日本のカラクリ屋敷事情

 栃木県の足利市に、以前から気にかかっている建物がある。一度この目で見てみたいと思いながら、いまだ実現できていない。
 それは浄林寺という寺の離れで、なぜ気になるかというと、それがカラクリ屋敷と呼ばれているからである。
 おお、カラクリ屋敷!
 私はカラクリ屋敷が大好きだ。
 目がないと言ってもいい。
 日本にある名だたる忍者屋敷などはたいてい見にいった。
 といっても、現存する本物の忍者屋敷は甲賀にただ一軒しかない。伊賀の忍者屋敷は観光用に作られた施設だし、そのほか各地の江戸時代村などにあるものも遊戯施設で、今出来の建物だ。どれもカラクリはそれなりに面白く作られてあるのだが、あくまで遊戯施設だから、実用性などはあまり関係なく、隠し扉や隠し階段など人が通り抜けられるサイズの大仰なカラクリしかない。
 本物はもっと精緻で、客の様子をこっそり窺う窓や、階段の下から侵入者の足をはらう仕掛けや、侵入すれば音を出す襖、寄木細工のように複雑な手順を踏まなければ開かない床板など、考え抜かれた仕掛けに満ちているものだ。
 そういう意味で凄いのは、金沢の妙立寺(みょうりゅうじ)である。忍者とは関係がないのに、忍者寺の愛称で呼ばれるほど、カラクリが充実している。
 加賀前田家の祈願所として建てられた本堂は、外見上は2階建てだが、実際は4階建て7層の複雑な構造。前田藩が徳川幕府の侵攻に備え、ひそかに築いた出城だったとも言われ、内部は落とし階段や、地下へ通じる抜け穴、隠し部屋など、そこらじゅうにカラクリがあって、普段たいていのことでは迷子にならない自信のある私も、二度訪ねていまだ全体像を把握できていないほどだ。まさに奇想天外な建物と言っていい。
 そのほか京都にある二条陣屋も面白い。天井裏の隠し部屋や、隠し階段、開こうとすると音のでる襖などを備え、妙立寺に次いで日本第二のカラクリ屋敷と言っていいと思う。
 だが面白いのもここまでで、残念なことに、私の知る限り、アトラクションではない本物のカラクリ屋敷は、全国にこの妙立寺、二条陣屋、そして甲賀流忍術屋敷の3つしかない。
 日本にカラクリ屋敷はたったこれだけしかないのだろうか?
 否。絶対にそんなはずはない。外敵から身を守るため、建物に幾多の仕掛けを施すのは、決して思いつかない発想ではない。まだ私の知らないカラクリ屋敷がどこかにあるはず。
 そう思ってネット検索すると、香川県に勤王の志士日柳燕石(くさなぎえんせき)が暮らした呑象楼(どんぞうろう)という邸宅があり、ここがなかなかのカラクリを備えていることを知ったが、今は老朽化で立ち入ることができないという。んんん、行ってみたかった。
 私は我慢ができなくなって、カラクリ屋敷ではないけれども、度重なる増築によって中が迷路のようになってしまった温泉旅館を訪ね歩き、その複雑な建物内をさ迷うことで自分を慰めた。気がつくと、温泉の陰謀により、カラクリがあってもなくてももうどうでもいいような曖昧な気分になってしまったのは情けないことであった。情けなく、かつ極楽であった。
 さらに現代のカラクリ屋敷を見にいったこともある。
 それは神奈川県の平塚にあった個人宅で、ノンフィクション作家の鈴木遥さんが『ミドリさんとカラクリ屋敷』という卓抜なルポを書いて世に紹介したものだ。私は鈴木さんに頼んで、見学させてもらった。
 残念なことに、私が訪れたときは、カラクリ屋敷はすでに取り壊しが決まっており、内部の家具などはおおかた片付けられていた。それでも押入れの奥にある隠し部屋や、玄関とは別の秘密の入口、屋根裏の通路などは残っており、なぜ現代の民家にこのようなカラクリが必要なのかと首を傾げつつも、その不思議な味わいに魅了された。
 出来れば観光施設として保存して欲しかったけれど、もう取り壊されてしまったのは、もったいないことであった。
 ああ、もっと他にないのかカラクリ屋敷。ないのなら、また温泉旅館に行くしかないじゃないか。
 そうやって監視の目を光らせていたあるとき、雑誌の取材で栃木県の足利市を訪れる機会があり、偶然そこにカラクリ屋敷があることを知った。それが浄林寺の離れだったというわけである。
 ちっとも話題になっていないところを見ると、妙立寺ほどの凄い物件ではないのだろうが、それでも一度見てみたい。
 この建物は足利市の文化財に指定されていて、普段は一般公開されていない。年に一度だけ、11月の文化財特別公開時に入ることができるという。
 なので私は、このスペクタクルさんぽ連載開始時から、11月になったら必ず訪ねようと虎視眈々と狙っていたのであった。
 そして今ようやくその日が来た。
 シラカワ氏、スガノ氏とともに満を持して出かけようと思う。

2つの隠し部屋

 その日は朝から空が重たく小雨もパラついていたが、週末だったこともあって東武鉄道は混んでいた。みな日光方面に紅葉狩りにでも出かけるのだろう、雨で気の毒に、と思っていたら、同じ足利市駅でドカドカ降りたから驚いた。
 ひょっとして、みんなカラクリ屋敷を楽しみにしていたのか?
 まあ公開されるのはカラクリ屋敷だけじゃないけども、文化財一般公開にこんなにも観光客が?
 と思ったら、実は文化財の公開だけでなく、この日足利市では、陶器市だのグルメフェスティバルだのいろんな催しが一斉に行なわれているのだった。
 陶器市やフェスティバルのほうはどうでもいいので、駅で合流したスガノ氏の車でさっそく浄林寺へ向かった。

 


 浄林寺の離れは、天保3年頃、蘭学者渡辺崋山の隠れ家として建造されたといわれる。
 当時の多くの蘭学者の例に漏れず、崋山も西洋の事情を知るにつけ幕府への危機感を募らせたひとりであり、崋山と親交のあった五十部村(現足利市五十部町)の代官岡田東塢(おかだとうう)は、いずれ崋山が幕府に睨まれると予見し、これを建てさせたという。
 訪れてみると、浄林寺は、関東平野のちょうど際のところ、日光や足尾、赤城山といった北部の山々が平野に沈むその山裾に建っていた。広大な墓地がある大きな寺だ。離れはその墓地との境界にあり、ちょうど現代の一戸建てほどの大きさであった。木造二階建て、萱葺き屋根の、とくに秘密めいた感じもない建物である。
 これまでに見てきたカラクリ屋敷、たとえば妙立寺などは、建物全体になんとなく押し出しがあるというか、いろいろ仕掛けが詰め込まれているがゆえの膨張感みたいな、精密機械を思わせるどっしりと重たい感じがあって、そこになんとなくの怪しさがにじみ出ていたが、ここはそんな違和感もなく、普通の民家といった体であった。
 ボランティアの男性とこの日のために学校から派遣されたらしい女子中学生がいて、中を案内してくれた。
 1階は土間と板の間、そして和室が3部屋、それを廊下がぐるりと取り囲んでいる。ボランティアの方の話では、土間に続く和室は天井が低く、刀を抜きにくい構造になっているとのこと。
 だが、その程度ではカラクリとはいえない。この建物の本領は2階にある。
 階段を上ったところに左右2つの部屋があるが、右手の部屋の突き当たりは3枚の襖になっていて、左2つは押入れだが、一番右の襖を開くと天井の低い廊下がのびているのである。

襖を開けると、奥に廊下がのびている……!


 これだ、これだ。
 廊下を進むと右手に3畳ほどの板張りの隠し部屋がある。この部屋からは床板をずらして階下の納戸に下りることもできるし、壁の引き戸を開けて外へ逃げられるようにもなっている。

一見行き止まりの小部屋のようだが……
階下にも外にも通じている。


 なるほど面白い。
 ついに出会えたうれしさでバシバシ写真を撮った。
 面白いがしかし、この程度で捜索者の目を欺くことは難しいかもしれない。なにしろ脱出用の引き戸が外からはっきり見えているし、なおかつ脱出時に踏むであろう下屋根が銅葺きになっており、これでは逃げる際にベコベコと音を立ててしまう可能性がある。そもそも、その引き戸が見える位置に誰かがいれば、簡単に見つかってしまうのである。
 カラクリ屋敷では、外部への脱出口は2つ以上つくるのが鉄則だ。ひとつはできれば地下トンネルが望ましい。そうでないと、捜索前にあらかじめ周囲を固められた場合、逃げられない。と考えると、この部屋では本格的な捜索には対応できないだろう。
 しかし、ここにもうひとつのカラクリがあった。 
 階段の途中の壁に引き戸があり、開けると窓のない小部屋があるのだ。この部屋は押入れの裏にあたり、ここに空間があること自体わかりにくい。そのうえ、仮に引き戸を見つけられ中を覗かれても、内部がL字型なので引き戸からは死角ができるようになっている。

またしても隠し部屋発見!


 あるいは隠し部屋としてはこっちが本命かもしれない。
 先の部屋を敵に見つけさせることで、外部へ脱出したことを疑わせ、実際はこの窓のない小部屋のほうに潜んでおくのだ。
 これはうまい作戦のような気がする。
 ただここには脱出口がないので、捜索者に長居されると厳しい。板一枚隔てているだけだから、くしゃみとか咳とか、おならひとつでもすればバレるだろう。だがまあ一時しのぎにはなると思われる。

浄林寺離れの図面(資料を元に著者作成)
 

スペクタクルさんぽとは、非現実的な場所を探す散歩のこと

「宮田さん、うれしそうですね」
 シラカワ氏がにやにやしながら声をかけてきた。
「面白いじゃないですか。面白くないですか?」
「いや、建物も面白いですけど、それよりも大の男ふたりが押し入れ開けて、おお、とか言ってるのが面白いです」
 スガノ氏も、あちこち探索してバシバシ写真を撮っていた。
「女子中学生もびっくりしてるんじゃないですか。カメラ持ったおっさんがふたり来て、いきなりそこらじゅう開けたり閉めたりして」
「シラカワさんはカラクリ屋敷好きじゃないんですか?」
「どうでしょう。面白いとは思いますけど」
「この扉の向こうにはどんな世界があるんだろうとか。ファンタジーを感じませんか」
「ここが実際にどう使われたんだろうとかは考えますけど、ファンタジーって言われるとわからないな」
「ただカラクリがあるというだけでなくて、それによって脳の中で異世界への通路が開かれる感じがするわけですよ。江戸川乱歩の世界というか」
「ああ、そうなんですね。そこまでは考えなかったです」
「それがスペクタクルさんぽの醍醐味じゃないですか」
「ええっ、そうだったんですか?」
 シラカワ氏は驚きの声をあげた。
「そうですよ、今頃何言ってるんですか」
 驚いたのは私のほうである。
「今までそういうところばっかり行ってきたじゃないですか。こないだの神流川の発電所だって、まるで地底人が出てきそうだったでしょ」
「地底人? 考えもしなかったです。こうやって電気が出来てるんだなって」
「それだけ?」
「あそこが普段は無人で動いてるっていう現実の不気味さはちょっと感じました」
「ここは地底人の世界なんじゃないか、とか妄想しませんか?」
「全然しません」
 なんと、私の探し求めているものがシラカワ氏にはまったく伝わっていなかった。
「私リアリストですから」
「じゃあ、波の伊八の彫刻を見て、この彫刻の中に紛れ込んでみたいとか、その物語世界を空想してみたりとかしなかった?」
「ないですね。伊八さんが80になっても各地を転々としながら活躍してたこととか、そういう人が昔生きていて、その足跡が今も残ってるんだってことに感動してましたけど」
 そうだったのか。
 私は彫り師の足跡だとか生きざまだとか、そういうことは二の次で、作品そのものの世界にどっぷり浸っていた。江戸川乱歩の小説に『押絵と旅する男』というのがあるが、私はまさにその話に出てくる押絵の美女に恋して自分も押絵になってしまった男のように、彫刻の中の世界を見ていたのである。
 しかしシラカワ氏は、あくまで彫刻を彫った人間とその時代を見ていたのだ。
「それじゃあ、学校の社会科見学みたいじゃないですか」
「そうです。社会科見学だと思って取材してました」
 そしてシラカワ氏は、不意に気づいたように、
「ああ、そういうことだったんですね。だから私が大吊り橋とか提案しても宮田さん興味なさそうだったんですね」
 と言うのだった。三島に長大な吊り橋があってきっとスペクタクルだから見にいきませんか、と以前言われたことがあったのだが、私はただ吊り橋というだけでは何のスペクタクルさも感じることができず断っていた。吊り橋なら雲の上にかかるぐらいであってほしい。
「やっとわかりました」
「吊り橋も気持ちいいとは思いますが、それは普通の散歩でしょう。カラクリ屋敷は、別世界への入口みたいに感じるんですよ。だから吊り橋よりこっちです」
「別世界ですか……。私は崋山が実際にこれを使って逃げたことあるのかなとか考えてました」
「そんなことは調べればどこかに書いてありますよ。調べればわかるようなこと考えるより、私には現実の世界から脱け出すことのほうが大事なんです」
 今まで言葉が足らなかったようで反省である。
 自分では当たり前に思っていたので、言うまでもないと感じていたかもしれない。あらためてここで強調しておくが、私が考えるスペクタクルさんぽとはつまりそういうことなのであった。
 私はほかに何か仕掛けがないかと、屋敷じゅうの扉を開けまくった。階段の下に引き出しがあり、和室には押し入れがあった。けれどもどこにも2階の隠し部屋以上の秘密は隠されていなかった。
 聞けばこの建物、一度解体修理が行なわれているそうで、だとすればすべてのカラクリは判明しているわけで、これ以上ないということなら、本当にないのだった。
 そんなわけで30分もしないうちに見終わってしまった。金沢の妙立寺や京都二条陣屋、滋賀の甲賀流忍術屋敷に比べ、カラクリの質も量もずっと落ちるし、スペクタクルの度合いもそれほどでもなかったものの、日本でも数えるほどしか発見されていない貴重なカラクリ屋敷を見ることができたのは、満足とすべきである。
「今回はやや小ネタでしたが、これは見ておいてよかった」
「きっと、日本中の民家を探せばもっとあるんでしょうね」
「でしょうね。自分の家にカラクリがあっても、とくに使うことも見せびらかすこともなく、ほったらかしてる場合がほとんどなんじゃないでしょうか」
 できれば、全国のカラクリ屋敷がもっと発掘され、それらを見てまわることができたらどんなに楽しいだろうか。
 と思ったら、帰宅後青森でカラクリ屋敷が発見されたという記事をネットで発見した。
 いまだ牛歩のごとき進展だが、カラクリ屋敷業界の今後の隆盛を願ってやまない。

浄林寺境内は紅葉がたいへん美しかった。

(撮影・菅野健児)

※浄林寺の離れは普段公開されておらず、年に1度足利市で開催される「足利の文化財一斉公開」のときのみ拝観することができます。詳しい情報は各自インターネットなどをご利用の上、お調べ下さい。