Kangaeruhito HTML Mail Magazine 688
■[特集]谷川俊太郎 ■最新号目次 ■編集部の手帖
 
 真実を問い続けること
 
  米国のジャーナリズムを扱った映画といえば、最近では、本年度アカデミー作品賞・脚本賞に輝いた「スポットライト 世紀のスクープ」が思い浮かびます。アメリカの地方新聞「ボストン・グローブ」紙が、2002年1月、地元ボストンで過去10年間に、カトリック教会の神父計70人が児童への性的虐待を行い、それを教会が組織ぐるみで隠蔽していた事実を明るみに出すまでの舞台裏を描いた作品です。新任の編集局長の指示のもと、4人の調査報道チーム(「スポットライト」班)のメンバーがひたすら地道な取材を繰り返し、確かな全体像をつかむまで粘り強く事実を積み上げていくありさまが、リアルに再現されたドラマです。このメルマガでもすでに紹介した通りです(No.673)。

  今回取り上げる「ニュースの真相」(原題は「TRUTH」)も、実在のジャーナリストが主人公です。2004年の米大統領選挙で再選をめざしていた、現職のジョージ・W・ブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑を追及したCBSの報道番組「60ミニッツII」の一大スクープが、放送後、「誤報」のバッシングに晒されて、番組の関係者らが次第に窮地に追い込まれていく実話を基にしています。

「スポットライト」がジャーナリズムの輝かしいサクセス・ストーリーだとすれば、こちらは試練と挫折の物語。スクープを絶えず求められる商業ジャーナリズムの厳しい現実と、「誤報」の非難を浴びながら、疑いを晴らし、なお問題の本質=真実を問い続けようとする現場ジャーナリストの不屈の魂を描きます。
 


 すでに確定された事実として、テレビ番組を仕切った敏腕女性プロデューサー、メアリー・メイプス氏は解雇され、他のCBS幹部も辞職しています。また、米ジャーナリズムの伝説的存在であり、リベラルなジャーナリストの象徴でもあった花形アンカーマンのダン・ラザー氏は、次の契約更改を前に、24年間務めたCBS「イブニング・ニュース」、「60ミニッツII」を降板しています。

 米メディア界にとっては衝撃的な事件で、当時のことは私も鮮明に覚えています。イラク戦争の是非が焦点となった大統領選を目前に控え、現職大統領のブッシュ氏が、かつてベトナム戦争さなかの1968年5月から1973年9月までの5年間、有力な地元選出の連邦下院議員だった父親の政治的なコネを利用して、テキサス空軍州兵に入隊。ベトナム戦争への派兵を逃れたばかりか、職務怠慢の疑いも濃厚である、という渾身のスクープが放たれたのでした。「60ミニッツII」ではその決定的な証拠として、当時上官だった故キリアン中佐が遺したとされる、ブッシュ候補の「訓練不参加」や「能力不足」について記した「キリアン文書」を入手したと報じました。大統領選の行方を左右しかねないこのスクープを、番組で伝えたのが、ダン・ラザーでした。

 ところが、放送後たちまちにして、インターネットの世界で「反撃」の狼煙(のろし)が上がります。保守派のブロガーたちが、証拠の書類は偽造されたものではないか――文書のフォントや書式設定が当時のタイプライターのそれとは異なり、書類は何度もコピーされて不鮮明に加工された偽いがあると指摘したのです。大スクープは一転、「大誤報」の疑惑に包まれ、激しい集中砲火の対象となりました。熾烈な再選活動を展開していたブッシュ陣営からすれば、これを一気に誤報として葬り去れば、以後、ブッシュ氏の軍歴詐称疑惑自体を封印する好機ともなるわけです。
 


「裏とり」の詰めの甘さがもたらしたわずかの「隙」をついてくる執拗な逆襲の凄まじさ、競争的な他メディアの過熱報道、ネット上のルール無視の個人攻撃。事態の収拾を図るCBS上層部は内部調査委員会を設置し、放送内容の検証に取りかかります。委員会メンバーにはブッシュ政権に近い有力者も含まれており、取材チームにとっては初めから答えが出ているような、厳しい聴聞の場が用意されます。
 


 結果、番組責任者たちは処分され、ダン・ラザーは報道の内容に誤りがあったことを番組内で釈明することになりました。

 映画では、女性プロデューサーのメイプス役をケイト・ブランシェット、ダン・ラザー役をロバート・レッドフォードの2大俳優が演じています。言うまでもなく、R・レッドフォードは、リチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件の歴史的スクープを描いた映画「大統領の陰謀」(1976年)で、「ワシントン・ポスト」の若手記者2人組の1人ボブ・ウッドワード役を演じました(もう1人のカール・バーンスタイン役はダスティン・ホフマン)。

 ジャーナリズム史の金字塔となったウォーターゲート報道とは対照的に、今回はスクープ報道があえなく一敗地にまみれる「挫折」の劇が扱われます。俗に「ラザーゲート事件」と呼ばれる当事者の役柄を、俳優自身はどう感じていたのでしょう。撮影前、ダン・ラザー本人に一度だけ会ったというR・レッドフォードは、彼に質問しています。
 
<僕が彼を演じることについてどう思っているのかわからなかったから、『何か僕に言っておきたいことはありますか?』って聞いたんだ。そしたら彼は『うん、ひとつだけ言いたいことは、これは“忠誠心”についてだということ。それがすべてなんだ。僕らはお互いに対して忠誠心がなくてはいけなかった。なぜなら、ものすごく分の悪い戦いを繰り広げていたわけだからね。そして僕たちは上司に忠誠心を持っていた。だけど、その忠誠心は失われてしまった……』ってね。それを僕はスクリーンで描きたかったんだ>(『週刊朝日』2016年8月12日号)
 
 これをさらに詳しく、ダン・ラザー自身が語っています。
 
<CBSに対する忠誠精神は、エドワード・R・マロー(アメリカのテレビ黎明期に活躍したCBSのジャーナリスト、アンカーマン)の時代から、公民権運動、ベトナム戦争、アブグレイブ報告(*1)に至るまで、我々の報道や権力に対する疑念の背後には確固として存在するものだ。私はCBSニュースが半世紀以上も支持してきたこの精神が大好きだったし、今でもそうだ。我々の政治の形態は、人民の、人民による、人民のための政治だが、それは国民が本当に起こっている出来事を知っている場合にのみ機能する。ジャーナリストの使命とは、権力者が国民に知らせたくないことや彼らが隠し続けたいと考えていることを見つけて報道することだ>(劇場プログラム「ダン・ラザー コメント」より)
 
 続けて、こうも述べます。
 
<私たちの物語が、介入や脅しに立ち向かうジャーナリストを一人でも助けることができ、一人でも多くの視聴者がニュースの真実を理解するサポートとなり、有権者が一人でも多く民主主義やジャーナリズムをダメにするような人間から、それらを守れる人物を選ぶ手助けができるなら、大いに価値があると考えている>(同上)
 
  CBS上層部が“自社防衛”のために現場を犠牲にしたことへの批判や、その背後に強大な権力の影響があることをにおわせる発言です。映画の原作となったメアリー・メイプス氏の著作『大統領の疑惑』(キノブックス、原題 "Truth:The Press, the President, and the Privilege of Power")も、この点では共通しています。その意味では、メイプス、ダン・ラザー両氏の視点に立った見方であることは考慮する必要があるでしょう。

 現に、「60ミニッツII」取材陣に根強いリベラル的な心情――ブッシュ大統領の保守的な理念とは相いれず、彼の再選阻止に情熱を燃やす傾向――を指摘する証言が映画の中にも登場します。情報の真偽を判断する上で政治的なスタンスが影響しなかったか――そこに事実確認の甘さや、目の曇りは生まれなかったか。「スポットライト」のような慎重さ、着実さ、粘り強さが欠けていなかったか、等々。

 ただし、番組を放送するまでの時間的制約が大きかったことも見逃せません。大統領選が11月にあり、ブッシュ大統領が立候補するならば、この特ダネは9月上旬までに放送しないと選挙妨害になってしまいます。放送枠として確保できるのは9月8日。番組制作に残された時間はわずか5日間という状況でした。締切は商業ジャーナリズムの常ですが、あまりに厳しい条件でした。
 


「ニュースの真相」に対してCBS側は、映画のCM放映を拒否しただけでなく、広報担当者は「映画『TRUTH』に、いかに“真実”が少ないかに驚嘆した」「あまりに多くの歪曲、言い逃れ、根拠のない陰謀論が含まれており、ジャーナリズムとしての誤りをヒロイズムと殉教に変えようとしている」と語っています(AP電、2015年10月16日)。

 映画の見どころは、スクープ報道を手がけていく際の息づまる展開と、目覚ましい成功の余韻にひたったのもつかの間、証言者たちの発言が揺らぎ、ただただ守りの後退戦を強いられる当事者たちの苦悩――なかんずくメアリー・メイプス、ダン・ラザー両氏がそこで示すジャーナリストとしての矜持と信念の姿です。

 内部調査委員会の席上で、メイプス氏は堂々と主張します。真実を問い続けるジャーナリストとして――。
 
<メモの偽造者たちは1971年の空軍州兵に関する詳細な知識を持ち、習慣や規則、短縮形まで知っている。ブッシュの公式記録を把握し、メモ内容が矛盾しない当時の空軍州兵の重要人物をすべて知り、名前だけでなく考え方やお互いの関係にも詳しい。キリアン中佐が個人的メモを残していたことを知り、上官やブッシュ中尉に対し、どう感じていたのかも熟知している。これらを元々知っているか調べるかしないと、私たちを騙すことはできない。そして、それだけ時間を費やし、正確を期する人物が、わざわざワードを打つと思いますか?
 取材の主旨は、ブッシュが兵役を務め上げたかどうか。誰もそれには触れず、フォント、偽造、陰謀論ばかり。主旨が気に入らないと今は皆そうやる。指摘し、わめき、政治傾向、客観性、人間性まで疑ってかかり、スクラムを組んで真実を消し去る。異常なほど騒いで、すべてが終わった時には、主旨が何だったか思い出せない>
 


  報道の世界で、CBSは絶大な信頼感を築き上げてきました。輝けるアンカーマンが歴史に名を刻んでいます。マッカーシズムの嵐と戦ったエド・マロー。ジョージ・クルーニー監督の「グッドナイト&グッドラック」(2005年)という映画がありました。

 そしてダン・ラザーの前任者であり、1962年4月から1981年3月まで「イブニング・ニュース」の2代目アンカーマンを務めたウォルター・クロンカイト。「アメリカの良心」とされ、「大統領が何か言ってもそれをクロンカイトが違うと言ったら、国民の70%以上はクロンカイトのほうを信じる」と言われたくらい信頼されました。ベトナム戦争の継続に懐疑的で、その終結を早めたとも言われます。エンディングの「And that's the way it is.(今夜はこの辺で)」は名ゼリフとして知られ、TBSの「NEWS23」では筑紫哲也さんがこれにならいました。

 映画の序盤で、アンドルー・ヘイワードCBS社長が、系列局のVIPを多数招いたパーティの席上、ダンを誇らしげに紹介する場面があります。
 
<彼はケネディ暗殺を世界にスクープし、ザプルーダーが撮った8ミリ映像(*2)の詳細を報じました。33歳でホワイトハウス記者に。翌年、ロンドン支局長。“ベトナムの真実”を最初に全米の家庭に伝え、“ソ連アフガン侵攻”“イラン人質事件”を取材し、1981年CBSイブニング・ニュースのアンカーマンに。米国史上、誰よりも多くのニュースを伝えてきました。テキサスの労働者の息子が大出世です。皆さん、私の友人であり、尊敬すべき先駆者ダン・ラザーです>
 
 打って変わって、映画の最後は、アンカーマンの座を降りることになったダン・ラザーが、テレビ画面を通して語りかける場面です。
 
<24年間、毎晩ニュースをお伝えしてきました。今夜“おやすみなさい”を言う前に感謝の言葉を。CBSニュースの過去、現在にわたるすばらしいスタッフたち。長年、共に働けたことを誇りに思います。そして視聴者の皆さん、毎晩見て下さって感謝します。大変な名誉であることを忘れはしません>
 


 そして、いまあらゆる困難に直面している人々、「真実を報道することでリスクを冒すジャーナリストたち」に向けて、こう呼びかけて締め括ります。

「そんな皆さんすべてに、勇気を(courage)!」
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)

 
*1、イラクのアブグレイブ刑務所での米軍による捕虜虐待の実態を「60ミニッツII」が報道した。番組は「放送界のピューリツァー賞」とも称されるピーボディ賞を2005年に受賞した。
*2、1963年11月22日、テキサス州ダラスを訪れたケネディ大統領のパレードを見物し、偶然にも暗殺場面を記録した、いわゆる「ザプルーダー・フィルム」のこと。
 
■8月5日~TOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次ロードショー。(C)2015 FEA Productions, Ltd. All Rights Reserved.
 
■来週は都合により1回休みます。次の配信は9月8日の予定です。

 

 
Copyright 2016 SHINCHOSHA (C) All Rights Reserved