ポル・ポト政権時代を象徴するといわれる、刑務所跡地。かつてここに収容されていた人々の顔が並ぶ。


 テレビをつけた瞬間に、崩れ落ちるビルの映像が映し出された。何の映画の宣伝だろう。それが決して架空の画ではないと気が付くまで時間を要した。「悪魔に報復する」と、星条旗を掲げた人々が叫んだ。それからどのチャンネルをまわしても、映し出されるのは乾いた大地と迷彩服だった。
 2001年9月11日、あの日から15年が経った今も誰かが、どこかの国が“悪魔”と呼ばれ続けている。化学兵器を持った悪魔、ミサイルを飛ばす悪魔。その“悪魔”はどんな“顔”をしているのだろう。
 高校時代から訪れているカンボジアには、「虐殺博物館」と呼ばれるかつての刑務所跡がある。当時収容されていた2万人近い人々の写真がずらりと並び、無数の目が睨むようにこちらを見据えている。過去からの眼差しは何を訴えているのだろうか。ここから生きて出ることができたのは数人だった。ここに来れば、恐怖政治を敷いたポル・ポトやその兵士たちは、“悪魔”としか映らない。
 ところがタイ国境に近い村を訪れると、そこではかつてのポル・ポト兵たちやその家族が、穏やかな暮らしを続けていた。「ある時、村に“教育係”と呼ばれる人々がやってきました。今の政治は腐りきっている。アメリカの爆弾も空から無数に落とされている。いい国を作るために立ち上がろうではないか、と熱弁をふるったのです」。少年たちは奮い立った。「空爆で家族を失った若者たちが、本気でこの状況を変えたいと望んだのです」と、ひとりの老人が静かに教えてくれた。
 今、中東の地で“悪魔”と呼ばれている集団のことが頭を過った。そんなことを話すと「テロや虐殺を容認するのか」と問われる。そうではない。たとえどんな“正義”を掲げていても、テロや虐殺が許されるはずがない。
 ただ、その“悪魔”はどこから生まれたのか、思考を止めてはいけない。「なぜ」と問うことを怠ってはいけない。「深く、細やかな想像力を巡らせなさい」という過去からの警告に、謙虚に耳を傾けるときではないだろうか。

当時の処刑場跡地であるキリング・フィールド。地中からいまだ現れる人骨は、かつてどんな人格を持つ人のものだったのだろう。