夫の浮気をきっかけに、凄まじい狂乱へと陥っていく夫婦の日々を綴った島尾敏雄の私小説「死の棘」。そのモデルとなった妻・ミホの評伝『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』の刊行を記念して、著者のノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子さんと作家の中島京子さんの対談を現在発売中の冬号に収録しています。

中島京子さん
梯久美子さん(いずれも撮影・菅野健児)


 中島さんは『狂うひと』を読んで、学生時代に読んだ「死の棘」についてあらためてこう振り返ったといいます。

 実は私小説って苦手で、「なんでそんなことを書いちゃうの?」っていう疑問が基本的にあるんです。『死の棘』は作品として完成度が高いので、面白く読んでしまった。けど、どう考えたって、ものすごく人を傷つけて書かれた作品じゃないですか。



これが生身の人たちの物語であったことを考えると、書くってなんてひどいことだろう、と。

 島尾敏雄は、特攻隊長として赴任した奄美・加計呂麻(かけろま)島でミホと出会い、熱烈な恋愛の末に結婚しています。後に「死の棘」のモデルになったことで、戦後文学史上の伝説的カップルとして、長い間、ある種の神話のように語られてきました。しかし妻のミホにとって、島尾敏雄に書かれた女であることは、本当にただ運命の夫婦の、美しいミューズであることだったのでしょうか。

 「死の棘」の日々ののち、自らも作家となった島尾ミホは、晩年、あの日々を自分の視点から振り返る「『死の棘』の妻の場合」という小説を書こうとしていました。なぜミホは「妻の場合」を書かなければならなかったのか。そしてなぜその作品を完成させることができなかったのか。「死の棘」のなかで、夫婦の愛の物語のいわば悪役として使い捨てにされてしまった愛人「あいつ」の存在とは、なんだったのか――梯さんは取材を重ねるうち、不明とされてきた敏雄の不倫相手「あいつ」の正体を突き止めます。

 その後、夫妻が遺した膨大な量のメモや手紙、草稿等の資料を丹念に調べていくうちに梯さんが感じ取ったのは、作家という絶対的な存在によって書かれることの“痛み”でした。

 「死の棘」に登場する、書かれた存在は他にもいます。両親の狂気を間近で見続けていた子供たちです。長男の伸三さんは、ミホの死後、梯さんからの評伝執筆の申し出に対し、はじめにこう言っています。

 「分かりました、では書いてください。ただ、きれいごとにはしないでくださいね」

 傷つけられながらも、書かれることで夫の作品世界を支配した妻。書かれただけの存在として、自分ではなにも発することなく葬られてしまった女。そして、家の中で全てを見ていた子供たち――。さまざまな“書かれた存在”の声が、『狂うひと』には響いています。

 敏雄の日記へのミホによる書き込みや、「あいつ」と今後会わないことを記した誓約書など、夫婦の〈書く—書かれるの闘い〉のはげしい跡が残る資料を見ながら、梯さんと中島さんの会話は「書くことの非情さ」と、「それでも書くこと」に向かいます。

中島 私は、梯さんがこれを書かれてよかったと思います。今回、隠れていた愛人の「あいつ」を含めて、声が与えられてこなかった人たちの声が出てきたように感じました。



 ノンフィクションと私小説は、書かれる人が実在するという点で、似ているところがあります。実在の人物について書くのは暴力的なことだと自覚しているつもりですが、この人たちを書くことで、改めてそれを突きつけられた感じがします。書く人は非情だと言いながら、私はもっとひどいことをここでやったのかもしれません。

中島 いや、でも、ほとんどの人の人生は、誰にも知られないまま終わりますよね。だけど、作家のような人だけが声を出せるという不均衡がそもそもあるわけです。だから、作家は誰にも書かれずに埋もれてしまうものをすくい上げるのが仕事だと思うんです。

 夫婦の壮絶な〈書く—書かれるの闘い〉の記録から、書くことが持つ根源的な暴力を考えさせられる対談です。

 「ことばの危機、ことばの未来」特集とあわせて、ぜひお読みください。