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 小学校は、週あたり二十二時間分の授業時間を振り分けて学ぶ。登校するのは、月曜日から金曜日まで。午後の授業が終わると、多くの子供たちが稽古事へ直行する。共働きの親が多い都市ともなると、複数の放課後の用事を抱えている子も多い。毎日、親が帰宅するまでの時間、家にいてべビーシッターや親戚に見てもらうのも手間と金銭がかかる。ゲームやテレビ漬けとなるのが関の山だ。それならば、「健康のためにもよいことを」と、たいていスポーツを習いに行く。イタリアに、塾はない。

 
 

 幼稚園から小学校、自治体によっては中学校までの登校下校には、児童一人ずつに保護者が付き添うことが義務付けられている。入学、進学と同時に、各家庭は誰が子供の送迎をするのか、その氏名と身元証明をあらかじめ学校に届けておかなければならない。朝、送っていき、校門で待つ担任教師や担当教師に対面で確認してもらう。そして午後、再び学校へ。共働きの家は祖父母が行く。親族に頼めない場合は、ベビーシッターが行く。ベビーシッターがいない家は、親どうしで助け合う。いずれの場合も、事前に届出を済ませてある人だけが関わる。
 朝と午後、校門前の歩道は、始業ベルが鳴るのを待つ大人と子供たちでおしくらまんじゅう状態だ。車道も二重三重の一時駐車で、大混乱。路面電車やバスの通り道だと、一般車も巻き込んでの渋滞となる。
 地区内からの通学なのに車での送迎が多いのは、親の出勤途中ということのほかに、子供たちの鞄が大変に重いからである。イタリアの小・中学生の鞄の中身は、欧州一の重さだという。音楽の授業のときには楽器が加わり、美術の絵の具や画板も持たなければならない日もある。体育の着替え。その上、放課後に行く稽古事用の鞄まで持ってくる子もいる。あまりの重さに、一時、児童の脊椎側湾症が問題になったほどだった。キャリーバッグは、古い町の石畳ではかえって不便である。結局、送迎する保護者たちが持つことになるが、大人ですら青息吐息である。

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 四月も半ばとなると、復活祭に四月二十五日のイタリア解放記念日、メーデーと続き、連休が明けると六月からの夏休みは目前だ。海に行く予定なのに、まだ泳ぎ方を知らない子も多い。イタリアの公立小・中学校にはプール施設がない。水泳の授業もない。運動場も猫の額ほどもあればいいほうだ。体育館は、走り回るにはひとクラスでせいいっぱい、か。イタリアといえばサッカー、というイメージがあるけれど、子供たちだけで自由に遊べる空間はほとんどない。子供たちは慢性の運動不足である。それで、自主的に放課後、スポーツを習いに行くのである。すべての家が月謝を払えるわけではない。そこで協力するのは、教会だ。広い中庭を使って、無料かごく廉価にスポーツ教室を開催している。指導するのは、資格を有する近隣の人たちのボランティアだったりする。 

 
 

 ところが、
 「サッカーなんて」
と、嫌がる親もいる。子供にどういう稽古事やスポーツを習わせるのかで、各家庭の社会階層や階級意識があからさまに出る。高級住宅街に住む親たちの多くは、子供の稽古事に乗馬、テニス、ラグビーを選ぶ。中には、ゴルフ、という小学生までいる。「プロポーションと立ち居振る舞いが良くなるから」という理由で、フェンシングもそういう親たちに人気の稽古事だ。女児は踊りたがるもの。創作ダンスは間口が広いが、クラッシックバレエとなると、その他とは一線を画すようなところがある。
 私が山奥の村に住んでいたとき、農業から食材製造へ転向して成功した家があった。十数名しかいない村の幼子たちは、放課後になると教会に集まってはボールを蹴ったり歌ったり踊ったりしていたのに、その家の子だけがわざわざ隣県の町まで通って、乗馬を習わされていた。
「稽古事は、サロンのようなものだから」
 送迎する親たちの体面のためにも、子供は馬に乗り、チュチュを着る。
 サッカーに大勢が熱狂するのは、下剋上だからである。