ここ数年、書店で山の雑誌の点数が多いのに驚かされます。
登山ブームは以前から聞いていたものの、あくまで「アウトドア」の一ジャンルに収まっていたはず。ところが昨今は、「旅行」「ファッション」「ライフスタイル」など女性誌の本丸に、華やかな「山の女性誌」がどんどん進出しています。
そんな光景の中、シックな表紙が逆に際立つ『山と溪谷』を見てうれしくなりました。

ふた昔ほども前の話ですが、知り合いがこんなことを言っていました。
「いちどでいいから『ヤマケイ』に載りたいなあ」
著書もある売れっ子ライターだったので、意外な気がしましたが、その後、何度かおなじセリフを写真家や作家の方々から耳にして、山登りは面倒なくせにときどき『山と溪谷』を買うようになりました。実用的でありながらマニアックに走らず、朗らかで余裕のある誌面がなんとも好ましい。最新号を読んでも、その印象に変わりはありませんでした。山特集をスタートしたとき、すぐにヤマケイを取材させてもらおうと思いました。

●ルポ「ヤマケイの上にも80年――山と溪谷社の伝えるもの」
竹田聡一郎さんにヤマケイを探訪していただきました。竹田さんは、椎名誠さん率いる“怪しい探検隊”のドレイとして活動しているアウトドアに関心が深いライターです。まだ30代になったばかりの彼は、創刊80年を超える『山と溪谷』誌の成り立ちを、創刊復刻版をじっくり読み込むことから始めました。黄金期というべき70年代の編集長だった節田重節さん、副社長の川崎深雪さん、長年にわたりイラストを寄稿してきた小林泰彦さんへのインタビューを通して、同人誌的な創刊の経緯から、「山屋」を自称するスタッフと執筆者、写真家、イラストレーター、読者が紡ぎ続けてきたヤマケイ的世界の奥深さを描き出しています。

●エッセイ「『山と溪谷』元編集長の、考える山」
90年代の後半に『山と溪谷』編集長をつとめ、現在も書籍を編集している神長幹雄さんが、登山をめぐる4つのエッセイを寄せてくださいました。
日本一の霊峰にして、江戸時代から登山ブームの舞台となった富士山を、ヒトの身体と標高の関係から解明した論考「富士山の不思議」。同じく、世界最高峰エベレストに挑んだ日本の登山家の忘れがたい日を5つのトピックとしてとりあげた「日本人のエベレスト」。日本で近代登山が発生してから今日までの間に、何度も盛り上がりを見せた登山ブームの背景と、そこで重要な役割を果たした本や映画などのメディアで綴る「登山ブーム考」。
そして「遭難文学案内」は、自身も登山をするヤマケイ編集者ならではのブックガイドです。遭難者の視点、救助する側の視点、残された側の視点、表現者の視点、高峰登山の視点に分けて、実録から評伝、エッセイ、文芸作品にわたる選りすぐりの30冊が紹介されます。「かつて、『登山家』という人々がいた時代、たしかに『文学』があった。――遭難文学は、私たちに生とは、死とはなにかを問いかける」ということばが印象に残ります。

山遊びの楽しさから、生死のはざまで導かれる山の哲学まで。刺激的な山びとの世界を、ぜひのぞいてみてください。