配管の迷路

 今回のテーマは工場である。
 都会に生きるわれわれにとって最も身近な“スペクタクルな光景”は、工場ではないかと思う。
 神流川の発電所を見学したとき、ダムの魅力がよくわからないと書いたけれど、同じく業務的な構造物であるにもかかわらず、工場については昔から好きだった。
 工場の何がいいといって、縦横に走る配管である。配管が迷路のようにこんがらがっていればいるほどゾクゾクする。
 逆に同じ工場でも配管のないのっぺりとした建物などは、何のための建物か知らないが、無駄に建っているとしか思えない。いらないのではないか。
 中に入れば配管や得たいの知れない機械で満ち満ちている可能性はあるものの、外観がただの箱では意味がない。結果に現れない努力は無駄である。
 今思うと、私がダムや橋にピンとこなかったのも、配管がないせいではなかったかと思われる。ダムではたまに太い配水管が通っているのが見えるが、おおむね直線状で数も少なく、迷路のような雰囲気にもっていこうという情熱が感じられない。
 配管を迷路にしないようでは、配管の意味がない。いや意味はあるのかもしれないが、迷路状にして見応えを演出する以上に、配管にとって重大な役目を私は知らない。
 大阪に住んでいた頃、夜の阪神高速を走っていると高石のあたりだったか壮大な工場群のパノラマが見えてワクワクした。こみいった配管だけでなく、火を噴く煙突なんかもあって、それはもうSFの世界だった。
 なので、その後2000年代になって工場ブームが来たとき、やはりみんなそう思っていたんだと腑に落ちたのである。
 腑に落ちたどころか、自分の部屋に土足で踏み込まれた気分であった。俺のほうが先に好きだった、と先輩風を吹かしたいぐらいだったが、あいにくその当時の私は巨大な仏像のことで忙しかったから、工場のほうは譲ったのである。日本全国にある巨大な仏像を眺めて、おおっ、デカっ! と胸を熱くするのが自分のなかで流行っていたのだ。
 
 静岡県の富士山の麓に岳南電車という私鉄があって、工場の中を走っているという。
 聞けば、配管のトンネルを潜って走るのらしい。
 素晴らしい。どうせ工場地帯を走るなら配管の下を潜らせようという配慮に違いない。これこそ見識というものではないだろうか。
 私はかつて世界各地のジェットコースターに乗りにいって本を書いたことがあるが、そのなかで、未来に実現してほしい遊園地として、工場遊園地というのを提唱したことがある。それは操業を終えた古い工場の敷地をまるごと残し、その中にジェットコースターや観覧車をつくって、通常は立ち入れないあの空間の中を思う存分駆けめぐるという夢のような構想であった。炎をあげる煙突、巨大なタンク、複雑に入り組んだパイプライン、その他いったい何なのかもわからないさまざまな幾何学的オブジェを横目に見ながら縦横無尽に遊覧する。かなり魅力的なスポットになるはずだ。いまだどこにも実現していないのは理解に苦しむほどであるが、この岳南鉄道はまさに、それを局所的に具現してくれている奇跡の路線と言える。工場の横を走るのではないのだ。配管の中を走るのである。
 これはもう行くしかないであろう。

シラカワ氏も工場が好きだった

 岳南鉄道の始点は吉原駅である。
 吉原駅でJRと連絡している。岳南鉄道はここから終点の岳南江尾(がくなんえのお)までの10駅を繋ぐ一路線だけの鉄道だ。
 窓口で1日乗り放題のチケットを買うと、昔ながらの硬いキップにハサミを入れて渡してくれた。自動改札には通らないカッチリしたキップである。
 今ではキップという存在もだんだん減って、ピッという音だけになりつつある。そのほうが便利なのは仕方ないけれど、この古いキップの持ち心地は麻薬的だ。これ以外ないという適度な硬さ。何かに似てるなあ、と思ったら花札であった。もし切符を廃止して全部ピッに変わるなら、かわりに改札で花札を配ってほしい。

花札と同じ硬さのきっぷはここで買えます。


 吉原駅の小さなホームに出ると、富士山が見えなかった。
 岳南鉄道は、どの駅からも富士山が見えるのが売りだが、この日は晴れてはいたものの、肝心の富士山には雲がかかっていた。
 全国のローカル線の例に漏れず、乗客は少ない。やがて1両編成の茜色の車両が入ってきても、降りてくる客は多くなかった。詳しい事情は知らないが、やはりこの鉄道も存続が危ぶまれているのだろうか。10ある駅もほとんどが無人駅だそうだ。
 ガラガラの車両に乗り込み、運転席の後ろに座る。
 いい歳して即座に運転席の後ろに陣取るのはちょっと恥ずかしい。
 でも乗客はあまりいないし、今回は工場のパイプの下を潜る瞬間を味わうことが重要なので、それがよく見える位置に座りたかった。できれば屋根も外して欲しいぐらいである。
 電車が動き出すと、すぐに工場地帯だった。
 右手に水路があり、そのむこうに大きな工場が見えた。その水路の上に傾斜した渡り廊下のようなものが架かっている。
 あれは何だろうか。窓もないから、きっと中にベルトコンベアか何かがあって、原料などを運んでいるのだろう。詳しくは知らないが、何を運んでいるにせよ、“水路に架かっている渡り廊下的な構造物”というだけで味わい深い。しかも傾斜しているのだ。傾斜しているというだけで一気にスライダー感が増すではないか。中は本当はすべり台であって欲しい。そう願わずにはいられない。
 対岸の工場もいい感じに煙突やタンクや配管が入り乱れていた。
 それが何の工場であるか、ということは正直どうでもいい。大切なのは見た目である。異形であることが工場の存在意義だ。異形であれば何も生産してなくたって全然構わないぐらいである。
 やがて線路は大きく右に曲がって、正面にどーんと富士山が見えるはずだったが、やはり雲で見えなかった。
 しばらくしてまた大きく右に曲がると、今度は、小さな家が建て込んだ狭いところを通る。この“小さな家が建て込んだ狭いところ”というのもまたローカル線の魅力のひとつで、単線であるために両側から家が迫り、そういう区間はなぜかはわからないがワクワクする。電車というのは、なるべくこみいったところを走るのが上物である。
 これがバスになると、擦る心配があって、もうちょっと早めにハンドル切ったほうがよかったんじゃないかとか、いやそうすると内側を擦ってしまう、ここはいったんバックして……とか、いや、後ろにはもう車が、となるとこのまま行くしかないけど行けるんだろうかとかなんとか、運転手でもないのに気苦労が絶えない。その点、電車は擦る恐れがなく、安心して狭さを堪能できる。

ワクワクする区間。


 岳南原田の駅に着くと、行く手にかっこいい工場が見えた。
 赤白の煙突と銀のタンク、ごちゃごちゃした配管。そして線路が工場のなかにまっすぐ向かっている。
 あの工場の中へ入っていくのだ。
 きたぞきたぞ、今日のクライマックス。
 発車すると、みるみる工場が目の前に迫ってきた。
 このへんからできればスローモーションで車窓が流れていって欲しいところだが、そんな私の気持ちには構うことなく、電車は一定の速度でガタゴト工場へと突入していく。

ここだ!(撮影・宮田珠己)


 線路が右にカーブするあたりに、たくさんの配管が頭上を跨いでいるのが見えた。跨いでいるどころか右にも左にも配管が立ち上がって森のようである。あんなごちゃごちゃしたところをうまく通り抜けられるのだろうか。
 というか、通り抜けられるに決まってるのだが、そのぐらい迷宮的な光景であった。
 ガタンゴトンガタンゴトン。
 んんん、なんて素敵な配管!
 運転手の肩越しにバシバシ写真を撮った。鉄道マニアでなくても、この光景は撮らずにいられないだろう。
 夢のゾーンは短く、あっという間に通り過ぎた。思わず車両の後ろまで走って見送りたくなったが、車内を走るわけにはいかないので我慢する。
 何事も素敵な時間というのは、瞬く間に過ぎてしまうものだ。
 電車はこのあと比奈という駅に停まり、そこからさらに終点の岳南江尾に向かったのだが、以後はごちゃごちゃした工場や“小さな家が建て込んだ狭いところ”は出てこず、沿線の風景は普通になっていった。
 わがままを承知で言わせてもらうなら、そんなところを走るぐらいなら、もう一度工場に戻って、中をぐるぐる回ってはどうかと思う。
 終点に着くと、そこも無人駅だった。
 終点というのは、もう少し重大な感じというか、なくてはならない感じを醸し出しているべきかと思うが、なくても問題なさそうな駅だ。地元民にはそうでないのかもしれないが、私のなかでは、ますます工場内をぐるぐる走っていればよかったという思いが強まった。
 と、そこへ不意にシラカワ氏が現れた。別件で遅れていたのである。会うなり彼女は、
「宮田さん、これ京王線ですね」
 と言って、何のことかと思えば、私が乗ってきたのは、もともと京王線を走っていた車両らしい。よくそんなことがわかるものだ、
「ネットで電車の写真見たとき、どっかで見たことあるなあと思ったんですよ。京王の井の頭線、これでしたよね」

 


 いや、まったく気づかなかった。たしかによく見ると、車内の壁に京王のタグが貼ってある。その上には東急車両と書かれたタグもあって、昭和48年の表示。相当使いこまれている車両のようだ。
「鉄道好きなんですか、シラカワさん」
「そうじゃないですけど、子どもが小さい頃好きだったので覚えてます」
「鉄道じゃなくて工場はどうですか、好きですか」
「大好きです」
 即答。
「新幹線に乗るときは、いつも新富士のあたりで起きて、窓の外を見て、うわあっ、て思ってます」
 なんと、身近にそんなに工場好きな人間がいたとは。
 工場を見るためにわざわざ起きるとは、シラカワ氏も相当である。
「それまでは寝てるんですね」
「ですね。起きたら通り過ぎてることもありますけど」
 この連載ではカラクリ屋敷だのダムだのエメラルドブルーの渓谷だのいろいろ取り上げてきた。しかしどれもシラカワ氏にとっては興味の対象でなかったらしく、薄い反応しか返ってこなかった。が、工場は別なようだ。
 というか私が思うに、シラカワ氏に限らず人はみな工場が好きである。
 私がまだ子どもだった昭和40年代は、工場=公害を蒔き散らす社会の敵、ぐらいのイメージだった。それが、今では公害もあまり撒き散らさなくなり、逆に好感度が高まってきている。公害が解決してしまえば、工場には人を惹きつける最大公約数的な何かがあるのである。
 いったいそれは何だろうか。なぜ工場は人を惹きつけるのか。

坂口安吾も工場が好きだった

 われわれは折り返し電車に乗って、車窓をあらためて堪能したあと、電車を降りて工場へ向かった。
 実は日本製紙株式会社の富士工場吉永の敷地内に入れてもらえるよう、お願いしてあるのだ。

古紙再生のための設備。ボイラーは24時間365日稼働している。煙突からのぼるのは白煙ではなくて水蒸気。


 案内してくださったのは、日本製紙の桜井さんと角田さんで、こんな酔狂な取材のためにわざわざ休日出勤までしていただいて、恐縮の極みである。
 さっそく全体を見渡せる事務棟ビルのテラスへ連れて行っていただいた。
 この工場で作っているのは再生紙で、300万世帯から回収した古紙を溶かし、主にお菓子の箱などに使うやや厚手の紙を生産しているそうである。
 昔は製紙工場というと独特の臭いがしてあまり近寄りたくないイメージだったが、今はすっかり改善されて、嫌な臭いはほとんどしない。最近工場好きが増えているのも、そういった不快さがなくなってきたことと関係があるにちがいない。

夕日に照らされる工場。ううん、かっこいい。


 工場を見晴らすと、大きな煙突が4つほど立っていて、その周辺にいい感じにごちゃごちゃと配管にまみれた建物とタンクが見えた。そのほか低い屋根の倉庫のような建物がたくさん、その隙間には大量の古紙がブロック状に圧縮されて積まれている。
 だが、やはりどうしても目がいくのは煙突周辺の込み入ったゾーンだ。
 もっとあのごちゃごちゃに肉薄したい。

ここに肉薄したい。


 お願いして敷地内でもっとも配管が錯綜しているように見えるその一画へ連れて行ってもらうことにした。
 工場内の発電設備が集中している場所で、煙突はつまりボイラーの煙突であり、無数の配管の中には、燃料やら蒸気やら電気やら、そういったものが通っているそうだ。
「あの煙突から出てるのは煙に見えますが、全部水蒸気です」
 桜井さんが言った。
 昭和の時代から大きく改善されクリーンになっているのである。
 ただ、今の私は、もくもくしているものの正体に興味はなかった。もっと言えば、ここが何工場であろうが関係ない。配管がごちゃごちゃと錯綜している眺め、それがすべてだ。
「製紙工場は配管が多いんでしょうか」
「どうでしょう。ケミカル系の工場はだいたい多いんじゃないでしょうか」
 日が暮れはじめるとポツポツと明かりが灯って、ただでさえ幻想的だった工場がますます非現実味を帯びてきた。昼もいいが、夜の工場は一層素晴らしい。

 


 この、多くの人を惹きつける工場景観の魅力とはいったい何なのか。
 それを考えるとき、思い出すのは坂口安吾が『日本文化私観』で書いていた風景への独特なこだわりである。
 安吾は〈法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい〉と、罰当たりとも思えることを書いているのである。そうかと思うと、小菅刑務所とドライアイスの工場、そして軍艦の3つについて、はらわたに食い込んでくる美感があると書くのだ。
 小菅刑務所やドライアイス工場や軍艦のほうが、法隆寺や平等院よりも見応えがあると彼は考えているらしい。法隆寺や平等院は、歴史というものを念頭に入れ、頭で納得しなければならないような美しさだと言い、一方で小菅刑務所やドライアイスの工場は、もっと直接的に心を郷愁へ導いていくと称賛する。
 その理由として、それらは美しくしようと加工しておらず、必要なもののみが必要に応じて配置されているからだというのである。
 ドライアイス工場に対する安吾の見解を読んでみよう。
〈起重機だのレールのようなものがあり、右も左もコンクリートで頭上の遥か高い所にも、倉庫からつづいてくる高架レールのようなものが飛び出し、ここにも一切の美的考慮というものがなく、ただ必要に応じた設備だけで一つの建築が成立っている。町家の中でこれを見ると、魁偉であり、異観であったが、然し、頭抜けて美しいことが分るのだった〉
 明らかに安吾は工場の魅力に気づいていた人間だった。
 この文章を読む限り、それを機能美として解釈している節があるが、私はその点はもう少し慎重に考えたい。
 たとえば何の役にも立っていなくたって、配管が入り乱れていれば私は美しいと感じるだろう。極端に言えば工場の廃墟であっても構わないのだ。そうなればそれはもう機能美ではない。
 よくよく読み返してみると、安吾自身も〈魁偉であり、異観である〉と書いている。それは機能美とは別のものであり、むしろわれわれの期待する工場景観の魅力そのものだろう。
 では、その〈魁偉〉や〈異観〉がなぜわれわれを惹きつけるのか。
 私の実感を言わせてもらえば、工場の風景の無機質な威圧感の向こうに、虚空がぽっかりと口を開けているように感じる。
 工場の美しさの背後には機能美というより虚無がある。そして矛盾するようだが、虚無だからこそ、かえってわれわれの知らない何か、われわれを威圧する正体がそこに存在している気がするのだ。
 生きものの気配はまったくないけれど、あれだけ複雑な構造をしている場所に、工場の従業員以外誰もいないということが信じられない。たとえ誰もいなくても、あれはひとつの街であり、都市であり、一個の世界だという気がする。
 日本製紙のおふたりに、
「夜の工場のこういう風景はお好きですか?」
 と尋ねてみた。毎日こんな景色が見られてうらやましい気がしたからだ。ところが、
「われわれが夜に工場に来るときは、たいてい何か問題が起こったときなので、むしろ見たくない景色ですね」
 と、冷静な回答であった。

工場夜景電車に乗る

 岳南鉄道は、毎月第2土曜の夜の2便だけ、工場夜景を楽しむための夜景電車を運行させている
 われわれがわざわざ週末を選んでやってきたのは、それに乗るためであった。
 夜景ならいつだって見られるわけだが、この電車は、2両編成のうち後部の車両を消灯させて走ることで、より見やすいように工夫されている。
「鉄道マニアが押し寄せて、満員かもしれませんね」
 とシラカワ氏が心配していたが、プラットホームで待っている間、目に付いたのは主に家族連れやカップルだった。しかも近所の人が多そうだ。家の近くのちょっとしたイベントに来た感じなのかもしれない。
 工場を眺めるというとまるで特殊な趣味のように思いそうだが、実際は普通のことであり、それどころか今やロマンチックなことですらあるのだ。
 発車までに、後部車両の乗客は40人ぐらいになった。
 車掌のカウントダウンによって消灯されると、外の光がはっきり見えた。ああ、この感じ、既視感があると思ったら、夜行列車だ。

 
 


「旅の感じがする」
「しますねー」
 動き出すと窓際にカメラを構えた乗客が陣取って、みな楽しげである。
「この電車はみんな夜景を見に来てるから、思う存分きょろきょろできていいですね」
 シラカワ氏が言った。
 思ったほどまばゆい夜景が展開しているわけではないが、あの配管の森を通過する箇所は、ライトアップされていて、まさに私が夢見た工場遊園地の幻想を見せてくれた。

工場夜景列車運行時には、沿線の工場の一部がライトアップされ、よりいっそう幻想的な光景に見える。
工場の種類によって、外灯の色調が違うと車掌さんが車内アナウンスで教えてくれた。


 先にも書いたが、工場がこれほど肯定的な景色として見られるようになったのは、比較的新しいことであり、昭和の時代と今では見え方も違っているだろう。
 坂口安吾がはるか昔に工場の魅力を見破っていたのはさすがというしかないが、風景の見え方は時代によって変わるものであり、そう思うと私もさらに新しい美を探したい気持ちになった。
 そんなことを思いながら、終点まで乗り、また折り返して終点まで堪能したのである。

 
工場の配管のような駅舎も素敵です。

(撮影・菅野健児)