熊本の空。何かが空に昇っていく。


 ハロウィンのメロディーが、肌寒くなりはじめた小路に漏れ聞こえる。街中がどこかカラフルで楽し気になるにつれ、暗澹とした気持ちになっていたかつての自分を思い出す。浮かれて見える人々を横目に、どこか自分だけ取り残されたような気になっていた。10月最後の日、父の命日だ。
 
 既に別々の暮らしが始まっていた父の死は、家に突然送られてきたFAX一枚で知らされた。目にしたこともない乾いた言葉が並ぶ中に、父の名前と「死亡」の文字を最初に見つけたのは私だった。妹に察せられないように母を呼び出し、「お父さん、生きてる?」と声を絞り出した途端、涙が止まらなくなった。母は私を黙って抱きしめながら、言葉を必死で探しているようだった。長い沈黙のすえ、たった一言、「私たちには、明日があるから」と語りかけてくれた。葬儀に声はかからなかった。

 それから悲しい日であり続けた10月のこの日が、少しだけ私にとって変わったのは、心を開ける友人の誕生日でもあると知ったときだった。イラク人である彼は今も避難生活を送っている。「きっと僕は生き延びる。だって君のお父さんにも見守ってもらっているんだから」。あの時の彼の微笑みを忘れない。

 時折、「もしもまた、会えたら」と考える。本当は「ありがとう」と一番伝えたいはずなのに、何度も「ごめんね」と口にしてしまう。「守れなくてごめんね」「もっと優しくできなくて、ごめんね」。だからこれからの出会い、別れの中で、「もしも会えたら」と考えなくてもいいように、毎日全力で人を愛したいと思う。その気持ちがきっと、父からもらいうけた、最後の贈り物だ。

10月の表情も多様なのだと考えられるようになった。一大行事、熊本のみずあかり。光の道。