国語教育の重要性を熱く唱えつづける数学者、教育者として、また論理の美しさと一流のユーモアが見事に融合したエッセイの書き手として、よく知られるお茶の水女子大学教授、藤原正彦氏。
 氏の「考える人」創刊一周年号への特別寄稿「暗号エニグマをめぐる熱い闘い」には、文字通りグローバルな〈戦後〉あるいは〈戦中〉感の中で、漂い生きていかねばならない今の我々にとっての、様々な示唆がちりばめられています。

 藤原氏は昨年、『天才の栄光と挫折―数学者列伝―』(新潮選書)を上梓しました。
 数学を志した時から、遥か遠い存在と仰ぎみてきた天才数学者九人の人間像に、同業ならではの理解と愛情をもって迫った評伝ですが、九人に出会い直すために氏がしたこと、それは彼らゆかりの地を実際に訪れその人生をなぞることでした。
 天才とは、傑出した個の突発的な出現なのか。いや、天才だって気候風土、生育環境から自由であるはずはない。その足跡を丹念に検証すればするほど、氏はこの推測が当たっていることを確信しました。

 人間は、生まれてくるとき、その資質も時代も環境も選ぶことはできません。偶然備わった資質をどう開花させ発展させるか、すなわちどう生きていくかは、時代、環境というこれまた偶然のファクターに大きく左右されてしまいます。
 そしてもし、その資質が天才的なものだった場合……。
 偶然のファクターからもっとも不自由な人生を歩まねばならないのが「天才」なのではないか。なぜなら、一人の天才の登場いかんで、その後の歴史が大きく変わることになるからです。

 そして、その九人の天才の中でも、第二次大戦中に活躍したイギリスのアラン・チューリングの人生に、藤原氏は深く魅かれたのです。
 チューリングは、コンピュータを発明したことで知られる数学者です。

 天才の出現とは、歴史の偶然なのでしょうか、必然なのでしょうか。
 チューリングが天才数学者として世に認知された時、ヨーロッパは第二次大戦の渦中でした。ドイツは暗号機エニグマとUボートを駆使して常勝し、チューリングの祖国イギリスと連合軍はまさに窮地に陥っていました。エニグマ解読以外に活路はありません。膨大な諜報戦の歴史と風前の灯の同胞の命を背負って、チューリングは、人類の暗号解読の歴史に新たなステージをもたらす働きをしました。

 チューリングの物語の背景として描かれた、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの諜報戦のありようは、我々に人間のなんたるかをつきつけてきて、もう一つの迫力あるストーリーとなっています。
「諜報戦を制する=戦勝国となる」ために、投入された才能、動いた金、費やされたエネルギーと情熱のすさまじさ。
 人間=為政者および戦争関係者は、なぜ戦争に夢中になってしまうのか。人間はなぜ戦争を繰り返し、やめられなくなってしまうのか。
 一個の人間の存在とは、歴史のうねりの中でなんと小さく、同時に重いものなのか。

 藤原氏は、数論専門の学者として、多くの先達の偉大な業績の上に新たな成果を加えるべく、研究生活を続けてきました。その孤独な日々の闘いの中で、実感した「歴史」とはどんなものなのでしょうか。
 藤原氏はまた、ご存知の通り、直木賞作家の故新田次郎氏と戦後の大ベストセラー『流れる星は生きている』の著者藤原てい氏の次男として生まれ育ちました。てい氏が『流れる~』に克明に記録したように、終戦直後から約一年をかけ、母子四人が満州から徒歩で朝鮮半島を縦断し、命からがら日本に帰着したとき、氏はまだわずか三歳でした。栄養失調のためお腹がぱんぱんだったといいます。その幼い無意識に刻まれた、歴史の中の人間、人生の不条理とは何だったでしょうか。

 人間は、偶然持って生まれた資質を頼りに、偶然生まれてしまった時代、環境と格闘しながら生きていくしかないちっぽけな存在である、人間とは、意志とは無関係なものに翻弄されながら生を全うするしかない生き物である。それでもなおそれぞれの個が、愚にも賢にも必死に生き抜いてきたからこそ、今現時点での人類がある。
 このことを痛感しながら歩んできた藤原氏だからこその「暗号エニグマをめぐる熱い闘い」、どうぞお楽しみください。