私も、虫の研究を生業にし始めてから結構長く経つ。こういう仕事を続けていると、しばしば虫に関してあまり明るくない一般市民の方々が、「道端で大変珍しい虫を見つけた。これは間違いなく新種だと思うが、やっぱり新種ですよね?」とやたら興奮気味にド普通種(だが形態はやや変わっている)の虫を博物館やら大学やらへ持ち込んでくる。私も何度か、必要にかられてそういう方々の応対をしてきたのだが、不思議な事に、そういう方々の中には少なからず、「これは普通にいるナントカ虫ですよ」と事実を教えると、途端に激しく怒り出す人がいる。こっちは正体を教えてくれと言われたから嘘偽りなく教えただけなのだが……。自分の中ではこの世の理を覆す世紀の大発見だと思っていたそれを、あっさり否定されたのが許せないのだろうか。

 日本国内には、実のところ相当種数の新種の昆虫が眠っていると推測される。ただし、それらの大半は米粒ほどもない微小な甲虫、ハチ、ハエなどと考えられる。なおかつ、それらは解剖して毛ボコリよりも小さな生殖器の形を顕微鏡下で観察して、やっと既知種と区別できるというレベルだ。残念ながら、昆虫学に心得のない一般市民が、その辺の道端をふらっと歩くだけで一目見て発見できる新種などというのは、少なくとも日本ではもう残っていないと思っていい。古より連綿と築き上げられてきた、先達の昆虫学者たちの仕事ぶりを過小評価してはならない。

 私は幼い頃から虫ばかり追い求めてきたので、必然的に昆虫学の何たるかというのを、経験上おぼろげにも理解しているつもりでいた。だから、少なくとも日本国内で、どんなに外見が珍奇で見慣れない虫を見つけたとて、「まあ、これは単に俺が知らないだけで、学術的にはもう存在の知られたものなんだろうな」という諦観をもって見るようになった。自分が新種を見つけるなどという前提を、ハナから取っ払って生きてきたのだ。
 そんな私が、実は過去に一回だけ、あろうことか本気で日本で新種の虫を見つけたと思い込む大失態をしでかした事がある。しかも、大学生になって以後の話だから、結構最近の事だ。

 長野在住時のある晩秋の日、行きつけの高原まで原付バイクで向かった。ここには森を開いて作ったオートキャンプ場があり、利用者用に露天の炊事場が用意されている。ここで原付を止めて、敷地内を何気無く歩き回っていた時、炊事場の流し台の中に奇妙な虫が落ちているのに気づいた。私は日本で見られる大抵の虫ならば、種までは分からずとも「だいたいあの仲間だな」程度は見て察しがつく。ところが、その虫は種どころか科レベルでさえ、当時の私には正体が皆目見当つかなかったのだ。体長2センチ、全身褐色のまだらにおおわれている。姿形からして、バッタ系なのは明らかだった。一見、カマドウマかなとも思ったが、体型が違う。カマドウマ特有の、カップ麺に入ったエビ風の猫背ではなく、円筒形をしている(これでカップ麺を食えなくなる読者が何人いるか楽しみだ)。そう、どちらかといえばコロギスっぽい姿にも見える。これはカマドウマでもコロギスでもない。

カマドウマ。田舎では家屋にも侵入する。写真は久米島産の亜種。


 当時、私の手に取れる範囲にあった如何なる図鑑にも、それらしきものは図示されていなかった。これはもしかしたら相当ヤバいものを採ってしまったのではないか? そう思った私は、その新種もとい新科のカマドウマモドキコロギスを捕らえ、すぐさま標本にした。見るからに新種なのは疑いようもない。いつかこれをバッタ系の分類専門家の所に送り付けて、正式に記載してもらおう。名前は何がいいかな? 長野で見つけたから、せめてシナノという文字は入れてもらおうかな……辺りまで皮算用を巡らせた。産まれた我が子の名前を考える親の心境たるや、こんな感じなんだろうか。いずれ来る新種発見の誉れを夢想し、しばらくは寝る前に布団を頭に被ってジタバタする日々だった。

コバネコロギス。沖縄では比較的よく見られる。日中は木の葉を巻き、口から出した糸で固定してその中で休む。


 それから2年位経っただろうか。日本のバッタ系昆虫ほぼ全種を標本写真付きで網羅した、『バッタ・コオロギ・キリギリス大図鑑』(日本直翅類学会、2006 定価54,000円!)というものが世に出た。たまたま大学の研究室でそれを買ったため、私はワクワクしながら中身を見た。その時だった。クチキウマという、かねてから名前だけは知っていたが姿形がどんなものか知らなかった虫の図が出ているページを開いてしまったのは。ページ一面に、バッチリ名前付きでビッシリと、いろんなクチキウマの標本写真が掲載されていた。その全てが、あの、新科シナノカマドウマモドキコロギス科の新種シナノカマドウマモドキコロギスとして世に発表されるはずだったそれと、寸分違わぬ姿形をしていた。
 クチキウマという分類群自体の存在は、かなり昔から日本国内で知られていた。そんなものを、間抜けにも新種と思い込んでいたこと。顔も知らない専門家に、ドヤ顔で新種どころか新科だと称して標本を送り付けようと本気で検討していたこと。あまつさえ、新しい名前の候補、マスコミの会見に備えた原稿まで脳内で周到に準備していたこと。それら全てがない交ぜとなり、以後しばらくは先のとは全く異なる意味で、寝る前に布団を頭に被ってジタバタする日々が続いた。そんな訳で、私にとってクチキウマという虫は、見るととても微妙な気分にさせられる虫と成り果てたのである。

クチキウマ。飛べないため、各地で特有の種に分かれる傾向がある。


 とは言っても、この一件以後私が野外にてこの虫を見かける機会は、(幸いながら)そうはなかった。なぜならクチキウマは、野外では狙って探そうと思わなければまず発見できない虫だからだ。彼らは、やや標高を稼いだ山間部の樹幹や太い枝にしがみついて暮らしている。体の色彩が地味で目立たないため、見つけ採りが難しい。なので、通常は虫がいそうな枝を棒で叩き、下に白布を構えて受け止めるやり方で、この虫は採集される。ただし、この虫はあまり活発ではない上、枝や幹にがっしりしがみついているため、軽く叩いたのでは全く落ちない。頑丈な鉄パイプでもって、目につく灌木という灌木を力任せに思いっきりシバいて回らなければダメだ。
 クチキウマという虫自体は、生息地内では殊更少ないものではないらしい。しかし、上記のように採集がかなり面倒なこと、さらにそこまでの労をかけてまで採るほど魅力ある虫と思わない虫マニアが多い(何せ見た目はカマドウマの贋作じみた虫だ)ことなどから、大半の虫マニアからは今なお見慣れない、どちらかと言えば珍しい虫と思われ続けている。

 虫マニアにおける普通種と珍種の虫の線引き加減は、個々人により大きく異なる。単純に数が少なければ珍種という訳でもない。いくら個体の絶対数そのものが多くても、それを採って最終的に自分の手中に収まる数が少なければ、その人にとっては珍種という事になる。一方、効率よい採り方が分かったせいで、それまで多くの虫マニアから珍種扱いされていた種が普通種に成り下がる例もある。例えば、南西諸島や東南アジアの森にキボシセンチコガネという虫がいる。糞転がしの一種たるこの虫は、しかし動物の糞には一切来ない。通常どこに潜んでいるかが全くわからないため、この虫が採れるのは本当に偶然に依る他なかった。夕刻、林内をたまたま飛んでいるのを見つけて網ですくい採るのが、長らくこの虫を採る唯一の術とされ、かつては結構珍しがられていた。

キボシセンチコガネ。夕刻、地面のとある場所を、アリ等と共に執拗に穿っていた。そこを掘ってみたが、何も出なかった。


 しかし、近年になって衝突板トラップという、飛んでいる虫を専門に捕獲する罠が考案された。基本原理は、透明なアクリル板を地面に垂直に立てるだけという単純なもの。アクリル板の土台部分には、虫を殺す薬液で満たされた皿を設置する。これにより、地表すれすれを飛ぶ虫がアクリル板に間違って衝突落下し、そのまま下の皿にはまって捕らえられるという仕組みだ。これを森にいくつか置くだけで、キボシセンチコガネなどかつては偶然飛んでいるのを叩き落として採るしかなかった虫が、たくさん採れることがわかってきた。以前マレーシアに昆虫調査で行った際、同行者がジャングルに仕掛けたこの罠を覗いたことがあるが、受け皿の中におびただしい数のこの手の甲虫がはまっているのに驚かされた。そうしたことから、今日キボシセンチコガネは、以前ほどは珍しがられることはなくなってきたわけである。
 なお、採集自体は容易となったキボシセンチコガネだが、これが本来どこで何を餌に生きて過ごしているかは、相変わらず今も判明していない。まるで、普段は我々が認知できない異世界のパラレルワールドに住んでおり、時折こちらの時空に転移して我々の眼前にその姿をさらすが如くだ。一説では、地下に生える特殊な菌類を探知して潜り、餌にしているらしいとの噂があるが……。

 ヨツボシカミキリという、日本のカミキリムシの中でも鼻血レベルの究極の珍種がいる。私もまたこの30年間、日本のどこを探っても自力で見つけることが出来ないでいる。しかし、この天然記念物級の絶滅危惧種、どういう訳かある一定年代以上の虫マニア達は、口を揃えて昔は日本全国に普通にいたというのだ。多分、皆お歳を召し過ぎてモーロクしてるのだと思っていたが、そうでもないらしい。かつて里山の雑木林が薪炭を取るため、定期的に間伐されていた頃、適度に開けた広葉樹林に生息するこの虫にとって、好適な生息環境が日本各地にあった。それが、日本人の生活スタイルの近代化とともに、雑木林が放置されて鬱閉化が進み、さもなくば雑木林自体が潰されて宅地に置き換わっていった。全国同時多発的に生息環境がなくなってしまい、ヨツボシカミキリは日本中から消えていったのだ。もっとも、この虫の劇的な「いなくなり加減」は、それのみでは到底説明がつかず、もっと根本的かつ致命的な理由が他にあると推測されている。

 そうかと思えば、近年いきなり普通種になってしまった絶滅危惧種もいる。エサキクチキゴキブリは、森林内の倒木内に食い入って住む大型のゴキブリだ。九州北部のある山で1940年代に得られた少数個体に基づき、新種として発表された。しかしその後、この山からは全くこのゴキブリは見つからなくなってしまった。そのため、このゴキブリはとても珍しい種と見なされ、一時は環境省のレッドデータブックにも掲載されるほどだった。それが2000年代に入り、どういう訳か再びこの山でぽつぽつ見つかり始めたのである。次第にその数は増えていき、2016年現在、ちょっと森に入って地面の倒木をほぐせば、普通にわらわら出てくる有様だ。九州の他地域からも次々に産地が見出され、大して珍しくもなくなったことから、最新の環境省レッドデータブックからは名前が削除されてしまった。

エサキクチキゴキブリ。成虫になっても翅がなく飛べない。雌雄ペアで生活し、自身らの幼虫達と同居する。九州本土と屋久島の森林地帯に分布。クワガタを思わせる重厚でカッコイイ昆虫。人家に出没するゴキブリほどは不潔ではない。


 この山は、日本の昆虫学を古より牽引する、天下の九州大学農学部が継続して昆虫の生息調査を続けてきた場所だ。エサキクチキゴキブリはかなり大型で目立つ種なので、いれば見つかるだろうし、いなければ見つからないだろう。だから、近年になって突然見つかるようになったのは、近年急速にこの虫の生息条件を劇的に改善させる何らかのイベントが、この山で起きたからに相違ない。それが何なのかははっきりしないが、一つ可能性として挙げられるのは、シカの増え過ぎである。この山に限った話ではないが、近年日本の野山でシカの急増と、それに伴う農林業面の弊害が深刻化している。殊に件の山はシカの食害が目に余る状況で、多くの森の木がシカにより樹皮を剥がれて枯れ、倒れている。これにより、朽木を住処とするこのゴキブリ達にとって営巣環境が好適になり、数を増やせたのではないだろうか。しかし、森の既存の木は倒れる一方で、森の次世代を担う若い木はほとんど育っていない。芽吹いたそばからシカが皆食い尽くすからだ。このままの状態で推移したなら、いずれ森の木は全部倒れ尽くしてしまい、森自体が消滅する。そして、湿潤な森にしか住めないこのゴキブリ達は再び姿を消し、絶滅危惧種に返り咲いてしまうであろう。虫は環境の鏡であり、よい環境ではいくらでも増えるが、ダメな環境では立ちどころに死に絶えるのだ。

 今日、道端でクロヤマアリを見かけた。日本のアリの最普通種たるこの虫も、今後地球温暖化により気温上昇が進めば、分布が衰退してきっと絶滅危惧種になるのだ。今から50年後、道端の至る所に「アリを踏むと法律で罰せられます」の看板とともに規制線が張られ、おちおち庭も歩けない日本にならないことを祈る。

クロヤマアリ。九州以北に住む者なら、見たことのないはずのないド普通種。ただし、涼しい環境を嗜好し、沖縄には分布しない。台湾にはいるが、高山地帯に分布が限られる。
 

「一般市民の持ち込む虫に新種なし」が私の個人的かつ絶対的な見解だが、一方でこうした市民からの知らせや持ち込みにより、これまで国内で知られていなかった外来生物の生息が確認されるという事例は非常に多い。物流に伴い、あるいは(非)意図的な放逐により、昨今国内では毎年のように新たな外来生物が見つかっている。これら未知の外来生物は、在来の生態系はもとより我々人間の生活にいかなる影響を及ぼすか、全く予測がつかない。そして、ひとたび繁殖・定着してしまうと、後になってそれが致命的かつ破滅的な弊害をもたらすことが判明したとて、既に打つ手のないケースがほとんどである。そのため、外来生物対策においては定着前にその存在に気付き、駆除してしまうことが肝要であって、それには多くの市民の目による日頃の監視が何より重要だ。なので、市民の皆様方には「どうせ新種の可能性がないならいいや」と言わず、変わった生き物がいたら積極的に専門機関に相談することを、私は勧めたい。もしかしたら、人類を未然に救った英雄になれるかもしれないのだから。ただし、少なくとも昆虫の持ち込み先に関しては、大学よりも博物館を選ぶ方がタライ回しにされずに済むと思われる。私を含め、大学にいるムシのセンセイというのは、自分の専門とする分類群以外の昆虫の事を聞かれても何も答えられないのが普通だからだ。