外に出たくない年末年始こそ、心は枯野や雪山を駆けめぐりたい、ということで「山の文学」特集がはじまりました。
 山にまつわる文学作品には名作傑作の枚挙にいとまがありません。考える人編集部に登山をする者はいませんが、「山の本」といっただけで串田孫一『山のパンセ』、井上靖『氷壁』、新田次郎『劒岳〈点の記〉』、北杜夫『白きたおやかな峰』、横山秀夫『クライマーズ・ハイ』、また翻訳ならガストン・レビュファ『星と嵐』やモーリス・エルゾーグ『処女峰アンナプルナ』、ハインリッヒ・ハラー『セブン・イヤーズ・イン・チベット』など、たちどころに新旧、硬軟の書名があがりました。登山というジャンルからは外れていますが、ヨハンナ・スピリ『ハイジ』やシュティフター『石さまざま』、柳田国男『遠野物語』、三浦しをん『神去なあなあ日常』だって、山の生活を描きだす傑作です。
 山に登る人ならば、もっとたくさん山の文学を教えてくださるにちがいない、ということで池内紀さんと湯川豊さんに対談をお願いすることにしました。

 ドイツ文学者・池内紀さんはゲーテやカフカなどについて数多くの著書や翻訳書を書かれていると同時に、山と温泉にまつわる、『ひとつとなりの山』、『山の朝霧 里の湯煙』、『森の紳士録』ほかの著書があります。また、山の文芸誌『アルプ』のアンソロジー2冊の編者もされました。いっぽう湯川豊さんは、渓流釣りの愛好家。エッセイ『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』などが知られており、編集者時代には登山家の植村直己や写真家の星野道夫と山や谷に同行した経験がおありです。
 この山と渓谷を愛してやまない作家たちに、それぞれ好きな山の本をあげてその面白さを語り合っていただき、『考える人』セレクトの山の文学ベスト10としたいと考えていました。

 ところが、まずお二人の最初のセレクト本からして、重なりあうものがまったくありません。そしていずれも、編集部が予想していたような『アルプ』的作家を外されているのですが、それにはある理由があるとか。二人の作家にそれぞれ異なった山とのつきあいかた愉しみかた、山の文学の醍醐味をたっぷり語り明かしていただきました。それをきっかけに「オトナの遠足」も敢行しました(編集部の手帖を参照)。
 興味津々の「山の文学ベスト10」の結果発表とともに、どうぞ本誌でじっくりお確かめください。

池内紀さんの「山の文学」候補リスト

(「」は本に収録された作品名)
飯田蛇笏「山岳礼讃―自句自解」/深沢七郎『楢山節考』/泉鏡花『高野聖』/津村信夫『戸隠の絵本』/辻まこと『山からの絵本』/戸川幸夫『高安犬物語』/柳田国男『山の人生』/新田次郎『強力伝』/草野心平「富士山」/早川孝太郎『猪・鹿・狸』/無着成恭『山びこ学校』/井伏鱒二『山峡風物誌』/芥川龍之介『河童』/南方熊楠「山男について そのほか」/太宰治『富嶽百景』/ジャック・ロンドン『野性の呼び声』/ドーデ『アルプスのタルタラン』/梅崎春生『桜島』/シュティフター『水晶 他三篇 石さまざま』/トーマス・マン『魔の山』/メリメ『カルメン』/ステルン『リゴーニ・ステルンの動物記』

湯川豊さんの「山の文学」候補リスト

辻まこと『辻まことセレクション1 山と森』/坂本直行『雪原の足あと』/今森光彦『里山の少年』/植村直己『青春を山に賭けて』/西丸震哉『山の動物誌』/米田一彦『山でクマに会う方法』/吉村昭『羆嵐』/今西錦司『ヒマラヤを語る カラコラム』/西前四郎『冬のデナリ』/鹿野忠雄『山と雲と蕃人と』/星野道夫『イニュニック[生命]』/杉山恵一『南アルプス探険』/小島烏水『日本アルプス』/梨木香歩『水辺にて』/宮本常一『忘れられた日本人』/新田次郎『八甲田山死の彷徨』/池澤夏樹『ハワイイ紀行』/池内紀編『ちいさな桃源郷』/W・ノイス『エヴェレスト その人間的記録』/E・ウィンパー『アルプス登攀記』/M・エルゾーグ『処女峰アンナプルナ』/W・ウェストン『日本アルプス』/R・メスナー『ナンガ・パルバート単独行』/M・リゴーニ・ステルン『雷鳥の森』/J・アーチャー『遥かなる未踏峰』/A・ランサム『ツバメの谷』