ある日、いつもの公園内を自転車で流していたときだった。遊歩道脇の鬱蒼としたツツジの植え込みの奥から、何やらガサガサッと物騒な物音が聞こえた。何事かと思って自転車を止め、植え込みをかき分けて茂みを覗き込んだ私の目に飛び込んできた光景。それは、今まさにカラスがハトの胸ぐらを足でつかんで押さえつけ、その強靭な嘴をハトの胸に突き立てようとしていた瞬間だったのだ。ドバトの多い都市部とその近郊では、ハシブトガラスがしばしば猛禽のように生きたハトを捕り押さえ、殺して食う例が観察される。実際、この園内では野良猫がほとんどいないにも関わらず、年に数回は上半身がごっそり齧り取られたハトの死骸を道端で見かける。ちょうど、そんな風にハトを捌こうとする瞬間に、至近で立ち会ってしまったのだ。カラスは、脇から突然闖入してきた人間に心底たまげたらしく、慌てふためいて逃げ去ってしまった。後には、腰を抜かして動けないハトが残された。致命傷はまだ負っていなかったようで、しばらく指でつついたりして見守っていたら、ハトは正気を取り戻してどこかへ飛んで行った。私はその当座、可哀想なハトの命を助けてやった英雄の気分でご満悦だったのだが、しかしそれは大いに軽率な考えだった。あくまでもたまたま結果としてそうなってしまっただけなのだが、これは裏を返せばカラスから餌を横取りしたことに他ならないからだ。あのカラスにしてみれば、もしかしたら何日かぶりにやっと手に入れた貴重な肉だったかもしれないのに。その日以後、私はあのカラスの恨みを買うこととなった。

 翌日、私はいつものように園内を自転車で流していた。そしてそのまま園内から出て、公園のすぐ脇に通る道路にそって自転車を走らせた。天気がよく、心地よい陽だまりの中をゆっくりと走っていた私は、ある時何か言い知れぬ違和感を覚えた。晴れているはずなのに、なぜか私の頭上のみ曇ったのだ。次の瞬間、頭の上から何か大きなものがバサバサァッと降ってきた。何が起きたのか理解できず、立ち止まって辺りを見回した。すると、目の前の桜の木の太枝に、やたら興奮した一羽のカラスが止まっていて、こちらに向かってけたたましく鳴きわめいているではないか。どこかの木の上で待ち伏せしていたカラスに、真後ろから奇襲されたのだ。この道路は、これまで毎日のように通っていた場所である。そして、ここを自転車で通過する最中にカラスに襲われたことなど、ただの一度もなかった。そう、昨日までは。私はその時になって、ようやく状況を理解した。あのカラスは、昨日私にハトを横取りされたあいつだ。しかも、多分あいつは私の事をかねてからよく知っている。毎日同じような時間帯に通っている道ゆえ、おそらくこの界隈のカラス達は私の顔を日頃よく観察していて、この時間帯ここによく出現する人間だと分かっている。その上で、昨日の一件によりあの個体からは「よく出現する上に、獲物を奪った危険人物」として完全に記憶されてしまったのだ。いま目の前の木にいるそいつは、激しく敵意を持ったカラス特有の震えるしわがれ声を上げつつ、手近にある枝葉をブチブチ食いちぎっては下に落としていた。そして、自分の止まっている枝に嘴をこすり付け、研ぐような仕草をしてみせた。こちらにとって、非常に危険な兆候だ。私は慌てて自転車に飛び乗り、猛烈な勢いでペダルをこいで逃げた。すると、カラスは枝からバッと飛び立ち、こちら目がけて一直線に突撃してきた。猛スピードで自転車を走らせる最中、ちらっと後ろを振り向いたときに見たカラスの正面顔。その、左右の翼を水平に滑空させつつみるみる大きく迫ってくる顔を、私は昨日のことのように思い出せる。「鵜の真似をする烏」のことわざにあるように、ふだん我々はカラスの身体能力を多分に過小評価しているきらいがある。遠くの夕暮れ空を飛んでいくカラスの動きはゆったりしているので、私はカラスに対してトロいイメージを持っていた。とんでもない。あれは本気で飛べば、競輪選手ではない一般人が自転車で出せる最高速度よりもずっと速いスピードを出す。ホーミングミサイルのように追撃してきた巨大な黒い弾丸を、私はすんでのところで姿勢を低くしてかわし、命からがら逃げ延びた。頭上をかすめた瞬間、カラスが恐ろしげな唸りを耳元で呟くのを聞いた。そして、いつもハネている私の後頭部の頭髪の先端が、カラスの腹に擦る感触を覚えた。満身創痍の気分で、ある一定の区画内から出ると、カラスは追撃をやめて引き返していったのだった。

ハシボソガラスがトビにちょっかいを出す。その場から追い出したいだけなので、相手がある一定の領域から出て行けば追撃をやめる。


 普通こんな目に遭わされたら、誰だって二度とそんな場所に寄りつこうなどという気を起こさないだろう。何せ、行けばまた襲われることがもうわかっているのだから。しかし当時の私は、動物だって正面から向かい合えばこちらの気持ちをわかってくれる、友達になれるなどという「脳内お花畑」の残念な思考の持ち主だった。襲撃の一週間後、私はカラスとの仲直りを試みるべく、よせばいいのに再び襲われた現場までのこのこ出向いてしまったのである。先日の襲撃現場まで来た私は、辺りを見回した。この時、どこにもカラスは見当たらなかった。私は、持参したマーブルチョコ数粒をカラスに与えて機嫌をとるつもりでいたのだが(野生生物に餌を与える行為は褒められたことではないが、昔の子供の所業ゆえ目くじらを立てないでいただきたい)、渡す相手がいないのでは仕方ない。植え込みの陰にマーブルチョコを置き、そこを離れることにした。自転車にまたがり、5mほど進んだときだっただろうか。私の視界の片隅に、あろうことかこのタイミングで戻ってきたカラスの姿が映った。100mほど離れた、高さ20mほどの大木の天辺にとまったそれは、私の姿を認めるや、とたんに悪鬼のごとく雄たけびをあげて真っ直ぐ急降下してきた。マーブルチョコなど目もくれず、矢のように一直線にこっちに向かってくる。この場にとどまっていたら確実に殺される。そう思い、慌てて逃げたが時すでに遅かった。カラスは私の後頭部の皮膚を後ろから抉り取るかのように、猛スピードでギリギリかすめたあと、正面の木の枝に止まった。行く手に回り込まれたのだ。先日のときに比べて、明らかに怒りの程度が激しい。奴にしたら、先日あれほどコテンパンにとっちめて追い出したあの野郎が、どの面下げてまた来やがったのか、ということに違いない。これは話せば通じる相手ではない。気が動転した私は、逆方向へ逃げた。すると、カラスも後ろから猛スピードで追っかけてきた。頭上をかすめそうになった時、手で払うような仕草をすると、奴は一瞬ひるんでこちらをかわす。しかし、何回か繰り返すと、向こうも慣れてきたのかあまりひるまなくなり、ダイレクトアタックに近い状態になってきた。いっそ、その辺に落ちている棒切れを振り回して反撃しようかとも思った。奴がこちらの頭上をかすめる瞬間、棒で殴りつけて叩き落とすくらいはできるのではないか。おそらく、私の身体能力をもってすれば可能な行為ではあったのだが、それはやめた。私を攻撃するカラスを見守るように、遠く離れた電柱の上からずっとつかず離れず付いてきている別のカラスの存在に気付いたからだ。おそらく、今襲ってきている個体のつがいの片割れであろう。もし私が、今襲ってきている個体と本気で戦って、その結果こいつを傷つけたり殺してしまったりした場合、今度はあいつが何を仕掛けてくるかわからない。もしかしたら、周囲の仲間でも呼び集めて、徒党を組んで総攻撃してくるのではないか。それこそ、ヒッチコックの映画「鳥」のワンシーンのように。そうなったら、とてもじゃないが私は五体満足で生きて帰れないだろう。よしんば生きて帰れたところで、私はこの周囲一帯のカラス全員に顔を覚えられてしまい、ついにはまともに外も歩けない日々が始まるのではないか。そう考えたら、とても戦う度胸などなく、ひたすら攻撃を甘んじて受け流しつつ逃げるほかなかった。

何かを思い立ち、飛び立とうとするハシボソガラス。さっと身をかがめて勢いをつけてから、一気に蹴ってジャンプし、そのまま羽ばたいて離陸する。


 しかし、逃げても逃げても、このカラスは一向に追撃をやめない。また進行方向に回り込まれて退路を断たれ、私とカラスは互いに睨み合いの膠着状態となった。と、その時通りすがりの老人が、偶然私とカラスとの間に割って入るような位置に踏み込んできた。すると、それまであれほど猛々しかったカラスは怯えた雰囲気で飛びのき、少し離れた木の枝に移った。その様子を見た私は、老人がいなくなるのを見計らい、隙をついて再び走り出した。カラスはそれを許さず、すぐ追ってきて私の頭上をかすめ、また進行方向先の木の枝に陣取った。ところが、再び別の通行人が歩いてきて、カラスの止まっている枝のそばを通りすがるとき、カラスはやはり恐れをなして飛び退った。このことから、このカラスは人間ならば誰でも攻撃しようとするのではなく、基本的に人間を恐れていることが分かった。ただ、ピンポイントで私という人間ただ一人を標的に定め、私だけを攻撃しているだけなのだ。よほどこいつに恨まれているのだと、この時自覚した。
 長きにわたる追撃に逃げ回り続け、疲れ果て、心が折れかけたその時。私の前に、最大のピンチが訪れた。横断歩道という名の障壁が立ちはだかったのだ。タイミング悪く、信号は赤。しかも、この日に限って車の量が多く、信号無視できそうにない。早く信号が変わることを必死に祈りつつ、横断歩道で立ち往生していると、背後の枝先で怒り狂うカラスが予想外の行動に出た。何と、突然地面に降りた。そして、ゆっくりこちらにじり、じり、と近寄ってくるのである。いつまでもそこにつっ立ったまま立ち去ろうとしない敵に業を煮やして、直接殴りにきたのだ。こっちだって早く立ち去りたいのだが、カラスは交通規則など知らない。互いの距離が4m、3mと縮まっていく。ライオンに崖の先端まで追い詰められた冒険者の心境になりかけたその刹那、信号がようやく青になった。そのまま半泣きで何も考えず、自転車をこぎまくり一直線に街道を逃げ続けた。10分くらい全力で逃げたら、いつしか背後にカラスの姿は消えていた。さすがに私も懲りて、埼玉在住中は以後一度もあの道を通らなかった。
 それから10年以上経ったある時、たまたま所用でその公園の近くを通る機会があった。恐る恐るあの道を通ってみたが、もうカラスは来なかった。あの時の個体はすでに死んだのか。それとも、私が許されたのか。

冬の田んぼで見たハシボソガラス。俗にハシブトガラスは街の、ハシボソガラスは農村のカラスと呼ばれる。しかし、長野県の松本駅前の繁華街に早朝行けば、おびただしい数のハシボソがたむろしているのを見られる。