銅版画・オバタクミ


 好きな季語の一つに「年用意(としようい)」がある。正月事始ともいい、十二月十三日から掃除や残務整理など、新年を迎えるための準備に入ることである。
 試しに、私の住む東京都内の自宅周辺で歳末の音を散策してみよう。近所の商店街の音楽が、「年用意」が始まるころに流れていた華やかなクリスマスソングから、十二月二十五日を境にゆったりした正月の童謡に切り替わる。同時に、路地に入ってくるトラックが増え、そこから荷下ろしする音が目立ってくる。段ボールがドサリと置かれる音、台車を引く音、はさみで荷解きする音。白杖歩行者には難儀な風物詩だが、音楽の切り替えとこのトラックの往来で、いよいよ押し詰まってきたなという気分になる。
 街道にもトラックの音が増え、流れていくエンジン音全体が低く、太くなる。路上に出なくても、たとえば朝、起床前のつかの間のまどろみのなかで、ダンプカー、クレーン車、軽トラックなどの音を聞き分けていると、資材や荷物が盛んに運ばれていく様子を思い浮かべることができる。
 スーパーの前を通ると、「年末大感謝祭ですよー、どうぞご利用くださーい」と呼びかける声がする。駅に続くデッキでは、救世軍が社会鍋の募金運動を展開している。歳末のもう一つの季語だ。
 道行くおばさまたちの会話は、普段のお稽古事の話から、忘年会のときに「先生」に何を差し上げるかという話題になり、会社員たちは「年末(の出勤)はカレンダー通り?」と尋ね合いはじめる。みんなが思い思いに「心の年用意」をしている。歳末は、こんなふうに大晦日に向けて日毎に音が変わるので、生活空間のなかで季節の経過を耳で味わえる特異な時期なのだ。
 街にはクリスマスの電飾や気の早い松飾など、目を喜ばせる季語も溢れていることだろう。それらは、日常から離れる方向にベクトルが作用しているように思う。対して「年用意」のような音のある季語は、私たちの現実の営みをストレートに表すものが多い気がする。どちらも年末の情緒を盛り上げてくれるが、「年用意」は、それぞれの場所や時代が出す音を自在に網羅し「歳末」という時の音を聞かせてくれる。ここが、「障子洗う」、「畳替え」など旧来の日本家屋や昔ながらの生活が残っている地域でないと経験しにくいものと違うところで、私が気に入っているもう一つの理由でもある。
 電飾や松飾を見ることができなくても、日常の音のある季語を通して、目に入る「視覚季語」も感じることができる。ジングルベルが流れていれば当然電飾が見えているだろうし、商店で大売出しが始まれば正月らしい飾り物が見えているだろうからだ。松飾のような「視覚季語」は目で見るしかないが、「年用意」のように音をもつ季語はこうして、ほかの感覚もカバーしたうえで音が聞こえるのだ。
 ところで、私には「音のある歳末の季語」がある。フランスの作曲家モーリス・ラベルの「ボレロ」である。これを少し大きくかけながら、大掃除をするのが年末の定番イベントだ。ベートーベンの「第九」やヘンデルの「ハレルヤコーラス」でなく、「ボレロ」でないと調子が出ない。タンタタタ・タンタタタ・タンタンというリズムに背中を押されながら、掃除機をかけ、窓を拭き、換気扇をきれいにし、雑巾がけをし、不要な物を次々とゴミ袋に収めていく。三十以上の「ボレロ」の録音をもっているので、その日の気分によって誰の演奏で聞くかを決める。私にとって、「ボレロ」は「年用意」の副季語である。
 十二月二十九日から、街は忙しないようでいてだんだん静かになってくる。年用意がほぼ終わり、帰省する人たちが旅立つ。都内にいる人たちは、社会との時間から自分や家族との時間へとシフトしていく。
 そんなころ、除夜の鐘が響く。年の瀬の多忙な音から一転、鐘の醸す悠久の余韻が日本の空気に満ちる。
 いまは分からないが、親元の近所にある寺では、除夜の鐘が「撞き放題」になっていた。最初の何回かはご住職が撞き、その後は一組一回、列が絶えるまで鐘を撞かせてくれる。私たち家族も撞いたが、どう見ても百八回の時間をとうに過ぎていた。そんなに撞かせてほかのお寺からクレームがきたりしないのかしらなどと余計な心配をしながら考えてみれば、百八回というのはお寺の側の勘定であって、撞く人にとっては皆が一回なわけだ。煩悩を払うのが目的ならば、百八で打ち止めにしなくても良いのかもしれない。そんな太っ腹なお寺で正月を迎え、強弱さまざまな鐘の音とともに、人々の年は改まっていくのだった。
 時の色を物語る音に耳を澄ませながら新年の日の出を迎え、私は祈る。たとえ試練に出会ったとしても、新しい年がすべての人にとって「良い年」となりますように。

(「考える人」2016年冬号掲載)