国立民族学博物館(みんぱく)をご存知でしょうか? 大阪府吹田市、千里万博公園に立つ、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
梅棹忠夫は、みんぱくの創設者の一人であり、1974年~93年(1974年準備室、77年開館)まで初代館長をつとめ、昨年7月3日に永眠しました。
1周年にあたる今年、みんぱくの総力あげての特別展「ウメサオタダオ展」が3月10日から6月14日までの三ヵ月にわたって開催されました。梅棹忠夫の遺した資料――著作物約7000点、フィールド・ノート約150冊、スケッチ約200点、写真約3万5000点、ファイル約1万点、無数のカード――の中から、彼の世界各地にわたるフィールドワーク、発想、思考、知的生産へといたる軌跡をありありと見えるようにしようという試みで、ここに展示された写真約800点、著作物約100点、ファイル約100点ほどの多くは、はじめて公開されるものでした。
『考える人』の追悼特集では、まず展覧会にかかわる3つのレポートを配しました。梅棹忠夫というとらえがたい巨きさをもった存在がいかにして生まれたか、その豊かさ不思議さ面白さは、展覧会をとおしてみると、よりはっきりと迫ってきたからです。

(1)小長谷有紀 「知的生産の七つ道具にみる思想」
みんぱく教授の小長谷さんは、「ウメサオタダオ展」の実行委員長、つまりプロデューサーであり発信者です。
本稿では、稀代の記録魔であった梅棹の資料から、彼の思想基盤を読み解いていただきました。膨大なノートやカードのなかから、一行や一句の見どころ読みどころを指し示し、奔放で唐突に思える梅棹の活動や研究の萌芽の瞬間を見つけるガイドぶりには、ミステリーを読むような快感があります。小長谷さんが責任編集した特別展の図録『梅棹忠夫 知的先覚者の軌跡』(書店やネットショップで販売)と本稿を併せ読むと、きっと新たな発見があるはずです。

(2)外岡秀俊 「無所有」貫いた孤高のハンター
ジャーナリストの外岡さんは、「ウメサオタダオ展」を歩き、味わい、そこで得た衝撃を深々と語ります。「展示を観て感じたのは、梅棹という思想家が、生物学でいう『変態』を重ね、次々に別の姿に脱皮し、変化していく姿である」。展示された資料の奥に、梅棹忠夫という一人の探究者の実像が結ばれていきます。代表作のひとつ『文明の生態史観』の波紋の背景や、視力を失ってからの知的生産についての外岡さんの解説に、梅棹忠夫の著作をひもときたくなる読者も多いことでしょう。

(3)糸井重里インタビュー 道具をつくる人――「ほぼ日」の父を訪ねて
梅棹忠夫『情報の文明学』を、課題図書と公言している糸井さんが、「ほぼ日」スタッフと初夏の休日、「ウメサオタダオ展」を訪れました(下記URLもご参照ください)。
http://www.1101.com/news/2011-05-10.html
梅棹さんのユニークさを語りはじめると、「分からせる力」、「使える道具」、「記録と忘却」、「格好いい人」など、糸井さんならではの視点と共通点が、どんどん出てきました。
余談ですが、糸井さんたちが注目した「コンニャク情報論」の展示がありました。これが、やはり予想外の大人気だったとか。「どうしてこんなものがここに?」と足が止まり、必ずパネルを読み、「氾濫する情報のどれが必要でどれが不要かにもう悩まなくてもよい、と安堵した」という感想が多数集まったとのこと。梅棹忠夫を評した糸井さん直筆のカード、「分からせる力と想像させる力が強い」、「『話芸』に近い消化できる学問である」を実感する出来事でした。

梅棹忠夫をよく知らない方も、展覧会に行けなかった方も、きっと興味を掻き立てられる3つの「ウメサオタダオ展」レポート、どうぞお楽しみください。