科学や技術は日々、進歩している。新製品は常に売り出され、商品はバージョンアップされ、私たちはメディアを通じてそれを知る。「便利」という言葉は、私たちの本能を弱電流で刺激し、消費へ向けて背中をそっと押す。こうして一国の経済は支えられていく。さて、それで今、私たちの生活はどうなっているのか。毎日どんな思いで生きているんだろう。
「便利」とはいったい何か、「便利さ」と私たちはどのように向き合うべきなのか――。科学と社会の関係について考え続けている理学博士、佐倉統さんが、人に会い、話を聞き、モノを見て綴る連載『「便利」は人間を不幸にするのですか?』。

 今号のタイトルは、「人の道具、道具の人」。主にロボット研究者の第一人者のお二人を取材した。一人は大阪大学教授で、ロボットによるサッカー大会《ロボカップ》を立ち上げた一人で、日本のロボット研究の牽引者ともいえる浅田稔さん。インタビューした阪大の広々とした研究室の片隅には、お掃除ロボットの「ルンバ」が鎮座していた。
 インタビューしたもう一人は、「Suica」の開発者として知られるインダストリアル・デザイナーの山中俊治さん。慶應湘南キャンパスにある山中さんの研究室の机の上には、「フラゲラ」と呼ばれる触手のようなロボットの一部が、なまめかしく回転しながら私たち取材陣を待ち受けていた。
 たっぷりと聞いたお二人の話は本誌を読んでいただくとして、ここでは、締めのところで佐倉さんも書いていたメルセデスの試乗について触れる。

 これを書いている担当編集者は、いってみればサンデードライバーで、運転は嫌いな方じゃない。しかし、最近ちょくちょくコマーシャルなどで目にする自動ブレーキングシステム付きのクルマを運転するのはこれが初めてだった。
 率直に、驚きました。ここまで、クルマのテクノロジーは進んでいるのかと。「マイカー」は2000年生産のクルマだが、わずか12年のちがいで、「我がクルマ」が縄文時代のそれに思えてしまった。
 一言でいえば、「クルマに運転させられている気分」だった。車間距離を維持してくれる装置をオンにして、クルマをスタートさせる。一定の車間距離以下に前方のクルマに近づくと、勝手にブレーキをかけてくれるのだ。佐倉さんも書いているが、「試しにブレーキをかけないでみてください。絶対に大丈夫ですから」とディーラーの人に助言されても、どうしてもこれまでの習性からブレーキペダルを踏んでしまう。でもこれって、高速道路で10キロ、20キロの渋滞なんて時は絶対に便利だと思った。ある自動車評論家が言っていたように、このシステムがすべてのクルマに常備されたら、交通事故件数と死者数は激減するのは間違いない。
 今回乗ったメルセデスには、左右からクルマが近づくと警告してくれるシステム、自分が進んでいるレーンからはずれたら知らせてくれるシステムも付いていた。
 そうしたシステムに寄りかかれば、自動車の運転ははるかに楽に、かつ安全になるのだが、一方で釈然としない気持ちも残った。
 それは――運転しているのはどっち? という感情だ。
 自動車が大量生産されるようになってから100年以上が経つ。「クルマは人間が動かすもの」から、「クルマはクルマが動かすもの」に変わりつつある汽水域に私たちがいることを改めて自覚した取材でもあった。