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 苔のような生活、というのにはまっていた時期がある。日本では一九八〇年代に広がったニューエイジ的カルチャーには有益なヒントがいっぱいあった。そんななかで触れたネイティブアメリカンの知恵のひとつだった。
 人間は本来、苔のような、自然と一体化した生活をしていた。消費しすぎることなく、環境を汚さない。かつてネイティブアメリカンは薬草を採りに野原に行き、草を採取するとき、草のリーダーに「これから採ります」と声に出して言ったという。そしてお礼に供物を捧げた。そこには必ず交換があり、採る量もその日に必要な分だけ。こうして自然が保たれていた。
 日本でも縄文人はそれに近い生活をしていた。自然は豊かで、木の実や貝を食べて十分やっていけた。採取生活はどこでもできるから、諍いを避けるために移動した。でも農耕文化になると、土地を際限なく使って消費が膨らんだ。土地が大事だからそれをめぐる争いも増えたし、定住によって格差が生まれて今に至る。
 持続可能な世界とか声高にいうけれど、それはかつてあったもの。縄文時代にすでに行われていたこと。
 いまさら縄文時代に戻ることはできないけれど、人間は遺伝子のなかにそういう経験を持っている。だから憧れる。消費社会を見直そうという人がいる。生き方を変えようという人もいる。その象徴が、苔の生活であり、八〇年代以上に、いまの方が意味を増していると思う。シフトチェンジはもう始まっている。

 江戸時代くらいまでの日本人は柔軟だった。実際、少し前までの人たちは、いい空気を吸っていたと思う。そこには物売りの声があった。「竹やー、さおだけー」。「金魚やー、金魚ー」。風情があった。
 でも、それが電気で増幅された。使う言葉は変わらないのに、増幅された途端にうるさくなる。ひそひそ話はひそひそするからいい。歌も数人が聞けるくらいの声でいい。
 アフリカやフィリピンの山岳民族の楽器に、鼻笛というのがある。鼻で吹くからとても小さな音。他人に聞かせるのでなく、自分のため、あるいは自分をとりまく空気や環境のために吹く。
 アフリカの人は旅をするときカリンバ(=親指ピアノ、ムビラともいう)を弾いて、孤独をいやしながら行く。自分をなぐさめるための音楽。音楽にはそういう側面があるのに、それをいまの人間はすっかり忘れているんじゃないかな。何でも自己表現として外に発信していく。
 東日本大震災のあと、ライブをやったけど、当時は節電モードで街は暗かった。ライブも電気を使わずに演奏したり、照明はろうそくだったりした。それがここちよかった。あのころはガソリンも供給が少なかったから、車を使わないようにしたり、いろんなものを大事に使うようになった。
 ただ、長続きはしなかった。生活はいつしか元に戻る。でも、記憶のどこか、遺伝子の中には残っている。あの経験がここちよかったという感覚が。それが大事。遺伝子はけっこうしたたかなものだと思う。

 八〇年代終わりから九〇年代に、もうひとつ具体的な変化として体験したのが、アンビエント。
 環境音楽という訳され方もするけれど、世の中がバブルの熱狂にあったころ、ぼくはバブルの世と断絶した。そのときずっと心にあったのは、自然の静けさ。でも、その静けさは内側に過激なものをもっていて、ただ静かなだけではない。アンビエント音楽はまさにそういうもの。キーワードはカーム(穏やかさ)でありトランキリティ(平静)なんだけど、ぼくはアンビエントの静けさの中に常に激しさを読み取ろうとしてきた。
 いま人間が生活しているこの世界、宇宙―空気があって、その空気の成分が一定で、空気が震えて音が生まれるから聞くことができる。光は、目に見えない紫外線や赤外線を除いて七色あるから物が見える―こうした、人間を守ってくれている世界と環境。それがとても貴重なものという気持ちがぼくには強い。そこから自然への崇拝の気持ちも生まれる。自然を敬う気持ちからスタートしないと、人間は道を誤ると思うね。

(「考える人」2016年夏号掲載)