材料の王

 さて、本連載のテーマである素材、材料の世界において、最重要なものは何だろうか。もちろんいろいろな見方があるだろうが、筆者ならば鉄を挙げたい。紀元前15世紀ごろに、小アジアに興ったヒッタイト人が初めてこれを用いて以来、一貫して我々の社会と生活の中心にあり続け、文明の発展に貢献してきた。

エジプトの壁画に表現されたヒッタイト軍の戦車


 鉄鋼研究の第一人者で、「鉄の神様」と呼ばれた本多光太郎(東北帝大総長、東京理科大初代学長)は、鉄の旧字体「鐵」を分解し「鐵は金の王なる哉」と唱えた。鉄こそは、まさしく金属の王者、材料の王者にふさわしい存在だろう。

本多光太郎(1870-1954年)


 鉄は、武器として用いれば木材や竹とは比較にならぬ威力を発揮するし、鍬や鎌などの農機具としては、効率のよい開墾に大きく貢献した。建築材料や工具にも、鉄は欠かせない。もし鉄が存在していなければ、人類は文明や文化と呼べるものを持たず、いまだ原始的な農耕や狩猟を行ない、粗末な小屋に住んでいたに違いない。「鉄は国家なり」とはドイツ帝国宰相ビスマルクの言葉だが、鉄は都市であり、産業であり、文明であると言ってしまってもいいだろう。

 では、鉄はなぜ材料の王者たりえているのだろうか? 硬く強いから、では正解といえない。純粋な鉄自身は、実は銀白色の柔らかい金属だ。鉄に少量の炭素を混ぜると粘り強い材料、すなわち鋼鉄になるが、その硬度はたとえばタングステン合金の足元にも及ばない。

 また鉄は、かなり錆びやすい部類の金属だ。学生時代、化学の時間に「イオン化傾向」を丸暗記した記憶のある方は多いと思う。これは、大雑把に言えば金属の錆びやすさの順番だ。化学の教科書では、代表的な16元素を取り上げているが、鉄はこの列の7番目に位置している。この点は、材料として大きなマイナスポイントだ。

代表的な金属の「イオン化傾向」(出所:『化学便覧 基礎編 改訂4版』)

 
 さらに加工性が高いともいえない。鉄の融点は1535度と高いため、完全に熔かすにはコークスなどを用いた高温の炎が必要となる。世界の多くの地域で、鉄器文明より先に青銅器文明が発達したのは、青銅の融点が950度程度と低く、成形がしやすかったためと考えられている。

 では鉄の何が優れているのだろうか? 答えは、鉄が圧倒的にたくさんあることだ。地球の表面に存在する元素の割合を表す「クラーク数」で、鉄は4.7で4位につける。金属では、アルミニウムに次ぐ数字だ(アルミニウムは酸素と強力に結びつき、金属として取り出すのが難しいため、材料としての利用は大幅に遅れた)。

「クラーク数」で鉄は4番目に多い


 ただし、クラーク数は地殻と海水、すなわち我々人類の目の届く範囲だけを対象にしている。実際は、地球の内核及び外核に鉄が多量に含まれているため、地球全体でいくとその重量の約3割が鉄ということになる。鉄は重いため、地球が誕生したばかりのドロドロに溶けた状態のころにほとんどが地中深くへと沈んでしまい、わずかな量だけが地表に残ったのだ。それでも全元素中4位につけているのだから、地球に鉄がいかに豊富であるかわかるだろう。我々が住んでいるのは、鉄の惑星なのだ。

 有名サイエンスライター、K・フィッツジェラルドの「鉄の物語」(大月書店)には、民主主義が成立しえたのは、鉄が普遍的に存在するためだという説が紹介されている。青銅を作るための鉱石は珍しいため、一部の支配階級だけが入手できるものであった。しかし鉄の鉱石はあちこちに存在するので、精錬の仕方さえわかれば多くの民衆がこれを手に入れることができる。それゆえに強力な武器は王の独占物ではなくなり、民衆に力を与えたのだというのだ。

 歴史を変える材料には、その希少性ゆえ尊ばれ、誰もが欲しがったものと、安く大量に生産されて行き渡り、世の中を変えるものとがある。第1回で取り上げた金が前者の例なら、鉄は後者の代表選手といえるだろう。

すべてがFeになる

 では、なぜ鉄は他の金属に比べてたくさん存在するのだろうか? その答えは、核物理学に求められる。

 通常、元素と元素を組み合わせ、新しい物質を作ることはできる。動植物も化学者も、日夜元素の組み換え――いわゆる化学反応――を行なって、有用な物質を作っている。しかし、大本である元素を新たに作り出すことはできない。金、銀、銅、鉄やアルミニウムといった金属はそれぞれが「元素」であり、たとえば鉄から金を作ることはできない。このため、錬金術師たちは数千年の苦闘を重ねても、砂粒ほどの金も生み出せなかったのだ。

 地球上で元素から別の元素への変換が可能なのは、原子炉や加速器といったごく特殊な装置の内部のみだ。これらの装置は、巨大なエネルギーをかけることで原子核を割る、あるいは融合させることにより、新たな元素を作り出す。しかしこのような、原子核を壊すほどの高エネルギー状態は、我々が触れられる自然界には存在しない。

播磨科学公園都市の加速器・放射光施設「SPring-8」(Koji101/Wikipedia Commons


 では我々の身体や、数々の物質を構成している元素はどこから来たのか? 答えは星の中だ。太陽のような恒星の内部は一千万度以上の高温状態になっており、この強烈な熱のために原子核同士が融合して新たな元素ができる。我らが太陽では、最も簡単な元素である水素同士が融合して、2番めに簡単なヘリウムができている真っ最中だ。

 もっと古く巨大な星では、大きな元素同士が融合して、さらに大きな元素が作られる。ただし、どこまでも大きくなるわけではない。ある程度を超えると原子核が不安定化するので、ここで元素合成が止まるというラインが存在する。そのラインこそ、鉄に他ならない。陽子26個、中性子30個が集まってできた鉄の原子核は、全ての原子核の中で最も安定なもののひとつであり、これ以上小さくも大きくもならない。これこそが、鉄が大量に存在している理由だ。

古く巨大な恒星の断面図(R. J. Hall/Wikipedia Commons


 では、現在ある鉄よりも大きな元素はどうやってできたのか。これは、巨大な恒星が最期の時を迎え、大爆発する「超新星爆発」の際にできたものだ。地球上にある金や銀、我々の体内にある亜鉛やヨウ素などの重元素たちは、みなこうしてできた「星のかけら」たちなのだ。しかしこれらも、いずれは分裂して鉄に落ち着いて行く。

 現在の宇宙は、誕生してから約137億年といわれる。現段階では、全宇宙の元素の93%以上が水素であり、2番目に多いヘリウムと合わせれば99.87%を占める。しかし、これから数百億、数千億年という悠久の時の流れを経ていくにつれ、徐々に鉄の割合が増えていく。ちょうど川の水が窪地に流れ込んでいくように、全ての元素はいつか鉄へたどり着くと考えられているのだ。もちろんそのはるか以前に、あらゆる生命体はこの宇宙から姿を消しているだろう。見る者もいない、鉄だらけの冷え冷えとしたもの寂しい空間というのが、この宇宙の未来図なのだ。

鋼と森林破壊

 ところで、鉄の長所は何もたくさんあることだけではない。鉄の重要な性質として、他の金属と合金にすることでさらに優れた性質を発揮すること、磁石になりうることが挙げられる。よくもこのような優れた金属が、地球上に山ほど存在していてくれたものだと思える。

 鉄の合金の中で最も重要なのは、先ほども述べた鋼鉄だろう。鋼鉄は、0.3~2%ほどの炭素を含んだ鉄のことだ。これにより、鉄は驚くほど硬く強靭になり、叩いて伸ばせば極めてよく切れる刃物ともなる。日本語の「はがね」は、文字通り「刃金」から来た言葉だ。

室町時代の太刀(備前長船祐定)(Rama/Wikipedia Commons


 冒頭で、ヒッタイト人が紀元前15世紀ごろに初めて鉄を使ったと述べたが、実はこれは正確な言い方ではない。それ以前から、隕鉄を材料にした剣などは世界各地で作られていた。また、鉄鉱石を強熱して精錬することで、海綿状の鉄が得られることも知られており、さまざまな道具が作り出されていた。ただしそれらは軟らかく、刃物や建材には不向きであった。

 ヒッタイト人が発見したのは、海綿状の鉄を刃物の形にし、これを木炭の中で熱することで、極めて硬い金属――すなわち鋼鉄を得る技術であった。彼らは鋼鉄製の強力な兵器によって小アジアをほぼ制圧し、現在のシリアやエジプト方面にも攻め込むほどの強勢を誇った。

 ヒッタイト人はその強さの源泉である鋼鉄の製法をひた隠しにしたが、その帝国を長続きさせることはできず、紀元前1190年ごろまでに滅亡している。反乱や異民族の侵入も原因だが、彼らが製鉄に必要な木炭確保のため、森林を破壊し尽くしてしまったことも要因といわれる。ヒッタイト人は強力な武器を手にしたが、巨大産業が避けては通れない環境破壊という問題を、人類史上初めて経験するはめにもなったのだ。

 一説によれば、彼らは森林を求めて東進し、やがてタタール(韃靼)人と呼ばれるようになった。彼らの製鉄技術は4~5世紀ごろに日本にもたらされ、タタールの名をとって「たたら製鉄」という言葉ができたという説がある。こうなると何だか三題噺のようだが、2015年にロシア連邦のタタルスタン共和国科学技術庁が現地調査しに来日したというニュースもあり、あながち与太話とも言い切れないようだ。

 製鉄に必要な木材の確保は深刻な問題で、日本でもひとつのたたらに対して1800町歩(約1800ヘクタール)という広大な森林が必要とされていた。背後に中国山地の豊かな森林を控えた出雲地方で、たたら製鉄が盛んに行われたのは偶然ではない。

江戸時代に使用されていた大板山たたら製鉄遺跡(萩市)(TT mk2/Wikipedia Commons)


 いずれにせよ、製鉄技術は日本で磨き上げられ、花開いた。日本刀こそは、その精髄というべきものだろう。鋼鉄は、炭素分が少ないと強靭だが軟らかくなり、炭素分が多いと硬くもろい金属になる。刀鍛冶たちは芯金に低炭素鋼を、刃先に高炭素鋼を用いることで、強さと鋭さを兼ね備えた刀を作ることに成功した。日本刀が、史上最強の武器と呼ばれるゆえんだ。

日本刀の構造(Tosaka/Wikipedia Commons)


 武士階級の登場で需要が高まった日本刀は、その質と生産量を急速に高め、戦国時代には数々の名匠が活躍する。徳川幕府が成立して平和な時代が訪れたことで、日本刀はその活躍の場を失ったはずだが、大小二本の刀は武士たちの腰に収まったまま三百年を過ごした。

 人の命をいつでも奪える道具を持ち歩く者たちと、丸腰の者たちが共存する世の中は、独特の緊張感に包まれていたことだろう。日本刀の重みと切れ味が、江戸期の長い平和を支えていたともいえる。良くも悪くも、刀が日本人の精神性に与えた影響は甚大であった。(後編へつづく)