鼎談「『梅棹文明学』の来た道」をめぐって

「三才学林」の看板がかかった古い日本家屋の玄関にたたずむ三人。「あれはどういう場所ですか?」と何人かに尋ねられました。
 元は京都帝国大学総長官舎なのだそうですが、官舎として使われていたのは1970年代半ばまでということで、約四半世紀の後、2002年初春から雨漏り対策などの補修に取り掛かり、4月から、その一角を「三才学林」という「先端科学を天地人三才の時空に位置づけるための学内対話処」としてオープンしたものです。その再活用の推進者が、今回の鼎談出席者の一人である横山俊夫さん(京都大学人文科学研究所教授、当時から2011年3月まで新大学院地球環境学堂教授両任)でした。
 庭は聖護院の森の名残りで、建屋よりはるかに古い樹木が茂っています。学をなさんとする人々が集う場にふさわしく、とても落ち着いた空間です。ちなみに看板の揮毫は元京都大学総長で、現在、国立国会図書館長の長尾眞さんです。
 横山さんによれば、
「大学は日々新しい知を生み出しますが、これが宇宙の森羅万象の中でどのような意味を持つのかは、専門家だけでは分かりません。学内外、国内外にわたる無限対話の過程があって、ゆっくりと見えてくるものでしょう」
「ここの主な事業のひとつは英文誌『SANSAI』の共同編集です。地球環境、地球規模文明化に資する議論を、分野を超えて通じる英文体で表現して、世界の読者の対話に供するという志で行っています。また町屋塾というのもやっていまして、これは環境学の先端知識を、ふだんの京言葉(生活言語)で練り直し、新しい生活の美学に役立つものにしようという狙いです。いわゆる啓蒙精神に基づく市民講座とはちがい、大学側が町の知恵をいただくことの多い集まりになっています」と。

 さて、今回の鼎談は、あえて梅棹忠夫さんご本人とは少し距離のある三人に集まっていただき、自由な議論の中から梅棹さんという人の魅力や「知」の形がおぼろげにでも見えてくることを願って企画しました。「三才学林」は、実は梅棹さん自身とは何のつながりもありませんが、鼎談を読んでいただければお分かりのように、梅棹さんの思想を論じ、彼の精神を継承するにはうってつけの空間だと言えなくもありません。
 野生ゴリラの観察から人類文化を考える山極寿一さん、美術作家で演劇の可能性にも挑戦するやなぎみわさん、そして前近代日本の安定社会体験を再考する横山さんという異色の顔合わせですが、梅棹さんの体温や表情が伝わってくるような議論は、テキストでじっくり味わっていただければと思います。