柳田国男(1875-1962)が亡くなってから今年で半世紀が経ちます。『考える人』では、宗教学者の山折哲雄さんに、2012年冬号から「柳田国男、今いずこ」という連載をお願いしています。
 山折哲雄さんは、かつて国際日本文化研究センターの所長を5年間務めました。センターを去る時に、膨大にあった書籍のほとんどを海外にある図書館に寄贈しました。しかし、手元に残した全集が2つだけありました。そのひとつが、『長谷川伸全集』であり、もうひとつが『柳田国男全集』でした。「時間ができたら、この二人についてはじっくり書いてみたい」と思ったからだそうです。
 次号の2012年春号から、連載の一部を紹介しましょう。第1回(冬号)で『遠野物語』について触れた著者は、第2回(春号)で、『山の人生』について書きます。この2冊の大きな違いをこう表現しています。
「『遠野物語』は『詠み人知らず』の物語集成、それにたいして『山の人生』の方は柳田国男という研究者(著者)の目によってとらえられた分析的散文の集成、といったほどの落差がその両者のあいだには横たわっている」(春号)
『山の人生』の冒頭に、柳田はショッキングな話を置きます。要約するとこうです。明治中頃、不景気だった時代、西美濃の山中に炭を焼く男がいた。女房は既に死に、不景気のため炭も売れず二人の子供には食べさせる物もない。ある日、子供が言う。「この斧で私たちを殺してくれ」と。男は斧を下ろし、やがて捕らえられる。そして、柳田はこう書いています。
「我々が空想で描いて見る世界よりも、隠れた現実の方が遥かに物深い。また我々をして考えしめる」(『遠野物語 山の人生』岩波文庫)
 柳田は、『遠野物語』でもこの「物深い」という言葉を使っていました。
「国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」
 山折さんはこの言葉こそ、柳田民俗学の出発点を表すキーワードだと述べています。
「遠野よりさらに『物深き所』には、普通の人間の目では見通すことのできない『物深い現実』が隠されている。それを見つめなければならぬ、それを凝視せよ、そう柳田はいっているのである。その『物深い現実』の実相を探りあてることが、これからはじめようとしている柳田の考える新しい学問の世界だったのではないか、と私は思っているのである」(春号)
 いってみれば、この「物深い現実を見よ」という姿勢から、日本の民俗学が生まれるのです。