えてしばらく行くと、住宅が連なる一帯が見えてきた。屋根の形も壁の色も、窓の配置や大きさまで似たり寄ったりの家が続く。その気になればひと跨ぎで越えられるような柵で、申し訳程度に隣家との境を引いている。申し合わせたように、どの家にも軒下には自転車や遊具が見え、三角屋根の犬小屋が庭の一角に置いてある。道沿いに向いて建つ没個性の家々を眺めるのは、平穏な暮らしの図録を繰るようだ。
 人も車も通らない。ときおり草木の揺れる音が聞こえてくるだけだ。悪党たちもここまで来るのは、ひと仕事だろう。住宅街が無防備に見えるのは、犯罪の少ない証拠なのかもしれない。
 ヴェネツィア本島の西端に立つと、海峡を挟んで向かいの大陸側の縁に工場の煙突が林立しているのが見える。およそヴェネツィアと相容れない醜悪な風景のすぐ裏に、川の流れる緑豊かな一帯があるなど、思ってもいなかった。

 ようやく画家の家に着いた。
 「今すぐ行くから」
 インターフォン越しに画家の声のうしろから、子供たちのはしゃぎ声が聞こえる。森の中で、小鳥がさえずるのを聞くようだ。
 手入れの行き届いた芝生。敷石。葦簀(よしず)を張った玄関前ポーチ。中庭から家屋に向かって花壇が続いている。画家は、こちらの柵の扉にあちらの扉、と鍵を開けながら近づいてきた。
 玄関の鉄門がゆっくり開き始めると、四方八方から犬たちが走り寄ってきた。 車を入れ終えると、再び画家はあちこちに鍵を差し込みながら締め直し、家へと案内した。防犯警報ベルを解除しては、また点けて。玄関から家、離れ家、物置小屋、と敷地じゅう漏れなく設置してあるのだった。
 まるで地雷だ、とからかうと、
 「これでも足りないくらいだ」
 と、真面目な顔で画家は応えた。

©UNO Associates Inc.

 
 大人の腰に届くかどうかという背格好の子供たちが、新しい客が到着するたびにわらわらと寄っていく。女の子たちは皆申し合わせたようにピンク色の洋服で、花がぱっと咲いては散るようだ。挨拶はそこそこに、客たちが持ってきた贈り物の包みを取り囲んでいる。どの包みもこれ見よがしに大きく、貰った子は抱えられない。あちこちにカラフルな風船が飾り付けられ、ときどき威勢良い音を立てて破裂し、そのたびに子供たちが歓声を上げる。中庭の長テーブルには、本島にある有名な菓子店の名が入った紙包みがいくつも並んでいる。
 招待された子たちは合計十人だったが、各々兄弟姉妹もついてくるうえ両親もしくは祖父母、中には伯父伯母たちまで同伴でやってくる子もいて、
 「ざっと見積もって、五十人かしらね」
 画家の妻は、手際よくテーブルに食べ物や飲み物を並べていく。菓子店の包みの中からは、パニーニに切りピッツァが六十片ずつ。「夜なべして作った」チーズパイにサラダパスタ。ポテトチップにチョコ入りビスケットはもちろん、コカコーラにジュース、ミネラルウォーターがところ狭しと並んでいる。
 子供たちはときどき水を飲んではポテトチップを鷲掴みにして、また庭へ遊びに走っていく。
 テーブルの周りに残るのは、付き添ってきた大人たちである。いつの間にか、高級な発泡白ワインがワインクーラーに入って数本、置いてある。
 昼なのに、大人たちの身繕いにはずいぶん気合が入っている。夏を終えたばかりのこの時期の何より贅沢な装飾品は、太陽が沁み込んだような念入りな日灼けだ。日陰だともう肌寒いのに、胸元を深く開けたブラウス姿もいれば、素足の太腿までスリットが切れ込んだスカートの母親もいる。ガチャとこれ見よがしに、真新しい革製のキーホルダーに付けた車の鍵を置く父親がいる。
 バカンスにどこへ行った。あのレストランではもう食べた。有名な何某と話した……。
 子供のためのパーティーが、大人の近況自慢の場になっている。
 しかし皆、同じ地区内に居て、同じ形の家に住み、同じ花を植え、同じ水上バスで本島へ働きに行く。望んだ夢まで、同じだった人たちなのだ。

©UNO Associates Inc.

 笑顔で勢ぞろいしたクラゲの一族の絵を思い出しながら、パーティーに集まった大人や子供たちを見る。泰平なようで、警報装置だらけの家々での暮らしを思う。
 夢を叶えてしまったヴェネツィア人たちは、退屈している。非日常が恋しいのだ。