3月11日に発生した東日本大震災は、東北地方沿岸部に壊滅的な被害をもたらしました。さらに東京電力福島第一原子力発電所の事故などの影響で、地震発生から5ヶ月を過ぎた今もなお8万7000人が避難生活を続け、1万3000人近い人たちが学校や公民館などの避難所での生活を余儀なくされています(8月10日現在)。
 今号では、ノンフィクションライターの最相葉月さんが、震災後まもなく、被災者の方たちの心のケアの支援にかけつけた兵庫県の精神科医たちの活動をレポートしてくださいました。
 兵庫県こころのケアセンターは、阪神淡路大震災を機に設立され、災害の被災者や事件・事故の被害者が抱えるさまざまな心の問題の治療や相談、調査・研究に取り組んできた日本初の心のケア専門機関です。メンバーは新潟県中越地震、能登半島地震、兵庫県西北部豪雨などの国内の災害だけでなく、台湾大地震やスマトラ沖大地震、四川大地震など海外の大規模災害の救援にも赴いています。彼らが派遣されたのは、仙台市宮城野区でした。
 彼らの活動には、阪神淡路大震災のさまざまな経験が生かされています。そのひとつとして、まず自己完結型であることがあげられるでしょう。これは、薬や医療器具のほか、食料や宿泊先、あるいは車などを自ら調達できるということをいいます。阪神のときに、ボランティアがかえって被災者の手を煩わせてしまうケースがあったことを踏まえたものです。
 また、災害地の状況によって、その対応も変わってきます。阪神淡路大震災の犠牲者の約8割が家屋倒壊による窒息死や圧死だったのに対して、東日本大震災では、9割超が津波による水死でした。目の前で家族や友人が流されていくのを目にした人たち、あるいは、家族の行方が分からないままの人たちの心のダメージが案じられます。

 緊急時に派遣される支援チームは、継続して治療にあたるわけではありません。あくまでも被災地の地域保健行政を支援することが主眼となりますが、その際には、被災地の地域の風土や文化、人々の気質に十分配慮して臨まなければなりません。被災地の様子が海外でも報道され、被災者の方たちの整然とした行動が絶賛されたように、東北の人たちは、辛抱強く、何かあっても自分のことは二の次にしてしまう傾向があります。そんな人たちにどのように寄り添えばよいのか。
「心のケア」という言葉は、兵庫県こころのケアセンター設立当初よりはずいぶん認知度が上がってきましたが、具体的な活動については、あまり知られていないように思います。阪神淡路大震災で司令塔を務めた神戸大学医学部附属病院の中井久夫教授(当時)が「存在してくれること、その場にいてくれることがボランティアの第一義」と言っておられるように、その活動は、さりげなく、とても控えめです。その精神を受け継ぐ兵庫県チームと地域の「はあとぽーと仙台」の職員の方たちの活動をじっくりお読みください。