Photo:筒口直弘

「私の記憶は四歳のとき、親父が死んだときから始まるんです。親父の記憶っていうのは二つしかない。ひとつは、親父が横になっていたベッドを部屋の窓際に寄せたときのこと。写真みたいにはっきりと覚えてるんですけど、両親が揃っている構図というのは、この日の一枚しかない。飼っていた文鳥をカゴから出して、親父がベッドの上から文鳥を飛ばしたんですね。私は子供だったものだから、『どうして放すの?』と聞いた。でも親父の答えははっきりしない。親父は死期を悟っていて、飼っていた文鳥を放したくなったんでしょうけれど、答えは要領を得ない。それだけを覚えている。
  もうひとつは、父の枕もとにいる自分なんです。その頃うちには自分しか幼児がいないはずなのに、なぜか父親の枕もとに赤ん坊のガラガラが置いてある。変だなあ、なんだろうと気になって見ていたんです。父親の様子も同時に見ていたんですが、自分からは遠慮して聞けない。そうしたら私は何も言わないのに『これはね、声が出ないからこのガラガラで人を呼ぶんだよ』と説明してくれたんです。私の気持ち、というか子供の気持ちがわかる人だったんですね」

 お話はこれから、鎌倉の御成小学校時代、創立まもないドイツ系カトリック校の栄光学園での6年間、東京大学時代、と年代記ふうに養老さんのこれまでの半生を様々なエピソードとともにたっぷりとうかがっています。