近代電磁気学の誕生

 ギルバートは、電気を意味する「electricity」という単語を作った人物の一人としても知られる。その語源はギリシャ語の「琥珀」で、摩擦電気によって琥珀の表面に物体が吸い寄せられたことから来ている。

 電気と磁気という、距離を超えて物体を引き寄せる二つの力は、この後も多くの科学者の興味を惹きつけずにおかなかった。電気と磁気の研究は、物理学分野における二本の大きな流れに成長していく。

 19世紀に入り、この両分野を統合する天才が出現する。ひとりがマイケル・ファラデー(1791~1867年)、もうひとりの名をジェームス・クラーク・マクスウェル(1831~1879)という。大づかみに言ってしまえば、ファラデーは実験面から電気と磁気の密接な関係を示し、マクスウェルは理論面からの研究によって、これを数式として表すことに成功したといえるだろう。

マイケル・ファラデー
ジェームス・クラーク・マクスウェル


 これにより、電気を磁気に、あるいは磁気を電気に変換することが可能になった。現代では、前者を電磁石、後者を発電機と呼んでいる。ファラデーは自ら原始的な発電機を製作した他、電気を動力に変えることにも成功している。

 たとえばモーターは、永久磁石でコイルを挟んだ構造をしている。コイルに電気を流すと電磁石となり、両側の永久磁石との間で吸引力と反発力が生じるので、この力で回転を続ける。発電はこの逆で、外部からの力でコイルを回転させ、誘導電流を生じさせる。

様々なモーター(C_J_Cowie / Wikipedia Commons)


 原理がわかればさらに新しいアイディアが投入され、それらを組み合わせて新たな発明が生まれる。たとえば一台の自動車には、エンジンはもちろん、ワイパーやパワーウィンドウ、サイドミラー、ドアロック、コンプレッサー、ラジエーターなどなどあらゆる場所にモーターが用いられ、それぞれに適した磁石が組み込まれている。現代の文明は磁石文明であるといっても、全く大げさではないのだ。

記憶媒体への応用

 磁力の応用は、モーターや発電ばかりではない。たとえば、情報の記録にも欠かせない存在だ。

 磁気記録媒体の登場は、古く1888年に遡る。米国の技術者オバリン・スミス(1840 -1926年)が、針金に録音する方法を発表したのだ。ただし音質の問題などがあって、実用化にはなかなか結びつかなかった。

 1935年にはドイツのIGファルベン社が、合成樹脂のテープに酸化鉄の磁性体を塗布した、高品質の録音テープを開発する。これこそが現在まで続く、テープレコーダーの元祖だ。戦後、録音テープのあまりの高音質に感動したビング・クロスビー(1903 – 1977年、米国の歌手・俳優、「ホワイト・クリスマス」などで有名)は、自ら5万ドルをアンペックス社に投資して、テープレコーダーの開発を進めさせる。これはラジオ番組や音楽業界に革命をもたらし、これらが巨大産業へと発展する糸口となった。

ビング・クロスビー


 磁気テープは長らく録音・録画媒体の王座に君臨するが、やがてコンピュータの時代がやってくると、その座をフロッピーディスクやハードディスクに譲り渡すことになる。テープと異なり、円盤は絡まりもせず高速でアクセス可能である点が決定的な長所だ。

 これらの基本原理はみな同じで、塗布された磁性体を微細な区画に分け、それらを磁化する。このN極とS極の向きが、1ビットの情報となる。1970年に初めて登場したフロッピーディスクは8インチで80キロバイト(=8万バイト)でしかなかったが、今やそれよりはるかにコンパクトなハードディスクに、数テラバイト(=数兆バイト)の情報が詰め込まれるようになった。

大容量のハードディスク(Evan-Amos / Wikipedia Commons)


 これを可能にしたのが、巨大磁気抵抗効果や垂直記録方式などのイノベーションだ。記録媒体が水のように安く、大量に使えるようになったことのメリットは計り知れない。人が一生に見る映像、会話、ウェブページを全て記録しても、数テラバイトに収まるとの試算もある。全人生を記録し、検索できるようになる日は、そう遠くはないだろう。

強力磁石を求めて

 こうした技術革新を支える、磁石自体の進歩も凄まじく、ここには我が国の研究者が大いに貢献している。以前も登場した「鉄の神様」こと東北大学の本多光太郎によって世界初の人工磁石KS鋼が創られたのは、今からちょうど100年前の1917年のことだ。1930年には、加藤与五郎(1872-1967年)と武井武(1899-1992年)が自由に成形可能なフェライト磁石を開発した。このフェライト磁石は、酸化鉄を主原料として焼き固めたものであり、極めて安価だ。このため、モーターやコピー機、スピーカー、カセットテープなどに広く用いられている。冷蔵庫の扉やホワイトボードに貼る黒いマグネットもフェライトだから、我々が最もよく目にするタイプの磁石といえるだろう。

 磁石といった場合、棒状か馬蹄形のものが頭に思い浮かぶが、これはかつての磁石が、この形でなければ磁力を保てなかったためだ。フェライト磁石は保持力が強く、棒状にしなくても磁力を長期間保てるため、自由な成形が可能になった。フェライトこそは、磁石の用途を飛躍的に押し広げた一大発明であったのだ。

 そのフェライト磁石は、実は狙って作られたものではない。武井博士がある日、測定装置のスイッチを切り忘れて帰宅したところ、翌朝試料が強い磁力を帯びていたことが発見されたのだ。いわゆるセレンディピティの代表的事例であり、大発明にはこうした幸運が作用していることが多いようだ。

フェライト磁石(Aney / Wikipedia Commons


 1960年代からは、希土類と呼ばれる金属元素を加えることで、磁力を向上させる試みが行われる。歌人の俵万智氏の父・好夫氏もこの分野の研究者で、松下電器産業や信越化学工業などで活躍、サマリウムという元素を用いた強力な磁石を世に送り出している。このため、ベストセラーとなった俵万智氏の歌集「サラダ記念日」には、”ひところは「世界で一番強かった」父の磁石がうずくまる棚”という短歌が収められている。

 これを追い抜き、現在世界最強の座に君臨するのが、佐川眞人氏の開発したネオジム磁石だ。その磁力は強烈で、ネオジム磁石に指先を挟まれ、粉砕骨折してしまった人がいるほどだ。小さなサイズでも十分な吸引力を示すため、ハードディスクや携帯電話などの小型化に大きく貢献している。ハイブリッド車など、日本の誇るハイテク製品にも欠かせず、原料となるレアメタルであるネオジムは、国際的な政治経済の焦点になっているほどだ。

ネオジム磁石


 ネオジム磁石は鉄とネオジムの他、ホウ素とジスプロシウムという元素を少量含んでいる。小さな元素であるホウ素は、鉄原子同士の間にうまく入り込み、結晶構造を調整する。またジスプロシウムを加えることで、加熱しても磁力を失いにくくなる。こうした組み合わせは理詰めの面もあるが、試行錯誤と研究者の勘による部分も大きい。磁石研究の分野で日本人が活躍している理由のひとつは、丹念な反復実験を続ける根気強さにあるのではないか、と筆者には思える。飛躍を生む直感もまた、実験の繰り返しの中で磨かれるものだ。

イノベーションの曲線

 こうして見てくると、近年の磁石に関するイノベーションの加速ぶりには改めて驚かされる。その進展は、他の多くの分野でのイノベーションの呼び水ともなり、それにつれて我々の生活も大きく変化した。

 ただし、この分野はまだまだ新たなイノベーションを必要としている。安価なフェライト磁石により高い磁力を持たせれば、超高密度記憶媒体の開発につながる。またネオジムやジスプロシウムなどのレアメタルは供給に不安があり、これらを用いない強力磁石の開発は我が国にとって喫緊の課題だ。

 近年では磁性体の原子レベルでの理解も進み、様々な機能を持った磁石も開発されている。光を当てると磁力をオン・オフできるもの、熱により磁極が反転するもの、特定の周波数の電磁波を吸収するものなど、既成概念を超えた磁石が次々登場しつつある。これらが実用化されれば、また新たな応用が拓けていくだろう。

 これら磁性体から生まれた、コンピュータや各種測定機器などの応用製品が研究を加速させ、さらに新たな磁石が生まれてきているのは興味深い。これにより、磁石のイノベーションは周辺分野を巻き込みつつ、急激な上昇曲線を描いて駆け上りつつある。

 おそらくこのサイクルは、近い将来新たなステージに入ることだろう。近年急速な進歩を見せる人工知能が、付加価値の高いこの分野に投入されることはまず間違いないからだ。人間の発想にはなかった新たな分子設計の磁性体が、次々に登場することになるだろう。そうなった時にいったいどんな世界が現出するのか、筆者にはとうてい予測もつかない。その日がやってくるのは、そう遠くない将来だろう。今から楽しみでもあり、少々恐ろしくもある。