連載が始まったのが今年の春号でした。その春号の校了日(印刷所とのやりとりの最終日)は3月の下旬、東日本大震災が起きてから3週間ほどがたった頃でした。連載2回目の締切は6月初旬。連載タイトルを見れば分かるように、2回目からは福島原発について触れざるを得ませんでした。原発事故は、まさしく「『便利』が人間を不幸にしてしまった」わけですから。
 3月11日に戻ります。あの日、これを書いている連載担当編集者の私は、帰宅難民となり一夜を都内のホテルのロビーで明かしました。窮屈な姿勢で横たわりながら、「ああ、都会ってもろいんだなあ」「今まで当たり前のように送っていた毎日って前触れもなく壊れるんだなあ」と何度思ったことか。電源システム、通信システム、交通システム、流通システムは瞬時にシャットダウンし、都市住民はコンクリートの上に佇むひ弱な小動物でしかないことを思い知らされました。
「便利」が突然に消滅した時、人間があれほど無力になるとは。そして、「便利」が突然になくなることが現実にあり得るのだということも知りました。そういう意味で、この連載タイトルの答えは、2回目を前にすでに出てしまったようなものです。「『便利』は人間を不幸にすることもあるのだ」と。
 3・11が起きてしまったことによって、この連載の持つ意味が大きく変わってしまったような気が今ではしています。当初、想定していた「便利」という言葉の持つ重みが、分銅器が大きく振れるように、変わってしまったと言った方が当たっているかもしれません。
 もし現代が「便利」の臨界点に近づいてしまっているならば、これから私たちはどう生きるべきなのか。そして、もしそうだとするならば、科学・技術は今後、人間とどう寄り添っていくべきなのか。「科学と社会、科学と文明」を考え続けてきた碩学・佐倉統さんの「解」が切実に待たれます。