武器としてのコラーゲン

 コラーゲンは、皮膚を作るばかりではない。前述のように、骨もコラーゲンを主要成分として含んでいるし、腱などはほぼ純粋なコラーゲンの塊といってもよいほどだ。これらもまた、我々の祖先にとっては重要な材料となった。

 映画「2001年宇宙の旅」で、サルが武器として使った骨を天高く放り投げると、それが軍事衛星に変わるという有名なシーンがある。その解釈はいろいろ言われるが、人類が最初期に使った武器である骨と、最新鋭の武器である軍事衛星とを対比させ、このワンシーンに人類の歴史を凝縮させたということなのだろう。入手容易で、硬く手頃な重さの骨は、投石と並んで人類最初の武器であったはずだ。

 もちろん、骨は単純な棍棒として使われただけではない。たとえば長野県の野尻湖からは、旧石器時代のものと見られる、動物の骨製のナイフやスクレイパー、尖頭器などが出土している。青銅など金属の仕様が普及するまで、骨は貴重な硬質材料であり続けた。

 骨は、記録媒体ともなった。19世紀末、清の学者・王懿栄(おう いえい)は、持病の治療のために「竜骨」と呼ばれる漢方薬を買い求めたところ、何やら文字らしきものが刻まれていることに気づいた。これこそが甲骨文字で、漢字の原型となったものであった。

甲骨文字(中国国家博物館蔵 / BabelStone / Wikipedia Commons)


 殷王朝の時代には、牛や鹿の肩甲骨に熱した金属棒を押し当て、そのヒビの形で吉凶を占っていた。その結果をそのまま骨に刻み込んだのが甲骨文字であり、3000年後に掘り出されて正体のわからぬままに漢方薬として用いられていたのだ。古代の漢字に造詣が深い王懿栄の目に触れていなければ、さらに多くの貴重な史料が、粉末となって人々の胃袋に消えていたことだろう。骨という、硬く劣化の少ない媒体に刻まれていたおかげで、漢字のルーツが現代の我々の目に触れることになったのは、もっけの幸いというものであった。

清末の金石学者・王懿栄(1845-1900年)

弓矢の時代

 コラーゲンの兵器への応用としては、弓矢なども重要な用途のひとつだった。弓の素材として、コラーゲンをたっぷり含んだ弾性の高い骨や腱が使われたのだ。

 最古の弓矢は、ヨーロッパで出土した約9000年前のものだが、実際にはさらに古くから使われていたとみられる。それまでにも石刃などの武器は使われていたが、遠距離から正確に標的を狙い射つことができる弓矢の出現は画期的であり、これによって筋力にもスピードにも劣る人類が、強い獲物を安全に狩れるようになった。弓矢の出現により、人類は一挙に食物連鎖の頂点へと駆け上ったのだ。

 弓矢は広く用いられ、更に長い飛距離と速射性を求めて改良が加えられていった。当初は材料として主に木材が用いられていたが、これだけでは弾力と剛性に限界がある。そこで、弓の裏に動物の骨や腱を貼り付けた「複合弓」が開発された。小型で軽量なので、馬に乗ったままでも扱いやすい複合弓は、騎兵にとって格好の武器となった。モンゴル帝国の世界征服においても、複合弓は主要な役目を演じている。

元寇でも使われた複合弓(『蒙古襲来絵詞』)


 強力な弓のためには、弾性の高い骨や腱に加え、これらをしっかりと木材に貼り付ける接着剤が必要不可欠となる。このために利用されたのが、膠(にかわ)であった。

 前編で述べた通り、コラーゲンは三重らせん構造を取る。しかしこれを水中で煮込むと、鎖がほどけてばらばらになり、たっぷりと水分を取り込んでふやけた塊になる。これがゼラチンで、ゼリーや煮凝り、グミなど食材として重要だ。

常温の獣皮膠〔左〕と加熱した獣皮膠〔右〕
(Just plain Bill / Wikipedia Commons)

 膠もまた、ゼラチンを主成分とした素材だ。コラーゲン(collagen)という言葉は「膠」を語源とし、絵画技法の「コラージュ」(collage)と同根の言葉だ。日本語でコラーゲンのことを「膠原」というのはこのためだ。

骨や腱もコラーゲンなら、膠もコラーゲンが元になっているわけで、要するに複合弓はコラーゲンでコラーゲンを貼り付けた武器であったわけだ。優れた材料を真に活用することが、世界を制する力になったよい例といえる。

コラーゲンの今

 金属や陶器などの普及により、骨器などは活躍の場を減らしていく。一方で、毛皮は相変わらず人々の憧れであり続けた。エジプトのファラオたちは、ヒョウやライオンの毛皮を身にまとうことで神性を表現したし、ヨーロッパの王や貴族も豪奢な毛皮を着ることで贅を競い合った。有名なナポレオンの戴冠式を描いた絵にも、白貂(しろてん)の毛皮をたっぷり使ったマントが描き込まれている。毛皮は長い歴史の中を通して、権力と富の象徴の地位を保ち続けてきた数少ない素材だ。

白貂の毛皮をまとったナポレオン(ドミニク・アングル画)


 このため、特に近代以降、世界中で組織的な毛皮獣の猟が行なわれた。美しい毛皮を持つ動物たちにとっては、これは災難以外の何物でもなかった。多くの動物が毛皮狩りの対象となり、絶滅または絶滅寸前に追い込まれている。日本でも、明治に入って外貨獲得のためにニホンカワウソが乱獲され、あっという間に生息数は激減した。1979年以来確かな目撃例はなく、2012年ついに「絶滅種」の指定を受けることとなった。

絶滅したニホンカワウソの切手


 近年野生動物への保護意識が高まり、毛皮着用に対する反対運動が起きたこと、合成皮革(布地に合成樹脂を塗布して作る)の進歩によって、見た目も保温性も天然のものに劣らない製品が登場したことにより、ようやく毛皮獣の減少には歯止めがかかりつつある。その他の皮革製品も、以前に比べれば目にする機会は少なくなっている。

 しかしコラーゲンという材料自体は、まだまだお役御免とはなりそうにない。生体とのなじみがよいコラーゲンは、再生医療や生体材料開発において、欠かせぬ素材であるからだ。特殊な構造であるコラーゲンは、他のタンパク質に比べてアレルギーを引き起こしにくいし、細胞培養の足場としてもこれ以上ないほど好適なのだ。

 単純には、外科手術の際にコラーゲンで作った糸で傷を縫えば、やがて糸はゆっくりと分解吸収されるため、抜糸の必要がない。美容整形の際にコラーゲン注入が行なわれるのも、これと同じ理由だ。コンタクトレンズや歯周病の治療にも、コラーゲン製品が用いられているものがある。

 自分の細胞を培養し、皮膚や臓器などを人工的に作って移植する再生医療においても、コラーゲンは欠かせぬ役割を担うだろう。生命が生み出した最高のスーパーマテリアルであるコラーゲンは、今後も人類の伴走者として、文明の最先端を走り続けていきそうだ。

つづく