あなたにとって、一番こわいものは何ですか?
 ひと昔前なら「地震、雷、火事、親父」。よく言われるのはお化けや幽霊の類で、子どものみならず、大人になっても怪談が苦手な人は少なくありません。犬がこわい、ヘビは苦手、魚と目を合わせられない、というのはまだ序の口で、ゴキブリの出現に腰を抜かしてしまう方もいるとか。誰にでもひとつやふたつ、出来れば一生出会いたくない、それを話題にされることさえ嫌な、とてもとてもこわいものがあるはずです。

『からくり民主主義』などで知られるノンフィクション作家・高橋秀実さんは、小学生の頃、とにかく「プール」がこわかったそうです。例えば、夏が近づき、「プール開き」という言葉を耳にすると――。
〈頭の中はプールのことでいっぱいになり、全身をこわばらせて思い詰めた。授業でプールに入るまで、あと何時間残されているのか、と一日中計算していたのである。入る日の朝は、必ず「雨乞い」をした〉
「水がいっぱいある」状態への潜在的恐怖があった少年は、その後、実際にプールでおぼれ、ますます水泳の時間が嫌いになります。毎回、海水パンツを忘れました、帽子を忘れました、今日は具合が悪くて(プールのことを考えると、本当に体調を崩したとか)、という言い訳を繰り返して、高校卒業までの12年を何とか乗り切ったそうです。
 大人になってしまえば、たとえカナヅチでも困ることはない。水場に近づきさえしなければ、おぼれる心配もない。高橋さんは、プールという恐怖から解放されたはずでした……。

 それから20数年。夏号から始まった新連載「泳ぐ人」には、大きなプールに入って、上級スイマーに抜かれながら、自信のない様子で水中を歩く高橋さんが登場します。あれほど近づきたくなかった場所へ、なぜ彼は足を踏み入れることになったのか? 経緯は本誌をお読みいただくとして、とりあえず今号から、カナヅチ作家の「泳げる人」を目指す日々が始まりました。
 今回は、物心ついた頃から泳げる人には決して理解できない、「泳げない」ということの本質について、ご自身の体験を基に考察しています。ユーモアたっぷりの文章の中に見え隠れする、作家の不安な気持ちもお見逃しなく。

 果たして、往年のプール嫌い少年は泳げるようになるのか? ご期待下さい。