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 ヨーロッパのかつての東玄関ヴェネツィアを知るうちに、西の出入り口も見てみたくなった。
 リスボンに行こう。
 ミラノから空路で二時間半と近いが、初めて訪れる。時事報道に関わってきたが、ポルトガルにニュースのスポットライトが当たったことはなかった。
 今日思い付いて明日の出発である。市内地図を見ながら、河辺の廉価な宿を取った。一泊三千円ほどで、町の南端、水際に建っている。リスボンは、その裾を河が縫うように流れて、海口へと繋がっている。黄昏る港町の埠頭を想像し、胸が高まる。

 早朝、最寄りの地下鉄の駅で降りると、目の前に船乗り場があった。いくつかの航路があり、どの行き先も近場のようだ。岸壁に建つ発券所への通路は整然として分かりやすく、隅々まで掃除が行き渡っている。岸壁を打つ水音や汽笛、埠頭に沁みついたような重油の臭い、乗船下船の客や船員たちの往来、といった船乗り場特有の気配はない。宿には寄らずに、そのまま船に乗ることにした。
 待合所は広々としている。床から天井までの高い窓から、深い青色の河とその向こうに対岸の景色が薄っすらと見えている。人々は、慣れた顔で船を待っている。地元の住民なのだろう。色やデザインを揃えて抜かりないイタリアの身づくろいに見慣れた目には、待合所の様子は肩の力が抜けていて心が休まる。時代がかった重々しい装飾もなければ、現代的な機能優先にありがちな冷たさもない。声を荒らげる人も、騒々しい物音もない。船を待つ間に、もう長年暮らしているかのような気分になっている。

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 岸壁に横付けされた船に乗る。潮と油煙で曇った窓から、リスボンが見える。過去のハレが積み重なって層を成している。
 町にはいくつもの高低があり、乳白色の建物の縁や屋根、軒先が少しずつずれては見え隠れし、さざ波が立つようである。オレンジ色の瓦は、白い波間に差す日だ。
 船が岸壁を離れたら途端に、空が半球型に広がり、遠ざかっていく町は一つの白い塊となり、水は濃い青色を帯びてたゆたっている。風抜けがいい。外海はすぐそこにある。

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 渡し船から降りて、対岸の町を歩く。シャッターを下ろした食堂や土産物店が軒を並べている。すっかり色褪せたアイスキャンディーの絵入りの値段表が貼られたままになっていて、人気のない通りがいっそううらぶれて見える。新興住宅地のような町並みの中に、ときおり壁面が絵柄の陶製タイルで覆われた古びた建物がある。タイルが剥がれ落ち、バルコニーは錆び付いている。
 馴染み客なのだろう。あるいは店の人なのかもしれない。屋外の席で新聞を広げている人のいる店へ入った。
 「いったいどちらから?」
 若い女性店員は、目を丸くしている。思いもかけず英国式の発音で、流暢に注文を尋ねた。
 天ぷらのこと。カステラのこと。キリスト教のこと。胡椒のこと。
 日本がポルトガルから受けた恩恵を並べて礼を述べ、たぶん鉄砲伝来と火薬もポルトガルだった、と私が付け加えると、その店員は照れと戸惑いが入り混じった顔をして、奥へ引っ込んだ。
 その店員に任せた料理は、慣れた地中海の味とはほど遠かった。モロッコのタジンと似た鉄鍋の蓋を開けると、強い香辛料の匂いが鼻を突いた。エビにアンコウ、アナゴのまとめ煮の隠し味は、肉かもしれない。熱々を掬い、バスマティ米と焼きジャガイモに合わせて食べる。コリアンダーが、鼻腔を突き抜ける。中近東と北アフリカ、アジアが口の中で入り混じる。後味で、ギリシャ、シチリアが現れる。
 干し鱈が多いのは、ヴェネツィア料理と同じである。海の町だというのに、干して塩漬けにした魚を使う料理が多いのは、それが長い船旅の保存食であり、塩代わりだったからだろう。
 ひとさじ食べて、船乗りの町へ来たと思う。

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 テージョ河沿いの鉄道を行き、途中下車して路線バスに乗り換える。船乗りたちが回った各地の味が舌先に残っているうちに、彼らが大航海へと繰り出していった大海原を見たくなったからである。
 郊外の田舎道をバスは行く。深い森に入りいくつか山を越え、やがて低木や草の生えた丘陵地に出た。蛇行しながら道は続き、バスは突端に着いた。
 ロカ岬。ユーラシア大陸最西端だ。
 降りたのは、私を含めて三人だった。
 足元は直角に切り立った崖だ。はるか下方から潮騒が聞こえる。岩にぶつかる波の音。渦巻く潮流。
 大西洋。ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸、アメリカ大陸とを繋ぎ、隔てる海だ。

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 東口のヴェネツィアに、この海はない。干潟の周りは内海で波がなく、潮流がぶつかる岩も崖下もない。たどり着く、海の裾だ。
 ところがここはどうだ。船乗りたちは、さぞ奮い立っただろう。
 大航海時代、世界を手中に収めたポルトガルの大胆不敵さは、大西洋という本物の海に鍛えられたおかげだったのではないか。やがて、交易よりも大海原を渡ることそのものほうが、海の男たちにとって肝心となっていったのではないか。
 <ここに地終わり海始まる>
 ポルトガルの叙情詩の一節が石碑に刻まれている。