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 ハコはまつ
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 先週末は福島県いわき市へ行きました。「いわき芸術文化交流館アリオス」で開催された第1回「もじもじ会議」にゲストとして参加するためです。東京からいわきまで特急で約2時間。快晴、ほぼ無風のいわき駅に、正午過ぎに降り立ちました。

「もじもじ会議」というのは「読むこと。書くこと。編むこと。もじもじしながら考えよう」「じみに、じみちに、しみじみと。ことばの滋味をさがす旅」という趣旨の集まりです。案内文にはこうあります。

<本を読んだり、ものを書いたりすることは、基本的に独りの営みです。地味です。だからそれが楽しいと思っても、皆で集まる機会って少ないですよね。でも一度そんな「文字まわり」が好きな人と盛り上がれないかと思って企画したのが、この「もじもじ会議」です。活字のプロをゲストに招き、豊富なエピソードを交えたお話に耳を傾けながら、ゆるやかに対話し、帰りにはさらにルンルンで本を読んだり文章が書きたくなる場を目指します。
 企画の底にはこんな想いがあります。アリオスの広報紙「アリオスペーパー」は、2010年から紙面の一部をボランティアスタッフと一緒につくってきました。仕事や勉学に励みながら、それぞれの時間を持ち寄って行う編集作業には苦労が尽きません。しかし、世代を超えた同好の士がお互いの文章をじっくり読みあい、情報交換をする時間は何物にも代えがたいものがあります。また震災以降、いわきの「いま」を自分たちの「ことば」で留め、応援していくことの大切さを、よりはっきり意識するようになりました。
 いわきにはまだ紹介されていない素敵な人、ものがたくさんあります。同時に、時間との勝負でもうすぐなくなってしまうものも……。なのに発信が追いつかない! だから一緒にいわきの魅力を発掘し、伝えていく仲間の輪が、いろんな形で広がってほしいのです>

 期待に応えられたかどうかは別として、声をかけていただいたのは、たいへん名誉な話です。これには伏線がありました。このメールマガジン(No.305 http://kangaeruhito.jp/articles/-/649 )にも書いたことですが、2012年7月、東日本大震災から500日を経た福島の各地をまわっている途中でした。この間のアリオスの活動に興味を持った私が、ほとんど飛び込みの取材で訪れたのです。(*)

 その時、応対してくれたのが長野隆人さん。今回の「もじもじ会議」の仕掛け人です。氏とはその後、東京のコンサート会場などで思いがけない出会いが重なり、不思議な縁が続いていました。

 さて、久々のアリオスですが、前回と印象はほとんど変わりません。全国の地方都市に立派なハコものはたくさんありますが、その大半から受ける印象と正反対なのがアリオスです。初訪問の印象を、こう書きました。

<いわき市役所に隣接し、緑に囲まれた公園内のその建物に入ると、まず感じるのは不思議な開放感です。各地の公立文化施設の大半が、いまだにハコもの(建物)は立派でも、どこか無愛想でよそよそしく、規則がやかましくて窮屈そうな顔つきです。ところが、ここは足を踏み入れた瞬間から、空間が明るくのびやかで、館全体をリラックスした雰囲気が包んでいるのに驚きます。事務室に通されて、スタッフの動きを眺めると、なお一層それを強く感じます。つまり、市直営の施設なのに少しも「お役所くさくない」のです。長野さんもそういう方でした>

 土曜日の昼下がり。人の出が多いわけではありません。けれども、町の人たちが頻繁に行きかい、日常的に利用して、アリオスを“使いたおす”くらい親しい間柄なのだという雰囲気が、どこからともなく漂ってきます。「文化の殿堂じゃない。屋根のある公園になるんだ」と初代館長が語ったように、毎月のプログラムを眺めても、いかに地域に溶け込んで、市民にとって役立つ施設になれるかと、努力を続けているのがよく分かります。

 演劇、吹奏楽、バンド、合唱、バレエ、ダンス等々、住民が自ら参加し、遊び、学び、楽しむ場として活用しています。かと思えば、高校生がノートを広げて、勉強しています。今回、同行した編集部のKさんはいわきで高校時代を過ごしました。「あの頃こんなところがあったら、きっと入り浸ったのに」と、少しくやしそうな表情です。

 それもこれも、いわきには独特の土壌があるからです。前にも書いたことですが、もともと「吹奏楽王国」と言われたり、高校演劇も盛ん、バレエ・スクールが10校以上もあり、市民の5%近くが「文化協会」に所属するなど、住民の表現意欲の高いところが特色です。加えて、映画「フラガール」で有名なように、東北なのに「日本のハワイ」「東北の湘南」と呼ばれ、おおらかで開放的な気風があります。静岡出身の長野さんも、「オープンな土地柄で居心地がいい」と語り、もはやすっかり現地化しています。

 さて、「もじもじ会議」ですが、始まる前に感心したのが、“飛び出すチラシ”や、特製年表(明治以降の世相の変遷、出版の歴史、いわき市の歴史、映画といわきの関係史などが一覧できる)や、「考える人」のバックナンバーの展示など、準備に手間ひまを費やしていることです。ゲストを呼んだら「ハイ、お終い」ではありません。当然、こちらのモチベーションも高まります。

 集まった聴衆は約20名。広報紙「アリオスペーパー」の制作に関わっている市民ボランティアの人たち、福島県立磐城桜が丘高校新聞局の生徒さん、アリオスのHPを見て参加した(「もじもじ」の言葉に惹かれて)という本好きの人たち、それから隔週で発行されている地元のタブロイド紙「日々の新聞」から2名の記者など、最初の自己紹介を聞いただけでも、それぞれの仕事や暮らしを通じて、「文章を書くこと」「読むこと」「考えること」について、いろいろ感じるところをすでに持っている人たちでした。

 場の空気に誘われるままに話していると、あっという間に3時間半! 何をしゃべったかよりも、質問などを受けながら、皆さんとゆるーく対話できたかな、と感じられたのが何よりでした。また続きを、というお誘いもいただきました。

 こういうトーク・イベントは、半ば以上は聞き手が作るもの。本当に楽しいひと時でした。話しながら、アリオスの外壁に刻まれた谷川俊太郎さんの「いまここ」という詩句を思い出しました。

 いつでも「いま」しかない
 どこにも「ここ」しかない
 そのために過去に学び
 そのために未来を夢見て
 生きる

 人知れず咲いている一輪の野花とともに
 ただよいながら形を変えてゆく雲とともに
 うつろいやまない人々のココロとカラダとともに
 いまここで踊る身体
 いまここで奏でられる音楽
 いまここで語られる言葉

 2008年のオープンに寄せて、谷川さんは4篇の組詩「アリオスに寄せて」を書いています。その中のひとつに「ハコのうた」もあります。

 からっぽはすばらしい
 なんでも いれることができるから
 でもいつまでも ためておかない
 またからっぽにして ハコはまつ
 あたらしいもの たのしいもの
 ハコはいきて こきゅうしている

 受けた質問の中に、「考える人」は間もなく休刊になるのですね、という問いがありました。「残念です」という答え以外、まだ持ち合わせがありません。でも、この時ばかりはひとつの答えが、心の中に湧いてきました。

 またからっぽにして ハコはまつ
 あたらしいもの たのしいもの
 ハコはいきて こきゅうしている

 からっぽを、楽しむ――。ありがと、「もじもじ会議」。

「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)

*アリオス設立から4年間の活動の様子は『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』(ニッセイ基礎研究所・いわき芸術文化交流館アリオス編著、水曜社)に詳しく書かれています。