「一神教」的パラダイム

阿弥陀二十五菩薩来迎図


 法然の浄土思想は実のところ極めて論理的で、念仏信仰が単純に想像させるような情緒的なものではない。
 彼が「智慧第一」と称賛されながら「三学の器にあらず」と言ったのは、自分をそのような凡夫に位置付けたかったからである。
 末法の「濁世」にあって、衆生は皆、

「又凡夫と申二の文字をば『狂酔のごとし』と、弘法大師釈し給へり。げにも凡夫の心は、物ぐるひ、さけにゑひたるがごとくして、善悪につけて、おもひさだめたる事なし。一時に煩悩百たびまじはりて、善悪みだれやすければ、いづれの行なりとも、わがちからにては行じがたし」(消息『往生浄土用心』)

という状態であり、自らもその凡夫だと認じた上で、大乗仏教が真理ならば、それが一切衆生をすべて成仏させうる教えである以上、どのような凡夫も成仏できる方法を提示できなければならない、と法然は考えるのである。つまり、彼が根本において信じているのは浄土教ではなくて、一切衆生を成仏させる、させなければならない、という大乗の思想そのものなのである。
 この思想的大前提から彼が方法として導き出したのが、浄土教であり称名念仏なのだ。誰もが成仏できる方法は、誰にでも可能な方法でなくてはならない。

「まさに知るべし。上の諸行等(引用者註 造像起塔、智慧高才、多聞多見など)をもって本願とせば、往生を得る者は少なく、往生せざる者は多からん。しかれば則ち、弥陀如来、法蔵比丘(ほうぞうびく)の昔、平等の慈悲に催されて、普く一切を摂せんがために、造像起塔等の諸行をもつて、往生の本願としたまわず。ただ称名念仏の一行をもつて、その本願としたまえるなり」(『選択本願念仏集』)

 したがって、彼の考える念仏は念仏者自身の努力(自力)ではなく、必ず衆生を成仏させるという阿弥陀如来の本願(他力)によって効果が保証される。つまり、阿弥陀如来は誰でも成仏させることができるという絶対的救済力を持つ超越的存在として出現するのだ。
 その絶対的救済力は、通常の教えでは救済され難い者にまで及んで初めて、その「絶対性」が実感となるのであるから、

「此の宗は悪人を手本となして善人を摂するなり。聖道門(浄土教以外の教え)は善人を手本となして悪人を摂するなり」(『三心料簡および御法語』)

という、法然版の「悪人正機説」が主張されるのも、論理的必然であろう。
 実際、救済力の「絶対性」そのものは、凡夫に認知できるわけがなく、それは自らの「凡夫性」(相対性)の根源的で際限ない自覚から、いわば反照的に感受されるほかない。「悪人」とは、その「凡夫性」、すなわち人間の「苦」としての実存状況それ自体の謂いである。
 だとすると、「悪人」としての実存の把握は、「無明」や「煩悩」として状況を捉える仏教本来のアイデアよりも、「原罪」の考え方に近く、極めて「一神教」的であろう。
 このような救済の「絶対性」について、これを中国浄土教と比較して考えてみると、中国においては、あくまで「難行/易行」の対比の埒内で、修行する能力に乏しく機根に劣る者をも最終的には阿弥陀如来が救済するという、いわば結果としての「絶対性」が説かれるのに対して、法然の場合には、「難行」「易行」は問題にならず、機根の優劣も度外視して、「平等の慈悲」のゆえに「普く一切を摂せん」という、如来の無条件的な救済意志が貫徹されるのであり、その「絶対性」は、結果ではなく、前提中の大前提なのである。
 法然以後、「難行/易行」の対比に換えて「自力/他力」が強調され、かつ「他力」の意味が熱烈に主張されるのは、「絶対性」についての観点が、法然以前と以後では大きく異なるからである。

「日本」との断絶

 このような「一神教」的パラダイムは、「ありのまま」肯定の思想傾向とは相容れない。特に「ありのまま」を規定する共同体秩序の埒内に収まらない。

「現世のすぐべきやうは、念仏の申されんやうにすぐべし。念仏のさまたげになるぬべくは、なになりともよろづをいとひすてて、これをとどむべし。いはく、ひじりで申されずば、めをまうけて申すべし。妻をまうけて申されずば、ひじりにて申すべし。住所にて申されずば、流行して申すべし。流行して申されずば、家にゐて申すべし。自力の衣食にて申されずば、他人にたすけられて申すべし。他人にたすけられて申されずば、自力の衣食にて申すべし。一人して申されずば、同朋とともに申すべし。共行して申されずば、一人籠居して申すべし」                   (『禅勝房伝説の御詞』)

 要するに最優先すべきは念仏なのであって、個々の生活状態などは一切眼中にないのである。このような態度は、身分の無視に及ぶ。

「述所、まことに罪障かろからず。酬報又はかりがたし。過去の宿業によつて、今生の悪身を得たり。現在の悪因にこたへて、当来の悪果を感ぜん事疑なし。若此のわざの外に計略あらば、速に此悪縁を離べし。たとひよの計略なしといふ共、身命を顧みざる志あらば、又此業を捨つべし。若又余の計略もなし、身命を捨る志もなくば、ただその身ながら専念仏すべきなり。弥陀如来汝がごときの罪人の為に、弘誓をたて給へる其中に、女人往生の願あり。然則女人はこれ往生の本願の正機なり」(『室の津の遊女に示されける御詞』)

 当時の遊女に対するこの説示は、先駆的な女性救済の意思に加え、阿弥陀如来の絶対的救済力が身分や職業の貴賤をはるかに超えることを物語っている。この態度は、法然の論争相手であった、栂尾上人明恵のこの言葉と比較すれば、違いが顕著であろう。

「人は阿留辺幾夜宇和(あるべきやうわ)と云七文字を持つべきなり。僧は僧のあるべき様、俗は俗のあるべき様なり、乃至帝王は帝王のあるべき様、臣下は臣下のあるべき様なり。此あるべき様を背く故に、一切悪きなり」(『栂尾明恵上人遺訓』)

 「あるべき様」にあるとは、共同体秩序が規定する通り「ありのまま」にあるという意味である。とすれば、法然の考え方が、当時の「公序良俗」に反するものとして、激しい非難を浴びたことは当然であろう。

浄土教の革命

 法然の思想の先鋭さを最も強く示すのが、念仏の位置づけを従来とはまったく異なる水準に押し上げたことである。
 彼は、念仏による往生が、唯一かつ最高の成仏の道であると言い切った。

「今この経(引用者註 『無量寿経』)の中の一向もまた然なり。もし念仏の外にまた余行を加えば、即ち一向にあらず。(中略)既に先に余行を説くといえども、後に一向専念と云う。明らかに知んぬ。諸行を廃して、ただ念仏を用いるが故に一向と云う」(『選択本願念仏集』)

「本願の念仏には、ひとりだちさせて助を差さゝぬなり。助さす程の人は、極楽の辺地にむまる。すけと申すは、智慧を助にさし、持戒をすけにさし、道心をも助にさし、慈悲をもすけにさす也。それに善人は善人ながら念仏し、悪人は悪人ながら念仏して、たゞむまれつきのまゝに念仏する人を、念仏にすけにさゝぬとは申す也。さりながらも、悪をあらためて善人となりて念仏せん人は、ほとけの御心にかなふべし」(『禅勝房伝説の御詞』)

 「諸行を廃して」「一向専念」することが必須であり、念仏を「ひとりだち」させて、他の「すけ」の行を顧みないことが、「ほとけの御心にかなふ」と断言するとき、もはや他の仏教思想や教団と妥協する余地はなくなってしまう。そのことは、

「釈迦・弥陀および十方おのおの恒沙等の諸仏、同心に念仏一行を選択したもう」(『選択本願念仏集』)

 すべての如来は「念仏一行を選択」という、この確信に表明されている。
 古代から「天台本覚思想」まで綿々と続いてきた「ありのまま」主義的思想傾向は、法然の「一神教」パラダイムの導入で、重大な画期を迎えた。
 しかしながら、「ヤハウェ」系一神教と比較して、法然のアイデアには決定的な相違点がある。それは「審判」の不在である。
 法然の思想では、念仏しさえすれば「誰でも」成仏し、救済されるということになる。すると、死後に漏れなく来世で絶対的に救済されるなら、生前現世では「ありのまま」でよいではないか、という発想が現れてくることが予想される。
 この思想的超越性の脱色が、鎌倉期の仏教運動が終息したのち、急激に進むことになるのだが、そのことは本論考の扱う時代以降のことである。
 次回は、法然とは位相を異にする思想で超越性と対峙し、「ありのまま」主義を超克した、親鸞と道元を考えたい。

引用文献:『法然上人全集』(平楽寺書店)、『法然全集』(春秋社)、『日本古典文学大系 仮名法語集』(岩波書店)