世間ではどれだけ一般論として言われているのか知らないが、私の家系で昔から言われている言い伝えの中に「自分と同じ干支の動物とは、相性がすこぶる悪い」というのがある。何を隠そう私は戌年なのだが、私にとってはこの世で一番イヌが嫌いな動物である。なぜ世間で、こうもイヌが可愛いなどと持て囃されているのか、冗談抜きにして本当に理解できないのだ。

 まだ年端もいかない頃、自分がイヌに追い回されたり、あるいは肉親が目前でイヌに襲われる様を見た経験があって、そのトラウマが今なお深層心理の根底に横たわっている。海外では今なお凄まじい数の野犬が、市街地僻地を問わず生息しており、昆虫の調査研究で東南アジアなどに行けば頻繁に襲われたりもするため、あの猛悪な野獣に対して私は憎しみ以外の感情を持たない。知らない人間の飼っているイヌは当然のこと、親戚の家のマルチーズすら、今まで一度たりとも頭を撫でてやったことはない。政治家の甘言と、イヌを飼っている奴の言う「ウチの子は大人しくて絶対咬まないから」は、この世で唯二つ、決して信用してはならない言葉なのだ。

 また、今の世の中、動物に関するテレビ番組を見ると、本当にイヌとネコ(場合によりサル)ばかりしか出てこないのに辟易する。とりあえずイヌさえ出せば視聴率が取れると思っている制作側、それに安易に飛びつく視聴者。坊主憎けりゃ……ではないが、イヌを含めイヌに踊らされている存在全てが嫌いなのだ。
 一番腹立たしいのは、戌年の正月前後になると、必ずと言っていいほど「戌年!世界の可愛いワンちゃん特集」みたいな番組を何処かしらのテレビ局が組むのに、なぜか巳年の正月前後には「巳年!世界の不思議なヘビちゃん特集」は決して放送されない事である。私はヘビがとても好きなので、ヘビが出てくるテレビ番組はいつもチェックしているのだが、少なくとも私が生まれて以後3回経験した巳年の正月あたりで、その手の番組が放送された覚えがない(唯一、3番目の巳年たる2001年当時放送されていた某動物番組の1コーナーとして、アナコンダの生態を10分弱流してはいたが、果たして巳年をフィーチャーしての計らいだったかは謎)。ともあれ、何故私が話の初っ端から我が家系の言い伝えだの、イヌが大嫌いだのの話をしたかと言えば、とにかく私がヘビ好きであるという話に無理くり繋げたかったからに他ならない。なお、私の母親は巳年だがヘビが大嫌いで、イヌは大好きである。別に巳年とか関係なく、普通は誰でもこうなのかも知れないが……。

 ヘビは、分類学上は限りなくトカゲに近い爬虫類で、言ってみるならばトカゲという大きなまとまりの中の一構成要員である。化石などの情報から推測すると、元々は地中性のオオトカゲの一種だったらしい。長い進化の歴史の中で、獲物を求めて狭い隙間を出入りするうちに、邪魔な手足を捨てたのだ。しかし、ヘビの進化の歴史を見て面白いのは、せっかく手足を捨ててまで地中生活に適応したにも関わらず、また地表に出て来てしまったことである。一度地下生活に適応してしまったせいか、ヘビは視力が悪い。動くもの以外がよく見えなくなってしまった(一部、樹上性種で優れた視力を持つ種がいる)。しかし、それを補うように、彼らは獲物の放つ僅かな匂いの粒子を鋭敏に嗅ぎつける舌、さらに種によっては、獲物や敵の体温まで感じ取るという、トカゲにはない特殊な器官を発達させた。とどめの武器が、一見ハンディキャップとしか思えない、あの手足のない身体だ。強靭な筋肉からなるあの身体を駆使して、走るのも木に登るのも、泳ぐのさえ巧みにこなせるようになった。無駄を極限まで削り、必要なものだけを残した脊椎動物の姿の極致こそがヘビである。

 昔から、身近に見られる野生動物の中で、ヘビは一番体長の長い生物だった。それ故、私にとってヘビは否応なく関心を引く存在だった訳だが、それと直に触れ合うことは長らく叶わなかった。ヘビを嫌がる母親が、断固として私をヘビに近づけさせなかったからだ。確か小学生のときだったか、私が学校の帰り道でたかだか30cm程のヒバカリを捕まえて持ち帰ったら、母親が「毒蛇だったらどうすんだ!」と烈火の如く激怒し、泣く泣くその辺に投げ捨ててこざるを得なかった。私の身の安全を案じての、向こうなりの愛情だったのかも知れないが、当時爬虫類図鑑がバイブルだった私は、ヒバカリが無毒であることを知っていたし、ヒバカリと他種のヘビとの区別くらいはついた。しかもたかだか30cmの小ヘビ如きで、あそこまでギャンギャン言わずともいいのに、と内心とても腹が立ったし、今思い返しても怒りに打ち震える。大人の理不尽さと意味不明さを学ぶ出来事だった。

ヒバカリ。小型のヘビで、水辺に多い。毒は持たないが、猛毒のヤマカガシに近縁。また、ヤマカガシが上顎に持ち、毒を獲物に流し込むのに使う後牙(こうが)自体は本種にもある。


 この文章を書いている最中に思い出したが、そういえば幼稚園生の頃に生まれて初めてニホントカゲ(採集地域を考えると、現在オカダトカゲとされる個体群)を手づかみで捕った。大きく立派なオスで、繁殖期だったためか喉元が鮮やかな赤(婚姻色と呼ばれる、繁殖期のみ現れる色彩)に染まっていたのだが、その様を見た父親が「毒で喉が赤いじゃないか!咬まれたら死ぬぞ!さっさと捨てろ!」と怒鳴り散らし、私はヘビのみならず、人生初のトカゲまで捨てさせられた。もちろん、トカゲで毒牙を持つものなど日本にはいないし、世界的に見たって稀なことなど、当時の私だって知っていた。私は幼い頃から図鑑ばかり読んで、下手に生き物に関する知識をつけ過ぎたばかりに、こうした無知な人間達から生き物にまつわる誤解に起因した不愉快な思いをさせられることが非常に多かった。子供に図鑑類を買い与える親は多いが、そういう人らには「子供はあんた方が想定しているよりも遥かに図鑑から得た情報を記憶しているし、活用している」ことを申し添えておく。親のせいで私みたいな惨めな思いをさせられて、性根ねじれ腐った子供をこれ以上世の中に量産されたらたまったもんじゃない。

 そうした陰鬱な幼少期の跳ね返りで、私は今では当たり前のように野山でヘビを手づかみにし、また家に連れ帰って飼育するようになった。水田脇でシマヘビやアオダイショウを見つけたなら、有無を言わさず飛びかかる。そして、胴体の真ん中あたりを引っ掴むのだ。ヘビを捕まえる際、しばしば首根っこを押さえつけて捕まえると咬まれなくてよいなどと宣(のたま)う者がいる。しかし、そうせねばこちらの安全が担保されない大蛇毒蛇相手ならともかくも、そんな捕まえ方をするのは、ヘビを殴ったり蹴ったりしているのと変わらない。首はヘビにとって一番の急所であり、ここを取られるともはや為す術がないため、こういう掴み方をされるのを格別に嫌がる。胴体を掴み、その後胴体の上半分と下半分の2箇所を支えるように持つ方が、遥かにヘビに与えるストレスは少ない。また、この方法は掴まれたヘビがこちらへ反撃可能な持ち方である。それ故向こうにとっては反撃できる余地がある分、首を取られるよりはまだ安心感があるようで、実際に咬んでくる事はそんなに多くはない。すなわち、多少は咬まれる可能性がある訳だが、正直咬まれるリスクも負わずにヘビを捕まえようなどという考え自体が甘いと思う。

アオダイショウ。冬眠から明けて、外へ這い出してきた個体。

 
 大型の捕食動物たるヘビは、生態系ピラミッドの中でもかなりてっぺんに近い辺りに位置する、強い動物である。しかしそれ故、彼らは世界中どこに行っても個体数が少なく、生息密度も低い。テレビやら本やらでありがちな冒険活劇から得たイメージにより、我々は熱帯のジャングルに行けば、そこらじゅう至るところにヘビが這いずり、絡まっているような気がしている。それこそ、昔の川口浩探検隊でいうところの、「洞窟に入った途端、天井から無数のヘビが(何故か尻尾の方から)降ってくる」のような。だが、実のところ熱帯のジャングルでヘビに遭遇する事など、よほど特殊な場合でない限り滅多にない。今まで散々、東南アジアや南米、アフリカの訳の分からぬ僻地の奥へ分け入ってきた私でも、ヘビを見た記憶は数える程しかない。まあ、だからこそ油断して、万が一の確率で遭遇する致死的な毒蛇の攻撃を受けるのが恐ろしい訳だが……。

ペルーで見つけた、目玉の巨大な樹上性ヘビ。おそらくオオグチヘビ(パロットスネーク)の幼蛇。行動はとても素早い。この手の樹上性ヘビは、人間のように目がやや前向きについているため、物を立体的に見ることができる。


 種数の多さはともかく、ヘビを実際野外にて見かける頻度で言うならば、圧倒的に熱帯よりは日本の方が高い。かつて身近に広がっていた水田、そして水路や溜池は、カエルや魚といった餌動物が多く、ヘビにとって好適な生息環境だった。また、隙間の多い田舎の木造建築は、ヘビにも餌のネズミや小鳥にも住みやすい隠れ家を提供していた。特にアオダイショウは、人家周辺に住む小動物を餌として、今なお東京都心の緑地帯や寺院などでしぶとく生き残っている程だ。とは言っても、最近の日本は宅地化が進み過ぎ、大概種のヘビにとって住みにくい環境になりつつある。カエルを好むヤマカガシやシマヘビは、今や郊外まで足を伸ばさないと遭遇することもなくなってきた。

ニホンマムシ。本来は大人しくて争いを好まぬが、やる時はやる。攻撃は素早く、咬みついた瞬間相手の反撃を避けるべく、すぐに離す。俗にいう「一度咬みついたら離さない」は、スッポンと混同している。


 先日、近年稀に見る凄まじい数のヘビを日本で見た。場所は、紀伊半島の南端に近い山奥の沢。とある珍しいメクラチビゴミムシを掘り出すため、大変な思いをして原付でそこまで行った。結局、本命の標的はかすりもしない惨憺たる結果に終わったが、沢を遡上する過程で5種10匹以上のヘビを見た。今日び日本の本州で、半日程度ほっつき歩いてこれだけの種数と個体数が見られることは、なかなかない。しかも、その10匹以上のうち6匹はマムシだった。真っ昼間だというのに、夜行性のマムシが沢のあちこちに、ばら撒いたようにいた。ほとんどの個体はあらかじめこちらの気配を察知し、先手を打って逃げて行く姿ばかり晒していたが、1匹だけこちらに食ってかかろうとしたのがいた。かなり離れた安全な場所にトグロを巻いて鎮座していたそれは、しかしまるでシャドウボクシングよろしく、こちらに素早く首をビャッと2~3回繰り出した後、いそいそと岩の隙間へ引き下がった。そのジャブの瞬間に奴が垣間見せた、真っ白い口の色を見た時に、ふと何故か懐かしい感情が心の中に流れ込んで来たのである。

シロマダラ。無毒。生息密度が薄いのと夜行性なのとで滅多に見かけない。見慣れない色彩だが、日本固有種。性質はやや荒く、色彩もあいまって毒蛇と間違われることもある。生きたトカゲしか食わないため飼育が難しく、かつて上野動物園も飼育を断念したらしいが、私は15年間自宅で生かした。


 私が幸か不幸か、片田舎の地方大学に現役で合格した2001年、それは奇しくも巳年だった。その前年末近く、たまたま見た新聞の折り込みチラシに、「幸運を招く!白蛇様の像」みたいな売り文句とともに、白いヘビをかたどった高価な石像の広告が出ていたのだ。さすがに現物を買う冒険はしなかったが、私はその石像のデザインに感服し、チラシを切り抜いて自宅の机に貼った。多分、白蛇様のご加護により私は大学に受かったのだ。私の研究者としての第一歩は、実にヘビで始まった。その後、良い事も悪い事もありつつ、何だかんだで大病も患わず(いや、一回致命的なのをやったが、ヘビのご加護で)、今の今まで生き延びる事ができた。これからも、ヘビの尾の如く少しずつ先細りしつつも、私は細く長く生きて行くのであろう。竜頭蛇尾という言葉があるが、私は頭から尾まで徹頭徹尾ヘビに始まりヘビに終わりたい所存にて御座候。

こうは書いたものの、本当は無毒種でもみだりに咬まれるのは危険である。地べたを這いずり、何にでも咬みつくヘビの口内には、破傷風菌などの危険な雑菌類が常在する場合があるから。私は定期的に破傷風ワクチンを接種しており、その上自己責任においてこうした行為に及んでいる。