©UNO Associates Inc.


 十二月七日、町の守護神の祝祭日とともに、ミラノはクリスマス一色となる。この日を境にあちこちにイルミネーションが灯り、夕焼けと入れ替えにいつもと違う夜景が広がる。照明を受けて浮かび上がる町に気持ちは華やぎ、そしてまた、わけもなくもの寂しい。 
 しみじみ思いにふけっている暇はない。仕事仲間に近所の人々、遠くに住む親戚もクリスマスには勢揃いする。友人。その子供たち。友人の連れはどうしよう。二十五日までに会う人を考える。縁と気持ち、義理の度合いを計って、贈り物を探しに行く。 
 商店は手ぐすねを引いて待っている。イタリアの多くの企業は、十二月に一ヶ月分の給与に相当するクリスマス手当を出す。
 「夫でしょう、子供たちでしょう、それに私の両親に義理の両親、妹に義理の兄弟二人分、甥に姪、今年は従兄弟たちも来るらしいし。休暇前に、会社でもクリスマスパーティーがあるから、上司や同僚にも必要よね。子供の担任の先生。えっと友人はね……」
 残るか、逃げるか。
 家族だけで前倒しでクリスマスを祝い、旅行に出かけてしまう人もいる。旅先で知り合いに出会(でくわ)さないように、できるだけ遠くへ飛ぶ。
 「義理の贈り物を探すストレスを考えれば安いもの」
 親も子も連れもいない知人は、イヴさえ待たずにすでに空の人だ。
 旅行代理店は大忙しである。クリスマス準備の時期には、アメリカ行きパッケージがよく売れる。ブラック・フライデーめがけて、贈り物の買い付けに行くためだ。舶来製で、しかも価格不詳ときている。箔が付くうえ安上がり、ということもしばしばだ。東欧や北アフリカも人気が高い。仕入れ原価が安いうえ、そこそこ近いのに異国情緒たっぷりだからである。
 それが終わると、贈り物合戦から逃れる人たち向けのパック旅行売りが始まる。トロピカルな行き先でも、クリスマス当日を日程に組み込むと割安になるものも多い。
 しかし高飛びするのは、まだまだ一部の人たちのこと。大半は、喜びと悩み半々を抱えてこの時期を暮らす。

 五年前から、ミラノ市民に特別なクリスマスプレゼントが届くようになった。送り主は、市長だ。
 贈られる品は、一点の絵画である。ふだん一般公開されていない名作や、遠いところに所蔵されていて簡単に鑑賞できない作品が選ばれて、ミラノ市庁舎の迎賓ホールに展示される。年は変わっても、テーマはただひとつ。<聖母>である。

 家族の心の拠りどころである母親のもとへ皆が集まるその日を祝い、年ごとに市長は<イタリアの母なるもの>を贈る。
 冷え込むと零下も珍しくないこの時期に、雨や雪、寒風を耐えて市役所前にできる長蛇の列に胸を打たれる。幼い子供連れの人。教師に引率された小中学生たち。老いた人。外国人。地方からわざわざ来る人もいる。皆、足踏みしながらじっと待つ。二時間を超える日もある。
 行列ができるのは、一度に十数人ずつしか入れないからである。一点だけの鑑賞になぜそれほどの待ち時間がかかるのか、と初年度は訝しく思った。
 中に入ってみて、そのわけがわかった。グループごとに案内人が付く。揃って、二十代。大学で美術史を専攻した、若い専門家たちである。まるで初めて作品と対面するように声を弾ませ、作品についてはもちろんのこと、描かれた時代の暮らしや同時代の芸術家たち、後世の美術への影響など、熱心に説明してくれる。
 「どうぞよいクリスマスとお正月をお迎えください」
 展示場の出口まで訪問者たちを送り、若者は充ちたりた面持ちで挨拶した。 
 とたんに、清らかな気持ちが胸いっぱいに広がった。
 それこそが粋な贈り物なのだ、と気がついた。

2016年の贈り物:Piero della Francesca作(Sansepolcro, 推定 1412 - 1492)
『Madonna della Misericordia』(『慈悲の聖母』)
創作年(推定): 1445-1455
判型: 168cm x 91 cm
Sansepolcro, Museo Civico 所蔵