「山」という特集テーマへの糸口は、前々号の追悼特集「梅棹忠夫」の取材で訪れた国立民族学博物館の「ウメサオタダオ展」で見つけました。彼は少年期からそのメモ魔ぶりを発揮していますが、もっとも初期の記録のひとつが、旧制中学校・山岳部時代の登山記録でした。梅棹忠夫の自然科学への興味はこの登山体験からスタートし、「山はわたしのルーツであり、すべての出発点なのである」とのちに語っているほどです。
 文学のみならず学術の分野にも大きな刺激と影響をあたえてきた山。どのような人々が日本の山の歴史を彩ってきたのか、知りたいと思いました。

 米倉久邦さんは共同通信のジャーナリストとして活躍した後、還暦をすぎて百名山を踏破、『六十歳から百名山』ほかの著書をもつ登山家です。「なぜ、ひとは山に惹かれるのか」「山に登るとはどういうことなのだろう」――アルピニズムの歴史とは、まさにこの問いに登山家みずからが答えを探す終わりのない旅なのだ、と米倉さんは言います。地理学者の志賀重昂、随筆家で文芸批評家の小島烏水、英文学者の田部重治、そして山岳界の国際的スター槇有恒まで、日本の近代登山史に足跡をしるした人々を紹介していただきました。

 おなじ「登山」といっても、山登りそのものを目的とするアルピニズムと、学術調査や探検の登山はちがいます。その分野で古い歴史をもち、多くの人材が輩出してきたメッカとして、多くの人が京都大学を、なかでもその先駆者として今西錦司の名を挙げます。京大山岳部で活躍し、学術探検も経験している今西の後輩にあたる斎藤清明さんが、「今西錦司の地図の美学」で、この伝説の登山家の生涯をつらぬいた情熱を伝えてくださいました。今西錦司自身が踏破のあとを記した地図、晩年の登山の途中で一服しているポートレートなどが、いっそう味わいぶかく見えてきます。

 いやいや、日本の山岳史を明治からととらえない見方を、梅棹さんはしようとされていましたよ、と待ったをかけたのが藍野裕之さん。2011年に梅棹のロングインタビューをもとにした『梅棹忠夫――未知への限りない情熱』を刊行したばかり。古来からある日本の山岳信仰のひとつ修験道と、近代登山とを重ねあわそうとした梅棹の提言を引いて、とても刺激的なエッセイを寄稿してくださいました。

 グラビアには、1900年代初頭からの岳人の魅力的なポートレートが掲載されています。岳人の系譜の3編のテキストとともに、どうぞお楽しみください。