どんなによいものでも、名前のせいで損をしているものは世の中に沢山ある。長野県にある別所温泉という観光地は、本当はとても素晴らしい場所なのだが、「わかれどころ」とも読める地名のため、カップルからは嫌がられているという話をどこかで聞いたことがある。実際には味の良いバフンウニも、その名前のイメージから敬遠する人がいるようだ。昆虫の世界でも、それは変わらない。

 たとえば、世の中においてゴミムシという虫ほど、名前は聞いたことがあってもその実態が理解されていない虫もそうそういないであろう。名前からしてろくなイメージを持たれておらず、しばしばテレビのドラマやアニメで「このゴミムシ野郎!」のような罵詈雑言が使われることもある(覚えている限りでは、ドラゴンボールZでギニュー特戦隊の一員がやたらゴミムシを連呼していたような気がする)。しかし、そんな世間の一般人の中で、ゴミムシという虫がどんな虫かを正確に認知している者がどれくらいいるのだろうか。多分、ゴキブリとほとんど区別していないのではなかろうか。関係ないかもしれないが、ゴミムシとともにベンジョムシという罵詈雑言も世の中に散見される。
 このベンジョムシというのは、一体何の虫を意味するワードなのか、私はずっと疑問に思っている。私は死肉に集まる甲虫、オオヒラタシデムシの幼虫(掴むと掃除していない夏の公衆便所のような臭いを発する)のことを指すのだと幼い頃から信じていたが、どうやらそうではないらしい。人によっては、田舎の木造建築内の便所によく侵入してくるワラジムシ、カマドウマのことをベンジョムシと呼んでいる。将来、暇を持て余してどうしようもない状況に陥ったら、全国ベンジョムシ行脚をして、地域によりベンジョムシがどんな虫のことを指すのかという民俗学的な調査でもしたいと思っている。

オオスナハラゴミムシ。2cm前後ある大型種。適度に湿り気味の場所で見ることが多い。キバの形が左右非対称という、変わった特徴を持つ。恐らく、陸生巻貝の殻を壊して食うための適応と思われるが、生態は不明。


 閑話休題。
 ゴミムシに話を戻すと、ゴミムシは間違ってもゴキブリの親戚ではなく、カブトムシやテントウムシなどと同じ甲虫の仲間である。正確にはオサムシ科と呼ばれる分類群に含まれるもので、世界に20000種以上も知られている。甲虫の仲間の中でも、非常に多くの種を含むグループと言える。日本からはそのうち1000種以上が見つかっているようだが、毎年のように新種が見つかっているため、実際の種数は国内外ともにさらに多いものとなるだろう。ゴミムシの仲間は地表で生活する種が多く、また肉食性が強い。中には巻貝しか食わない(カタキバゴミムシ類など)とか、カエルしか食わない(オオキベリアオゴミムシ[幼虫])とか、妙な偏食性を示すものも少なくない。多くの種は、原則として乾燥にあまり強くないのと、餌となる小動物が多い場所を好む関係で、大抵は少し湿り気のある石の下や水辺に打ち上げられた堆積物下で見つかる。ゴミムシのゴミというのは、現代人が想像する生ゴミや粗大ゴミではなく、野外で自然に堆積した役に立たない物体のことなのだと思われる。ただ、とにかく種数の多い分類群ゆえ、その生活スタイルは種により千差万別だ。木の上で生活するものもいるし、水気のない砂漠地帯に生息するものもいる。本連載で過去に取り上げたように、日の射さない洞窟などの地下に生息するものだって沢山知られている。

ヒメマイマイカブリ。長い首をカタツムリの殻の口から突っ込み、中身を食う。頭にカタツムリを被っているようだとか、カタツムリの肉にかぶりつくからだというのが名の縁。


 日本に分布するゴミムシの仲間は、全体的に1cm以下の小型種が大半を占めている。しかし、中には2-3cm以上の大型種もおり(カブトムシやクワガタに比べたら2-3cmでもまだ小さいじゃないか、と思われるかもしれないが、少なくとも日本の甲虫で2-3cmもあれば、かなり大きな部類と呼んでいい)、そんな大型のゴミムシ類は「オサムシ」と呼ばれている。オサムシは種数がそこそこ多いが、(どういう訳か寒冷な地域を中心に)体がメタリックな緑や赤の美麗種が少なからずおり、黒くて地味な種でも背中に複雑な彫刻が施されていたりする。さらに、彼らの多くは飛べないため、ある限られた地域にしか分布しない珍種・珍亜種が多い。そうしたことから、この仲間を専門に集めている虫マニアは想像以上に世の中に多いのだ。例えば、マイマイカブリという有名なオサムシがいて、日本国内では大して騒ぐほど珍しくもない虫だが、この虫は世界で日本にしか分布しないため、海外の虫マニアにとっては垂涎の的らしい。日本国内の虫マニアも、地域により微妙に形態や色ツヤが異なるこの虫を嬉々として集める者が多い。なお、漫画家の手塚治虫はこのオサムシの仲間が好きだったことから、そのペンネームを付けたという(本名は治)。もし彼がオサムシだけでなくゴミムシ全般を好きで、手塚ゴミ虫と名乗っていたならば、今日の世間でのゴミムシの扱いはもう少しマシになったのだろうか。いや、いくら何でもそれはないだろうな。
 そもそも、この仲間の甲虫に誰が最初にゴミムシなどという名前を付けたのかは知らないが、せめてもう少しいい名前は思いつかなかったのだろうか。オサムシ・ゴミムシの仲間は、しばしば漢字で「歩行虫」と表現される。ならば、普通にアルキムシとかハシリムシでよかったはずなのに、といつも思う。

 日本においてオサムシ類を除くゴミムシ類は、昔はさほど人気のある分類群ではなかった。小さいし、ぱっと見は黒い種ばかりで見栄えがよくないため、コレクション性が低いと思われていたからだ。しかし、今ではむしろそうした大型種とは呼べないゴミムシ類を熱烈に集める虫マニアも多くなってきた。オサムシ同様、よく見ると金属的で美しい種も結構いるし、見た目は地味でも非常に得難い種も多い。中にはその行為の是非はともかく、ネットオークションでかなりの高値で売買されているような珍種もいる。もし虫に興味もない一般人が、家の窓枠で干からびて死んでいるゴキブリの幼虫と見た目遜色変わらないような虫の死体を、数千・数万円で売り買いしている連中の様を見たならば、正気の沙汰とは思わないだろう。ともあれ、今やゴミムシは虫マニアの間に限っては、大人気沸騰中の分類群なのである。

 かく言う私も、最近そんなゴミムシ沼にはまりつつある。中でも特に気になっている仲間の一つが、アオゴミムシ類だ。アオゴミムシ類は、名前の通り青緑色を基調とした色彩の種が多いゴミムシの一群で、水田や池の周りなど水気を多分に含んだ地表において高頻度で見出される。ゴミムシの仲間は危険を感じると異臭を放って敵を遠ざけるが、アオゴミムシ類は俗に「クレゾール臭」と称される、まるで正露丸のような薬品臭を出す。幼い頃、私はこの特徴的な異臭を放つアオゴミムシ類を好まなかった。しかし、今はむしろこの臭いが嗅ぎたくて仕方なく、しばらく嗅がないでいると禁断症状が現れるにまで至っている。
 平地の湿地に住むアオゴミムシ類の仲間は、近年その生息環境が宅地開発などで急速に失われ、いくつかの種では既に見ることすら難しくなっている。あまりにも数が減りすぎて滅多に見つからず、私はその実在そのものを疑わしく思っているが、ツヤキベリアオゴミムシというものは全身がメタリックグリーンの美麗種で、もともと少なかったところに輪をかけて最近特に姿を見るのが至難とされている。美しさに加え、希少価値が付随すると、多くの虫マニア達はこぞってこの虫を採ろうとする。アオゴミムシ類を欲するマニアは、主に冬にこの虫を探す場合が多い。冬になると、この虫の仲間は池や湿地や水田脇の土手に集団で穴を掘って冬眠するため、うまく掘り当てれば同様の環境に住む副産物のゴミムシ類含め、ごっそり採れるのだ。それゆえ、過剰な乱獲やら産地の地面がこぞってマニアに掘り返されたりして生息地の破壊といった問題が出てくるわけだが……。かつてその筋で有名だった関東の某池は、明らかに先人らのそうした所業のせいで珍しいアオゴミムシがいなくなってしまった。私はなるべく生息環境を荒らしたくないので、夏の夜に懐中電灯で地面を照らし直に目で探すという、きわめて効率の悪い方法でこの手のゴミムシを探すよう心掛けている。これから未来の昆虫学を背負って立つ若人らが、私亡き後も採集を楽しめるように、そして私が既に先人らに対してそう思っているように、彼らの世代から「てめーらの代のせいで虫が採れなくなったじゃねーかよこの老害共」などと恨みを買わないためにである。それゆえ、私は未だにツヤキベリアオゴミムシを発見できずにいる。

コキベリアオゴミムシ。美麗種で、ツヤキベリアオゴミムシと同じ開けた湿地環境に住む。ツヤキベリよりは遥かに多いが、それでも普通に見られる場所は限られてきている。


 アオゴミムシ類はクレゾール臭を放つと上で書いたが、ゴミムシの仲間が敵に捕まった際に放つ臭いの傾向は、分類群ごとに結構異なる。アトキリゴミムシの仲間は強烈な酢酸臭を放つし、オサムシの仲間、特にマイマイカブリ辺りは動物質の腐敗したような臭いに思える。おおむね共通して言えるのは、心地よい香りでは決してないこと、そして一度臭い成分が手などにつくと、洗っても容易に落ちないことである。他方、同じゴミムシ科の範疇にあるハンミョウ類はまるでお菓子のような甘ったるい香りを放ち、私はこの香りが結構好きだったりする。

ミイデラゴミムシ。主にケラの多い、平地の水田や湿地に住む。


 ヘッピリ虫の名で有名なミイデラゴミムシは、外敵の脅威を感じると、複雑な化学反応を起こす2つの成分を酵素と共に放出し、小規模な爆発現象を誘発する。この際、パスッという大きな音とともに白い煙が虫の尻から立ち上り、まるでオモチャのようで面白い。しかしこの爆発の瞬間、ごく短時間ながら噴射された気体が極めて高温となり、一説では100度近くにまでなるという。私はまだ試したことがないが、指でこの虫をつまんだ時にこの爆発を直に触れると、一瞬熱く感じるらしい。さらに、この爆発により放たれた化学物質は、動物の皮膚を侵す性質があるため、直撃を受けた皮膚は変色してしばらく元に戻らない。場合によっては炎症を起こすこともあるため、たかがオナラなどと見くびれない。立派な化学兵器なのだ。ミイデラゴミムシを含むホソクビゴミムシ亜科のゴミムシ類は、基本的に皆この化学兵器を搭載している。
 川べりの石下に生息するコホソクビゴミムシは、体長1cmにも満たない小型種だが、いじると大型のミイデラゴミムシにも劣らぬ盛大な屁を発射する。しかも、この虫の放った屁は、他の近縁種のそれと比べて長時間モヤモヤと虫の頭上に残り続けるような気がする。西遊記の、孫悟空が筋斗雲に乗って空を飛ぶという話はこの虫の生態にヒントを得て着想されたのでは、と私は勝手に思っているが、中国にこの虫がいるかどうかは知らない。

コホソクビゴミムシ。石ころの多い河川敷に住み、水際ギリギリの辺りでよく見る。行動は素早い。


 ホソクビゴミムシ亜科のゴミムシには、生態的に見て大きな謎がある。幼虫期の生態がほとんどの種において判明していないのだ。日本では唯一ミイデラゴミムシにおいて克明に調べられており、それによると彼らは幼虫期、地中にケラが産み付けた卵塊を探し出し、それを食べて成長するという。海外ではミズスマシなどの甲虫の卵を食べるなどという種も知られているようで、かなり特殊な食性を示すものばかりであることは確かなのだが……。上記のコホソクビゴミムシなど、虫そのものは日本各地の河川敷で普通に見られる種であるにも関わらず、幼虫期の生態は一切分かっていないし、誰も調べようとはしていない。今日、なお大いなる謎を内に秘めた分類群であることも、ゴミムシの魅力かもしれない。

 謎といえば、アリスアトキリゴミムシという種に触れない訳にはいくまい。主に開けた湿地や河川敷に生息するこの1cm程度の赤い甲虫は、不思議なことにアリの巣内で生活すると言われている。そのため、世間では好蟻性昆虫の一つと考えられており、私も対外的にはこの虫がアリと関わり合いの深い生態を持つと言うことにしている。

アリスアトキリゴミムシ。湿地や河川敷の、ある程度草が茂るような所で見つかる。ケアリ属のアリの巣内で得られるとされるが、単独でも見つかる。


 しかし、正直私はまだ首の皮一枚のところで、この虫が本当にアリと関係した生物であるかを疑っている。なぜなら、この虫の採集例の大半は、寒冷期に石の下のアリの巣部屋で越冬中の個体だからだ。冬はアリもほとんど動かず休眠しているため、そこにアリではない虫が入り込んでも温暖期ほど手ひどくアリから攻撃されて追い払われたりしない。たまたまアリのいるような環境にいて、たまたまアリの巣に入って追い出されずに居ついているだけじゃないのか、と思える。また、アリの気配が全くない石の下で見つかるケースもあり、アリとの関係は実はけっこう希薄なのではとも勘ぐってしまう。一応、過去には温暖期の夜中に地表のアリの行列に沿って歩いてくる個体が観察されたという例も、わずかながら報告されている。しかし、温暖期の彼らの振る舞いがいかなるものか、さらに多くの観察例数をもってしてからでも、これが本当に好蟻性か否かを判断するのは遅くないように思う。ただし、この虫を夏に観察するのは容易ではない。この虫が住む河川敷環境は、夏には草茫々になるため、夜中に地べたを這うアリの行列を観察することなどできなくなってしまう。しかも、この虫はそもそもかなり珍しい種であるため、いる場所に行って探したとて見つけることもままならない。さらに、防災の観点から河川敷環境が護岸され、あるいはメガソーラー建設などで埋め立てられている昨今、この不思議の国のアリスちゃんに出会うのは、従来にも増して困難になってきているのだ。
 アリスアトキリゴミムシは、現在では環境省のレッドデータブックに記載されるほどの希少種になってしまった。ドードー鳥の如く、この愛すべき珍虫が本当に不思議の国の住人になってしまわないことを、願わずにはいられない。