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 過日、日本に帰っていたときのこと。南部イタリアの農家から頼まれて、日本の小麦粉事情について調べていた。面白そうなパン店特集の雑誌が目に止まり注文したものの、二、三日後に迫っていた出張出発までに配達が間に合うかどうか。版元へ急ぐ旨を知らせると、だいじょうぶ、届けます、との返事がすぐにきた。
 <ところで、同姓同名の人違いならばお許しを>
と追記で、いま編集部で読んでいる本の著者名と同じなのだが、とあった。件の本は私の書いたもので、その偶然にびっくり仰天。版元は、瀬戸内海をテーマにした雑誌を刊行している。小豆島で、オリーブ栽培が始まってからもう百年余。オリーブの果実やオイルの利用法について何か情報はないか、とイタリア関連の資料として拙著を手に取ってくれてのことだったのだろう。
 自分たちの書籍がお互いの参考資料となるのも、何か不思議な縁あってに違いない。 
 小麦粉がパンを、パンがオリーブを、オリーブが瀬戸内海を連れてきた。春の瀬戸内海へ行ってくることにした。

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 私は神戸で生まれ育ったのに、目の前の瀬戸内海も島々もゆっくり訪ねたことがなかった。海沿いを電車で行くときに、車窓から穏やかな海に浮かぶ島々、橋、船に見とれるばかり。山陽の海沿いに住む者にとって、瀬戸内海の眺めは自慢の借景だ。外周が百メートル以上の島が、727ある。そのうち人が住んでいる島だけでも、160あるという。
 どうせなら、と海から行く。三宮で電車を下りて、船に乗り換える。内海を行くというのに港で汽笛を耳にすると感傷的な気持ちになって、まるで遠洋へ出ていくような気分だ。潮の香を吸い込んで、出航。波は立たず、風もない。陸の騒音が消え、船のエンジン音が響く。港からしばらくの間、カモメが何十羽も船について飛んでいる。甲板のほうを時々見ながら船首まで行っては迂回し船尾へ戻り、再び追いかけてきて上空を旋回している。餌を待っているのだろう。オフシーズンの平日、昼下がりの便で、船内はのんびりしている。
 ゆっくり島々が近づいてきては、また遠ざかっていく。その間を縫って船は行く。
 「ギリシャに似ているでしょう」
 瀬戸内海出身の人が言っていたのを思い出す。
 そうだろうか。
 ここの島々は緑が深く、木々が海から生え出ているように見える。広大な森林のある別の世界が、海底にあるような印象だ。
 いっぽうギリシャの島々はたいてい石や岩だらけでゴツゴツと渇き、太陽はギリギリと強烈だ。ギリシャは雄々しく、瀬戸内海は悠々としている。ギリシャの海に出ると<さあ前へ>と気持ちが高まるが、瀬戸内海を行くとほっとする。

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 イタリアで手付かずの情報源を探すとき、電波や鉄道、道路が届きにくいところへ行くことが多い。行き先の多くが、島嶼部だったり山間部だったりする。島へ渡ると初めてのところでもひと息吐く気持ちになるのは、日本が島国だからだろうか。離島を超えて秘島と呼ばれる、船すら近づきにくい島も多い。それでも古代から船が立ち寄り、守る人がい続けるのは、そこに人を呼び寄せる何かがあるからだろう。それは水源だったり、豊かな漁場、鉱物や塩、神聖な気配だったりする。
 同じ島という範疇でありながら、暮らしてみるとシチリア島とサルデーニャ島、ヴェネツィアの干潟内の離島などの住人や暮らし方から受ける印象は、十島十様だ。古からの航路で島に何が運ばれてきたのかで、その後の歴史も住民の気質も大きく異なる。
 異教徒の通り道だったイタリア半島のなかでもとりわけシチリア島は、踏みしだかれるのに慣れている。踏まれた後にどう立て直すか、に長けている。難局を乗り越えてきた誇りは、島外者には唯我独尊と映ることも多い。シチリア島には温情家が多いが、島出身でない人には通じない直截な視線があり、熱い挨拶がある。
 サルデーニャ島は、フェニキア人の航海時代から重要な航路上にあったというのに、島民は海から離れて暮らしてきた。異物と混じらない。内陸には険しい山や原生林があり、荒野の広がる一帯もある。潜むように、群れずに暮らしてきた。人口は未だに少ない。簡単には妥協せず、頑固。付き合い初めは疲弊するが、いったん気が通じると堅牢な信頼関係は一生続く。
 ヴェネツィアの周辺の島々は、海でもなければ大地でもない干潟にあって、明日のことはわからないという刹那感に満ちている。島民たちは、外からの客人から瞬時に効率よく利益を得ることを考えて暮らしてきた。虎視眈々。どちらが先に沈むか、島内の空気は駆け引きに満ちている。カモメまで射抜くような目つきをしている。

 なだらかな丘陵地帯のような瀬戸内海を渡り、島々各様の暮らしを想像する。波風立たない内海にもきっと、外海に揉まれる島や泥に沈む島とは違った問題があり、処世術があるのだろう。
 そう思いながらオリーブ林を歩く。明るい日差しのもと、木は一様に華奢で素直に枝葉を伸ばしている。穏やかな瀬戸内海そのままだ、と感じ入りながらふと幹を見ると、苔なのか、天鵞絨(ビロード)を巻いたように緑色をしている。
 木々の間の、外気からは知れない湿り気を思う。

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