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青山ゆみこ『人生最後のご馳走』(幻冬舎)

最期まで生ききった人がいる
 
 東京から新幹線に乗って新大阪の駅が近づくと、決まってこの病院を目で追うようになりました。左側の車窓から高い建物がよく見えます。
 
<集合住宅のようにも見える明るい雰囲気の5階建ての建物に、成人病棟15床、小児病棟12床。病室はすべて個室で、院内はどこもゆったりと配置され、和紙でつくられた間接照明が生む柔らかな光が隅々まで満ちている。1階にはキリスト教系らしく、ステンドグラスが表情のある陰影を落とすチャペルもある。成人病棟の平均在院日数は約3週間。末期のがんで余命が2~3カ月以内と限られている方が主な入院の対象となる>
 
  本書は、この「淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院」が取り組む「リクエスト食」のルポルタージュです。終末期ケアを受けながら日々を過ごす末期がん患者のために、ここでは毎週土曜日に、患者が希望する好きなメニューを個別に調理して提供しています。「家族みんなが大好きな天ぷら」「故郷の海を思い出す鮨」「若い頃に食べ歩いたハイカラな洋食」「亡き夫に作ってあげられなかったポタージュスープ」「いつも家族で囲んだすき焼き」「子どもの頃から好物の秋刀魚(さんま)の塩焼き」……そうした「リクエスト食」を紹介しながら、メニューにまつわる「食」の思い出や、それぞれの来し方を語ってもらったのが本書です。子育ての苦労や夫婦旅行の思い出、郷里の風景や懐かしい人々の面影など、多彩な個人史が浮かび上がります。著者は2年間を取材に費やし、病院には30回以上通ったといいます。

  食事について語る人たちは、楽しかった時代の記憶を呼び起こし、いきいきとしゃべり始めます。話にかげりがないばかりか、笑い声も聞こえます。この病院に転院してからは、「食欲が出て、元気になった」と家族が口を揃えて語ります。それまで抗がん剤の副作用などで失っていた食欲を取り戻し、血色が良くなり、表情が明るくなったというのです。

 一般病棟にいる時は、病気の治療・回復のために「食べることが大事だ」と繰り返し言われ、それが何より辛かったという患者たち。苦痛で負担だった食事なのに、好きなものを食べましょう、と親しく声をかけられるうちに、再び食欲がわいてきました。
 

 料理はどれも美味しそうです。いわゆる病院食の味気なさとは違って、献立に合わせた器に盛りつけられ、鮨にはバランが、天ぷらには懐紙が敷かれています。色も鮮やかなら、食事を楽しんでほしいという心配りが明らかです。食べやすさの配慮も行き届いていて、ひと口で食べられるように少し小ぶりに握られた鮨、高齢者から「歯が悪い」と聞けば、柔らかく茹でたキャベツを細かく刻み、豚肉をミンチにしたお好み焼きが出てきます。

  好きなものを食べることで「元気」になっていく患者たち。「リクエスト食」がもたらした効果はテキメンですが、これを支えている要素は2つあるように感じました。ひとつは言うまでもなく、関わっている現場スタッフの努力です。

「ホスピスの患者さんは、今日食べられても明日食べられないかもしれない。私は身をもってそれを知っています」という管理栄養士の大谷幸子さんは、仕事で東京に単身赴任している時に、ご主人を突然失います。「入院してひと月あまり」という急な別れでした。「食べることが何よりも好きだった」ご主人の希望を叶えられなかったことに「言葉にできない思いがある」と語ります。
 
<大谷さんはベッドサイドで患者さんに寄り添いながら、いま食べたいもの、味付けの好み、食べたい量などの要望に、ゆっくりと丁寧に耳を傾ける。せかすことなく、楽しい世間話をしにきたみたいな雰囲気で。
 食べたい献立があふれ出す方もいれば、なかなか具体的に思い浮かばない方もいる。入院されている皆さんは、末期のがん患者という共通点こそあれど、一人ひとりの症状も体調も異なるし、「食」への思い入れも人それぞれだ>
 
  大谷さんは言います。「食事の記憶は、患者さんには映像として浮かんでいるような気がするんです。死を意識したとき、人には人生が走馬灯のように思い出されるといいますが、美味しいご飯はきっと幸せな記憶を呼び起こしてくれますよね。一瞬でもその幸せな風景に浸れるような時間が患者さんに訪れたらいいなといつも感じています」
 
 看護師の和田栄子さんの言葉も心に響きます。
 
「希望の食事を食べていただくリクエスト食もそうですが、ホスピスでは一つひとつのケアがすべてオーダーメイドです。ご本人にとって何が心地よくて安心なのかは、生きてこられた道が異なるように一人ひとり違います。ささいに思えるサインを見逃さないで、できるかぎりケアに戻していくときに、一般病棟では明日に回せば良いことが、ホスピスでは時間に限りがあるため後悔を生むことにもつながります。できることは必ずそのときに行う。末期なのでもう何もできないということはありません。最期まで手を尽くせることがやっぱりありますから」
 
 調理師の高藤信二さんの言葉にも唸ります。割烹料理のお店ならば、「うちの味はこれだ」と言えばすむのでしょうが、リクエスト食の場合は患者さんの思い描く味に近づくことが大切です。見えないゴールにシュートするようなもの――「家庭の味はこれというのがありません。それがいちばん難しいですね」と。
 
「リクエストされる献立には皆さんの思い入れがありますよね。例えばコロッケなら、それが洋食店のクリームたっぷりのコロッケなのか、お母さんが作ってくれた素朴なコロッケなのか。バッテラでも、北新地の和食のカウンターで出すような手の込んだものもあるけれど、患者さんは家庭で食べられていたものを懐かしく思い出されたのかもしれない。だからお鮨屋さんのようにバッテラの下にバランを敷くかどうかひとつでも迷うんです。患者さんとイメージを共有している栄養士から、その患者さんがどんな方なのか、食事には一見関係なさそうな情報まで伝えてもらうようにしています」
 
 現場を担当しているスタッフの使命感が生半可でないのはこの通りです。そうした個々の真摯な努力が続けられる一方で、病院全体に息づいている基本的な理念の力も感じます。副院長の池永昌之さんが語ります。
 
「ホスピスで患者さんのお世話をする私たちは、『私はあなたのことを大切に思っている』という思いをそれぞれの立場で患者さんに伝えることが大事。医師が患者さんの肉体的な苦痛をやわらげる薬を処方することも、看護師が時間を掛けて丁寧に体を拭くことも、ホスピスで行われるケアはすべてその表現方法とも言えます。リクエスト食は栄養士や調理師が考えた、自分たちにできるその表現のひとつの形として始まりました」
 

 大切なのは、患者との深いコミュニケーションで、「私たちはあなたを大切な存在として迎えています」という思いが、リクエスト食の初志として生きています。ホスピスの運営を支える大きな物語があり、さらにスタッフの熱意や努力、現場での創意工夫があわさって、この画期的な試みが実効あるプログラムとして定着したと思います。

 この病院は完全独立型ホスピスで、大人15床のうち8床が、個室料は無料で提供されています。それぞれに食事代などはかかりますが、医療保険が適用されるので一般の病棟と同じ自己負担で済むそうです。そして、リクエスト食は厚生労働省の食事療養費の制度内で実施され、超過した食材費は病院が負担しているのだとも。高額の入院費を払った人のための特別なサービスではないのです。当然、入院を希望して「空き」を待つ人たちが列をなす状態であることは避けられませんが……。

  この取材を始めるにあたって、著者には後ろめたさがありました。患者たちの限られた時間内に、部外者がいきなり乗りこむようで、「どこか申し訳ない」という思いがあったのです。「医師でも看護師でもない、食で患者さんをケアするのでもない。私という人間は、この人の人生にとって何の意味があるのだろう。貴重なお時間を奪うだけではないのか」と。

 ところが、その不安は解消されます。人は第三者に向かって自分の話をするうちに、自らの人生を改めて振り返り、語り継ぐべき何かに気づくのです。本書には、不思議な明るさが漂っています。面会中のご家族が聞き取りに加わる場面もしばしばです。治療薬のせいで強い眠気に襲われるご主人に代わり、付き添っている奥さんが話をリードする場面もありました。和やかな病室の空気が伝わります。
 
<それまでの食事を振り返ることは、楽しい風景を思い出す時間ともなり、取材時の病室は、いつも驚くほど笑い声に満ちていた。「リクエスト食」という「食」を通したケアが持つ、明るく親密な「場」を生む強い力を目の当たりにすることも多かった。
 ご家族が同席される中でのインタビューでは、患者さんがふと漏らしたひと言に、娘や息子さんが「そんなこと今まで聞いたことがなかった」と驚かれる場面も多々あった。逆に、ご家族が口にした言葉に患者さんが涙ぐみ、ありがとうありがとうと何度も繰り返されることもあった。それはまるで、第三者の私の存在が、家族の物語を再編するきっかけとなったようにも感じられた。そのたびに、私は大きな贈り物をもらったような気がして、胸がじんわりあたたかくなった>
 

 ここまで読んだ人は、「さて、自分は最後の場面で、いったい何をリクエストするだろう」と考えるに違いありません。私自身も想像しました。人一倍食いしん坊なので、あれこれ思い浮かべました。が、ふと思い出したのは山田風太郎さんの言葉です。

「いろいろな徴候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろう」と山田さんが書いたのは72歳の時でした。そこで、最期に悔いを残さないように「あと千回分の晩飯のメニュー」をあらかじめ作っておこうと思い立ちます。ところが……この試みはあっという間に挫折します。
 
<自分の余命はあと数百回の晩飯を食うに足るのみ、と漠然と予感してから、もはや一食たりともあだやおろそかに食事はしない、と発心したものの、いざ実行するとなれば、食事というものは欲するときに欲するものを食ってこそ美味しいのであって、何年も前から作成された献立表など、有害無益以外の何物でもない、と悟った>(『あと千回の晩飯』、朝日文庫)
 
 なるほど、その時が実際に来てみるまでは、事前に想定できるものではないのですね。現に本書に登場する14人の患者さんも、皆さん翌日の食事を楽しみにして、「つまり前を向いて」過ごしていた、と記されています。そこがポイントです。
 
<近い未来に「死」が見え隠れしたとしても、人が生きるということは前に進むことなのだ>
 
「食」の思い出を語って「生」の幕引きをするのではなく、思い出を語ることで、最期まで自分らしい「生」を生きようとする――そこに尊さを感じます。

「ここに最期まで生ききった人がいる」。それを伝えたい、それに尽きる気がする、と著者が本書を結ぶのは、そこに希望が見出されたからに他なりません。
 
「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)
 
写真提供・幻冬舎
撮影・福森クニヒロ
 

 
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