昭和前期から戦後にかけて「言論界の暴れん坊」と異名をとる人物がいました。雑誌『実業之世界』、日刊紙『帝都日日新聞』を経営し、言論活動を続けた野依秀市です。ただ、表の言論史では抹殺された存在である彼の名は、今ではほとんど忘れられているといっていいでしょう。この鬼才に焦点を当て、真のジャーナリズムとは何か、その原点を考えようと試みたのが、メディア史、大衆文化の研究者である佐藤卓己さんによる、今号で完結した『天下無敵』の連載でした。

「天下無敵」とは、野依の言論・出版活動のあまりの過激さ、傍若無人ぶりに評された言葉でした。反体制も躊躇せず、戦時下には反東条の姿勢を貫き、その一方で対米戦を過激に煽る。その結果、収監されることも一度や二度ならず。また、戦後のGHQ検閲による没収図書に彼の著作は23冊も挙げられ、個人ではダントツの1位という名誉ある(?)記録も持っているのです。しかし、何といっても彼の「天下無敵」ぶりの真骨頂は、どんなに劣勢な状況に置かれても決して持論を譲ることなく、呵呵大笑していた器の大きさにありました。例えば、出版人の「戦犯」を指名する「出版界粛清委員会」に召喚された野依は、委員たちの前で胡坐をかき、こう啖呵を切ったといいます。
「大体、てめえー達は、俺を呼びつけて裁判みたような真似をしやがるが、いったい何んの権利があってやるんだ。俺は裸一貫数十年やってきた男だ。戦犯だなんだというが、戦争中、アメリカと戦え、というのは当り前じゃねえか、てめえー達の“決定”なんかに、ご尤もでございますと、この俺が服せると思うか」……
 多くの言論人、あるいは新聞社、出版社が、敗戦後は軍部に責任を転嫁し、日和見であった姿とは、まさに対極にあったといえるでしょう。もっともその後、公職追放となったのはいうまでもありませんが。

「ブラックジャーナリズムの祖」、「国士まがいのユスリ・タカリ屋」、「露伴、雪嶺に愛された騒動男」、彼に貼られたレッテルは他にもたくさんあります。しかし、どれも彼を評するに完全とはいえません。この連載で、著者の佐藤さんが検証したのは、「天下無敵」の顔だけでなく、その裏にあった「世論」を体現した“メディア人間”としての真の姿を、そして、なぜ彼は抹殺されなければいけなかったのか、でした。いわば、「負け組」メディアから見えてくる、真の言論史です。
 この連載を加筆修正し、まとめたものが、新潮選書『天下無敵のメディア人間 ――喧嘩ジャーナリスト・野依秀市』として刊行されます(4月27日発売、定価1785円)。どうぞお手にとってご高覧ください。