【考える本棚】
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 和田誠『もう一度 倫敦巴里』(ナナロク社)
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40年ぶりの笑い
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 手元から消えて40年。ようやく再会することができました。今年最高のプレゼントを、新年早々に手にしてしまいました!

<和田誠、1977年初版の伝説的名著『倫敦巴里』が、未収録作を加え、『もう一度 倫敦巴里』としてついに復活!>

 待ち望んでいた人はたくさんいるはずです。けれども、私の場合、本棚から姿を消した理由というのが、何とも悔しいものでした。「この本のどこが面白いんだ?」とブツクサ言いながら借り出していった不届き者が、そのまま音信不通になったのです。まるで誘拐された子どもの帰りをじっと待つ親の心境みたいでした(谷川俊太郎さんも似たような経験をしたみたいです)。それだけに、再会が奇跡のように嬉しいのです。

 ナナロク社からだというのも、ステキです。「考える人」最新号の特集で「ことばを届ける」仕事人として、同社代表の村井光男さんを紹介しました。写真集『未来ちゃん』(川島小鳥)をはじめ、筋ジストロフィーの詩人・岩崎航さんの詩集『点滴ポール』や、福岡の老人介護施設「よりあい」の日々を描いた『へろへろ』(鹿子裕文、「考える本棚」No.457参照 http://kangaeruhito.jp/articles/-/801 )など、ユニークな話題作を世に送り出してきた版元です。

 本書を担当したのは、『へろへろ』の「あとがき」で「長ネギで社長の頭を殴ったりするらしい」と紹介された川口恵子さん。記憶がおぼろになった初版本との違いなど、早速電話でお尋ねしました。

 まず、この本の概容を説明しておきましょう。ここまでルビを振りませんでしたが、タイトルの4文字は「ロンドンパリ」と読みます。和田誠さんが解説しています。

<題名にはとりわけ意味はないです。字ヅラが好きなだけね。……若い人には読めないかね。巴里は読めても倫敦はむずかしかったかな。まあいいやね。
 ロンパリになると差別用語になっちゃうのかな。ロンパリって言葉も好きなんだけどね。スケールが大きくてユーモラスでいいと思う。
 昔、お遊びの雑誌を自費で作ろうかと思ったことがあって、内容はこの本みたいなものを考えてたわけ。二十代になりたての頃だったかな。宇野亜喜良さんや横尾忠則君に、一緒にやらないかと声かけたりした。その時頭にあった題名が『倫敦巴里』なんだね。漢字で四字だから『中央公論』とか『文藝春秋』とか『小説新潮』とか『週刊朝日』とか、毎号いろんな雑誌のスタイルを真似できると思ったわけ。……で、その題名を考えたことが記憶の中にずっとあったらしくてさ、今回ふっと出てきた>

 内容は全編パロディ集です。いきなり冒頭に、「殺しの手帖」が出てきます。NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」の効果で、1977年の刊行当時より、むしろ「暮しの手帖」は身近に感じられる存在かもしれません。

「これは あなたの手帖です/いろいろのことが ここには書きつけてある/この中の どれか 一つ二つは/すぐ今日 あなたの殺しに役立ち/せめて どれか もう一つ二つは/すぐには役に立たないように見えても/やがて こころの底ふかく沈んで/いつか あなたの殺し方を変えてしまう/そんなふうな/これは あなたの殺しの手帖です」

 ここから充実の8ページ。多くの有名ミステリのトリックを下敷きにして、「殺し」の知恵が伝授されます。

 イソップの「兎と亀」の寓話を、21人の有名映画監督が脚色したらどうなるか――映画好きの和田さんならではのマニアックな試みです。やや古手の大御所たちかもしれませんが、ジョン・フォード、市川崑、グァルティエロ・ヤコペッティ、ミケランジェロ・アントニオーニ、アルフレッド・ヒチコック、イングマル・ベルイマン、ロバート・ワイズ、テレンス・フィッシャー、ジャン=リュック・ゴダール、デヴィッド・リーン、黒澤明、クロード・ルルーシュ、サム・ペキンパー、ヴィンセント・ミネリ、山田洋次、ジョン・ギラーミン、ジュリアン・デュヴィヴィエ、深作欣二、ウォルト・ディズニー、セシル・B・デミル、フェデリコ・フェリーニ、といった名前が並びます。

 どの作品のどこから、その監督の作風をもじっているか。知的な遊び心が決め手です。毒のあるパロディーではなく、映画愛と監督、作品へのオマージュです。

 その知的ゲームのきわめつきが、川端康成の「雪国」冒頭部分の戯作です。オリジナルの書き出しは、あまりにも有名です。

<国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」
 明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻(えりまき)で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。>(新潮文庫)

 当時のカルト雑誌「話の特集」に、1970年から77年にかけて、不定期で6回掲載されたシリーズで、総勢44名の作家が登場します。

 庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、笹沢左保、永六輔、大藪春彦、五木寛之、井上ひさし、長新太、山口瞳、北杜夫、落合恵子、池波正太郎、大江健三郎、土屋耕一、つげ義春、筒井康隆、川上宗薫、田辺聖子、東海林さだお、殿山泰司、大橋歩、半村良、司馬遼太郎、村上龍、つかこうへい、横溝正史、浅井慎平、宇能鴻一郎、谷川俊太郎、ウィリアム・シェイクスピア、J・D・サリンジャー、ジャン=ポール・サルトル、レイモンド・チャンドラー、村上春樹、俵万智、蓮實重彦、椎名誠、吉本ばなな、丸谷才一、井上陽水です。

 いかにもその作家らしい、という模写がこの遊びの生命線。作家の思考の型をよく観察し、文体の癖を巧みにとらえ、さらにあたたかなユーモアでくるみながら批評を加えなければなりません。粒ぞろいの傑作です。何を例に挙げるか迷います。たとえば映画評論家の淀川長治さんだと、どうなるか。

<トンネルを出ましたねぇ。長いですねぇ。長いトンネルですねぇ。このトンネルは、清水トンネル言いまして、長さは九千七百メートルもあるんですよ。長いですねぇ。この長いトンネルを出ますと、もう雪国ですねぇ。寒いですねぇ。雪国と言いますのは新潟県を指すんですよ。湯沢温泉が舞台になっております。娘さんが窓をあけて「駅長さあん」言いますね、あそこの景色、きれいですねぇ。その写真、もう一回見せて下さい。ハイ、写真出ました。きれいですねぇ。撮影がいいですねぇ。カメラマンは、グレッグ・トーランド言いまして、アカデミー賞を三回もとっております。上手ですねぇ。ハイ、写真ありがとうございました>

 谷川俊太郎さん風に仕立てると、どうなるか。

 <トンネルでたら ゆきぐにだった
  ゆきのなかには うさぎがいてね
  どろのなかには うなぎがいる

  ジャックをのせて きしゃははしった
  メリーをのせて きしゃはとまった
  とまったところは しんごうしょ

  メリーがまどを すとんとあけた
  つめたいゆきが はいってきた
  つめたいいきが でていった

  メリーはさけぶ おおごえで
  メリーはよんだ えきちょうを
  ふとったちびの えきちょうを

  えきちょうさあん えきちょうさん

  えきちょうすたすた やってきた
  ランプをさげて やってきた
  けがわのぼうしで やってきた

  ジャックがそとを ながめると
  さむそうにいえが ふるえてた
  ゆきはのまれる くらやみに>

 丸谷才一さんはいかにも丸谷風ですし、ご丁寧に歌詞にコードまでついた井上陽水バージョンは、メロディーも歌声も聞こえてきそうな「雪国」です。これ以上は、現物を楽しんでいただく他ありません。

 40年も“生き別れ”になっているうちに、本はソフトカバーだったような気がしていました。違いました。和田さんの『お楽しみはこれからだ』(文藝春秋)などの印象がきっと混じったせいだと思います。

 復刊なので、書名は『もう一度 倫敦巴里」となり、「もう一度」は和田さんの手書き文字です。担当の川口さんによると、「できるだけ初版の雰囲気を残したいと思い、最低限の手を加えるにとどめました。用紙は同じものが手に入らなかったので、和田さんにチェックしていただきつつ、似たものを使用しています」とのこと。「雪国」パロディに前回未収録の11名が加わったり、初版ではモノクロだったのが、原画通りのカラーに変更されたり、和田ワールドがより堪能できるようにバージョン・アップされています。

 昨年、『村上春樹とイラストレーター』という本を刊行する際に、和田さんと接触する機会が何度もあり、かねてから願っていた復刊の話が具体化したということです。なぜこれまで復刊、あるいは文庫化の話が出なかったのか、というのが謎ですが、「いまの若い人が読んで面白いかなあ」と和田さん自身が懐疑的だったことや、原画が手元に見当たらなかったのが理由とか。ところが、昨年、この原画が見つかって、一気に「復刊!」計画が加速しました。

 文章だけではありません。絵のパロディーはもとよりお手のもの。赤塚不二夫の漫画キャラクターがピカソ、クレー、ダリ風に描かれたり、ビートルズのメンバーがルソー、ゴッホ、ロートレック、写楽、シャガールに肖像画を描いてもらったらどうなるか――こちらも、お楽しみは新版を手に取って――。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)

*「考える人」メールマガジンからセレクトした『言葉はこうして生き残った』(ミシマ社)の刊行にちなんで、青山ブックセンター六本木店、本店でブックフェアーが開催されています。「考える人」から生れた本も多数並んでいます。おついでのある方は是非お立ち寄り下さい。