一月下旬から二月上旬にかけて、滋賀県は大雪に見舞われた。ここ十年でもっとも多い積雪量で、私達の生活にも少なからず影響が出た。立ち往生する車で生活道路が大渋滞し、車を出すことすらできずに、数日、家に籠もりきりになった。食料は底をつくし雪かきは大変だし、もう雪なんてこりごりだよ! と叫びたくなるような日々。そして私はタイミングの悪いことに、風邪をこじらせて急性副鼻腔炎を発症してしまい、これが痛いのなんのって! 目の奥、鼻の奥、奥歯、つまり顔全体の激痛に苦しめられ、さすがの私も真面目に通院、そしてしばらく禁酒したのであった。

 積もった雪が溶けかけた二月初旬のとある日、私達は車を大阪空港まで走らせていた。遠く宮崎から、子犬が到着することになっていたのだ。その日は気温が急激に上がり、車内はとても暑く、窓を開けて琵琶湖を見ながらのドライブだった。湖面が輝いて、まるで春のような日差しだった。そういえば、去年の夏はあの子も泳ぐことができたなあと、新しい犬が来る日だというのに、旅立った老犬のことをなんとなく思い出していた。「宮崎から春を運んできちゃったのかもね」と言う夫に、私は「そうかもね」と答えた。後部座席では子犬が来ることの喜びが溢れてしまい、緊張状態になった双子が無言でカチコチになって座っていた。

 その日は朝から落ち着かなかった。車に必要なものを積み込み、空港までのルートを何度も確認した。どうせあっという間に大きくなるだろうと、子犬にはなにも買い揃えてはいなかったが、老犬が唯一残した黄色い皮の首輪とステンレスの水入れを倉庫から出してバッグに入れた。あとは時間が来るまで何をするでもなく過ごした。十年以上使った首輪はぼろぼろだったが、私達家族にとって、それは死んでしまった老犬を象徴するものに他ならない。これを次の子に渡すのかと思うと複雑な心境だった。あの子、怒るんじゃないのか。喜ばしいはずの日に、私も夫も考えるのは老犬のことばかり。なんともややこしい。

 空港に到着し、受け取り場所の確認をすると、街の散策に出た。到着時間まで、まだたっぷりある。久しぶりの大阪で、双子にとっては初めての大阪だ。「都会やなあ! かっこいいなあ! でもやっぱり俺は山が好きや!」と興奮する次男。そう言えばこうやって家族で遠出するなんて久しぶりだと気づいた。ここ一年以上、闘病している老犬を家に置いたまま外出することを極力避けていたからだ。

 引き取りの時間になって貨物の受け取りカウンターに行くと、すでに子犬は到着していた。小さなケージの中は真っ黒で何も見えない。かろうじて、目がきょろきょろと動いているのが見えた。想像していたよりもずっと大きく、迫力があった。まだ生後数ヶ月のはずなのに、子犬というか、すでに大型犬の雰囲気がないか? おそるおそるケージを開けてみる。そこからの初対面はなんと言ってよいのやら。子犬がびっくりしたらかわいそうだから、絶対に大声をださないことときつく言い聞かせていたので、双子は騒ぐことはなかったが、声を出さずに喜びを体全体で表現する、よく似た子ども二人の存在は相当目立っていたと思う。一体何事かと、数人の職員さんが足を止めていた。夫は感慨無量といった表情で何も言わなかったが、帰宅後すぐにマイ裁縫道具を持ち出してきて、なにやらチクチクと縫いはじめた。数時間後に出来上がったのは、手作りの子犬用おもちゃだった。まさかのザリガニだ。意味がわからない。

 

 さて、子犬がわが家にやってきてから、しばらく経った。新しい生活にも慣れ、明るく、活発だ。平日は私と二人きりで過ごしているが、とても落ち着いており、騒ぐこともない。トイレもそろそろ覚え始めた。私が歩けばどこまででもついてきて、私が座れば真横に座る。犬ってこんなに人なつっこい生き物だったかなと驚いてしまう。ドッグベッドも買わなかったので、アルミのパーツボックスに毛布を敷いて寝かしているが、それも不満がない様子だ。先週はきっちり収まっていた体も、今週は前足が出たり、後ろ足が出たりしている。みるみるうちに成長し、大型犬の迫力が出てきている。

 もつれ合うように、楽しそうに跳ね回る子どもたちと子犬を見ていると、双子というよりは三つ子のようだと思う。これから十年以上、つまり双子が成人するまでこの犬が二人とともに歩んでくれるのかと思うと、改めて、犬の存在の大きさを感じずにはいられない。同時に、老犬の姿を心から懐かしく思う。十数年間、片時も離れず一緒に暮らしたからこそ築くことができた、強い絆を今も感じる。遠くなった耳、抜けてしまった歯、白く濁った目。今も手を伸ばせばすぐ近くにいるような気がする。

 ふと足元を見ると、今日もいつもの場所で子犬が眠っている。ムクムクとした体はまるでぬいぐるみのようだ。あの子、新しく来た子のこと、どう思っているだろう。こんな大きな犬を飼っちゃって、散歩とかエサ代とかどうするつもりやろと、呆れているかもしれない。それとも、「なにやら真っ黒い、けったいなやつが来たなあ」と、笑ってくれているだろうか。