海の生物たち

 炭酸カルシウムは、二酸化炭素と海水中のカルシウムからできると先に述べた。多くの海洋生物もまた、この化学反応を利用している。貝やサンゴ、一部のプランクトンなどは、この反応で作った炭酸カルシウムで殻を作り、身を守っているのだ。身の回りに豊富に材料があり、硬く丈夫な炭酸カルシウムは、多くの海洋生物にとってまさに天の恵みであった。

巨大なシャコ貝の殻 (Neutcomp / Wikipedia Commons)


 彼らの作った殻は、彼らの死後も残り、海底に降り積もった。白亜紀(約1億4500万年前~6600万年前)に増殖したプランクトンたちは大量の炭酸カルシウムを残し、一部は地上に押し上げられて石灰岩の地層となった。白亜紀の「白亜」(正しくは「白堊」)は、もともと石灰岩を指す言葉だ。現在我々が炭酸カルシウムを安く大量に利用できるのは、1億年も前に生きた彼らのおかげということになる。

 炭酸カルシウムは安く大量に使えるばかりではない。誰もが欲しがる、高貴な宝飾品にも存在する。ある種の貝で、貝殻成分を分泌する外套膜という部分が偶然に内部に入り込み、球状の炭酸カルシウムができてしまったもの――すなわち真珠がそれだ。

アコヤ貝の殻と真珠


 完璧な球体となり、光を跳ね返して美しく輝く真珠は、古来より最高の宝とされてきた。直径5ミリになる真円の真珠は、アコヤ貝1万個からようやく1個見つかるかどうかだという。そして海中深くに棲み、岩にがっちりと固着したアコヤ貝は、生命の危険を冒さねば採取できない。また、アコヤ貝が棲める海域は、全世界でわずか5ヶ所しかなかった。ペルシャ湾、インド、ベトナムのトンキン湾、ベネズエラ、そして日本だ。美しさと希少性を兼ね備えた真珠は、まさしく人類の宝であった。

クレオパトラの真珠

 真珠は古代から最高の宝石として珍重され、高値で取引されてきた。中でも有名なのは、エジプト最後の女王クレオパトラと、ローマの将軍アントニウスのエピソードだろう。アントニウスの振る舞った贅沢な食事に対し、クレオパトラは「こんなものは真の贅沢ではない」と言い放つ。ならば本物の贅沢を見せてみろと迫ったアントニウスの前で、クレオパトラは耳飾りの巨大な真珠を外し、酢の中に放り込んで溶かしてしまう。この真珠は1千万セステルティウスの価値があったといい、今でいえば数千万円にも相当する非常な貴重品であった。唖然とするローマ人たちの前で、クレオパトラは一息にそれを飲み干してみせた。アントニウスはこれを見て大いに驚き、彼女の機知に惚れ込んでしまった――と伝えられる。

クレオパトラの彫像 (George Shuklin / Wikipedia Commons)


 この話に化学屋の野暮な突っ込みを入れるなら、酢ていどの酸性では真珠が溶けてしまうことはなく、せいぜい表面の光沢が失われるくらいだろう。あるいはクレオパトラは、溶かしたふりをして真珠ごと飲み込んでしまったのだろうか。ともかく、これほどの価値ある真珠を飲み干してみせる度胸と演出力は、まさしく天下に比類がないというしかなく、歴戦の将軍アントニウスが魅了されたのも無理はないと思える。「クレオパトラの鼻があと1センチ低ければ歴史は全く変わっていただろう」という有名な言葉があるが、真に歴史を変えたのは一粒の真珠と、彼女の機転であったのかもしれない。

コロンブスの真珠

 時代は下ってルネサンス期に入っても、真珠は相変わらずの高級品であった。この真珠を手に入れようと野心を燃やした一人が、かのコロンブスであった。航海のスポンサーを必要とした彼は、スペイン国王に「航海で得た真珠・宝石・金銀・香辛料などの9割を献上する」という条件を持ち込んで援助を取り付け、大西洋へと旅立ったのだ。

クリストファー・コロンブス(1451年頃 - 1506年)


 当初は思ったほどの金銀が得られなかったコロンブスだが、3回目の航海ではベネズエラにたどり着き、真珠で身を飾っている原住民たちの姿を目の当たりにする。喜び勇んだコロンブスたちは、この地で約55リットル分もの真珠を集めることに成功した。文字通りの宝の山に、彼らは行き当たったのだ。しかしコロンブスはつい私欲にかられたのか、9割を王に引き渡すという約束を破り、160粒程度だけを献上した。後にこれが発覚したことが、コロンブスの立場を悪くする要因になったといわれる。

 コロンブスのベネズエラ到達は、原住民にとっては悲惨な歴史の始まりとなった。スペイン人たちは海に潜る技術を持たないため、原住民たちを脅し、暴力で威嚇して真珠を集めさせた。また原住民たちはスペインへと連行されて奴隷として売られたが、その価格はおよそ真珠二粒分であったという。いかに人間の尊厳が軽視されたか、またいかに真珠が貴重であったかわかるというものだ。

真珠好きだったエリザベス1世(1533年 - 1603年)


 南米から入ってくる真珠で、王室や富裕な人々は争って身を飾った。16世紀以降の王族の肖像画にはやたらに真珠だらけのものが多く、中でも英国のエリザベス1世の真珠好きは有名だ。この時代の王室に多く見られるマーガレット、マルゲリータ、マルグレーテ、マルグリットなどの女性名は、いずれも「真珠」を意味する(ついでにいえば食品のマーガリンもこれと同じ語源で、真珠のような光沢があったことから来ている)。貴族たちの身を華やかに飾る真珠のために、どれほどの人々が悲惨な運命を辿ったか、彼らは知っていたのだろうか。

バブルと価格破壊

 その後、時代は変わっても真珠の人気は変わらずに続く。「真珠の帝王」と呼ばれたフランスのローゼンタール家は、世界各地に支店を置いて真珠の流通を支配し、価格の吊り上げを行なった。このため20世紀に入る頃、真珠にはダイヤモンドを超える価格がつけられるまでになった。

 この支配を切り崩したのは、東洋の島国で編み出された驚くべき新技術であった。三重県の英虞湾で行われた、養殖真珠の開発がそれであった。世界の誰も成し得なかった、真円真珠の人工養殖に成功したのは、見瀬辰平という人物であった。彼は、アコヤ貝の外套膜を核に付着させ、貝の体内に入れるという工夫により、この快挙を成し遂げた。

 養殖真珠の開発者といえば、御木本幸吉の名がよく知られるが、彼は半円真珠を作り出すことに成功したのみだ。御木本は技術者というより、養殖真珠の商業化に成功した事業家という側面が強い。

御木本幸吉(1858年 - 1954年)


 1920年代、西欧に輸出された養殖真珠は、名だたる真珠商たちを驚愕させた。利益を独占してきた真珠商たちにとって、これはあってはならないものであった。彼らは養殖真珠を偽物と決めつけて猛烈な排斥運動を行なったが、見た目も成分も全く同じ、割ってみなければ判別は不可能というのだから、人気がこちらにシフトしていくのは当然であった。裁判も繰り返されたが、御木本は一歩も退かずこれに抗した。科学的な手法で調べれば調べるほど、養殖真珠が本物であることは揺るぎないものになっていった。やがてローゼンタールも養殖真珠の前に膝を屈し、これを店頭で取り扱うようになる。

 戦後、養殖真珠は海外に輸出され、大いに外貨を稼いだ。その売上は1954年に27億円、1960年には110億円にも達し、苦しかった日本経済を押し上げる役目を演じた。「匁(もんめ)」という単位は今や日本でも使われないが、真珠の重さに関してだけはこの単位が今も国際標準として使われている。養殖真珠は、経済大国として花開く日本の礎を築いたのだ。これら真珠の歴史は、山田篤美著『真珠の世界史』(中公新書)に詳しい。

サンゴと地球温暖化

 文字通り縁の下の力持ちとして我々の文明を支えるセメントから、世界が争奪戦を演じた高貴な真珠まで、これほど多彩な顔を見せる材料は珍しい。炭酸カルシウムこそが材料の世界の千両役者という意味合いも、お分かりいただけたのではないかと思う。

 一方で、炭酸カルシウムは現在の地球環境が迎えている危機にも、密接に関連している。サンゴ礁は、小さな動物(!)であるサンゴが炭酸カルシウムを作ることで群体を成したものだ。ほんの数ミリのサンゴが寄り集まることで、宇宙空間からさえ見えるグレートバリアリーフのような巨大なサンゴ礁を作り上げるのだから、自然の力の驚異を思い知らされる。

 サンゴ礁は「海の熱帯雨林」とも呼ばれ、多くの生物がそこに暮らす。サンゴ礁の面積は世界の0.1%ほどに過ぎないが、世界の170万種といわれる生物のうち、9万種がここに棲む。生物多様性の宝庫として、なくてはならない存在なのだ。

海中の二酸化炭素を吸収するサンゴ礁


 このサンゴ礁が、いま危機に瀕している。海水温の上昇、天敵であるオニヒトデの増殖、大気中二酸化炭素の増加による海洋酸性化などの要因で、急速にサンゴ礁が破壊されつつあるのだ。すでに世界のサンゴ礁の20%が破壊され、健全なのは30%に過ぎないともいわれる。サンゴ礁が破壊されれば、二酸化炭素の吸収も弱まり、地球温暖化も加速するとの予測もある。

 海水中に溶け込んだ二酸化炭素は、サンゴ礁などを形成する炭酸カルシウムとして活用される一方で、その濃度が高くなり過ぎると、今度は炭酸カルシウムを溶かす方向で作用する。まさに両刃の剣なのだ。この二酸化炭素と炭酸カルシウムの間に保たれてきた危ういバランスは、いままさに崩れかねない状況にある。我々の生活と文明を支えてきたさまざまな物質の循環システムは、実のところ極めて敏感で繊細なものであることを、我々はもう一度認識し直す必要がありそうだ。

つづく