やれカラスに襲われただの、やれカエルを鳴かせただのと、いつもは裏山で八百万の生きとし生けるもの相手に下らない知恵比べをした話ばかり書いている私だが、私も一応は本職たる研究の業がある。今回は、前回の新種云々の話題にかこつけて、その本職に関する話を少しだけしようと思う。私はアリの巣に居候する昆虫、アリヅカコオロギというものを研究対象として扱っている。すなわち、これの分類や行動生態などをいろいろ調べているのだ。

 アリヅカコオロギ属(直翅目アリヅカコオロギ科)は世界に60種ほどが知られるコオロギの仲間で、日本にはそのうち10種ほどがいることにされている。いずれの種も、基本的に体長わずか3-4mmにしかならない。この小さなコオロギは、コオロギのくせに翅がなく鳴かない。彼らはアリの巣に勝手に入り込み、巣内の餌を盗み食いする居候として生きている。一方的にアリから奪うばかりで、アリに対して一切の見返りは施さない。つまり、アリにとっては百害あって一利のない害虫なのだが、アリはなぜかこの悪どい侵入者を巣外へ叩き出さない(というより叩き出せない)。実は、このコオロギはアリの社会に付け入り溶け込むための秘策を持っているのである。

 小さい頃、ビンに土を詰めた中に外から集めてきたアリを沢山いれ、巣を作らせた経験のある人は少なくないだろう。今や、書店の子供向けコーナーを覗けば一冊二冊は置いてある「虫の飼い方」の本を見ると、決まってアリの飼い方が載っている。その中に注意点として、「必ず同じ巣から採ったアリだけを入れましょう。違う巣から採ったアリを混ぜてはいけません」と書いてあるのをご存じだろうか。アリは体表面を覆う匂い成分を嗅ぎ分けることで、自分の巣の仲間とそうでないものとを厳しく区別している。この匂い成分の「組成」は種特有なもので、アリの種が違えば当然違うのだが、同種であっても違う巣の個体同士では匂い成分の「組成比」が違う。そのため、微妙に体の匂いが違うことになり、互いに敵同士と見なして殺し合いを始めてしまう。何も考えずに外からアリをテキトーに沢山集めて入れ物の中にぶち込み、しばらく経ってから「そろそろみんなで仲良く巣作り始めたかな?」と覗き込んだら、全員八つ裂き共倒れになっていたなどという惨事になりかねないのだ。人間の感覚だと、同じ種ならば仲良くやりゃいいのにと思うが、彼らにとって同種かつ異なる巣のメンバー達は、同じ餌を奪い合うライバルとなるため、排除対象なのである。
 こんな風に、同種間でさえ時に殺し合うほど血の気が多い連中の只中に、アリヅカコオロギなどというアリですらない生物が共存できる理由。それは、化学的にアリのふりをしているからである。

 アリヅカコオロギは、まるでゴキブリのようにすばしっこくアリの巣内を駆け回り、その過程で手近なアリの体に一瞬触ってすぐ逃げる行為を繰り返す。これにより、アリが自分の巣仲間を認識するのに使っている体表の匂い成分をはぎ取り、自分の体表に吸着させるのだ。アリとは異なり、アリヅカコオロギの体表には本来自分自身の匂い成分がほとんどないため、匂いだらけのアリの体に触るだけで簡単にアリの匂いが移り、体に染みついてしまうらしい。外見ではなく匂いで仲間を認識するアリは、自分たちと同じ匂いを持っているというだけの理由で、自分たちとは似ても似つかない外見のコオロギを仲間と勘違いして巣に置いてしまうわけである。まさに、身分証の偽造だ。これをいいことに、アリヅカコオロギはアリの巣内を我が物顔でのし歩き、餌を盗み食いしたりアリの卵を食い荒らすなど悪の限りを尽くす。アリは攻撃的な虫だが、ひとたびその懐に入って取り入ってしまえば、逆にこの上なく使い勝手の良い用心棒と化すのだ。餌と安全が保証され、年間を通じて温度も一定な地中のアリの巣に住むアリヅカコオロギは、ほぼ一年中活動し、繁殖もしているらしい。
 イソップ童話の「アリとキリギリス(子供向けに毒を抜かれていないオリジナル版)」では、夏の間遊びほうけていたキリギリスは冬に飢えて、アリの巣に物乞いに行くも冷たく追い出されてしまう。しかし、アリヅカコオロギはアリの巣に強引に押し入った上、冬でもアリの巣内で遊びほうけることができるのだ。

アマネアリヅカコオロギ。東南アジアに広域分布する種で、あらゆる分類群のアリの巣に寄生できる。しかし、どの種のアリとも親密にはなれない。
 


 こういう話をすると、一体どれだけこのアリヅカコオロギという奴は悪どい手段で楽して暮らしているのか、と知らない人は憤るかも知れない。しかし、実のところ彼らも彼らなりに苦労して生きている。アリに一度二度触った程度では、アリに仲間と偽れるほどの量の匂い成分は奪い取れず、一週間くらいかけて何十回、何百回もアリに近づいて触る必要があるのだ。まだアリの匂いが薄い状態で不用意に近づくと、アリに不審者と感づかれて捕まる恐れもある。十分な量の匂い成分を身にまとうことができた後も、アフターケアが不可欠だ。匂いの「偽造身分証」は、そのまま何もせず放っておくと数日でコオロギの体表からすべて揮発し、文字通り化けの皮が剥がれてしまう。だから、彼らは剥がれ行くメッキを塗り重ねるが如く、生きている限り永遠にアリから匂いを奪い取り続けねばならない宿命にあるわけである。
​ さらに、アリヅカコオロギは一生涯アリの巣から出ない訳ではない。繁殖相手を求めて、主に夜間アリの巣から脱出し、外を出歩く。そして、近隣の別のアリの巣に寄生し直すのである。前まで住んでいたのとは異なる種のアリの巣、あるいは同種でも別コロニーのアリの巣に入った場合、当然ながら今までの「偽造身分証」は通用せず、アリ共からの激しい攻撃に晒される。だから、その攻撃を必死でかわしつつ、またそこで一から「偽造身分証」を作り直さねばならないのである。
​ こうした過程で、うまく順応できずにアリに殺されるものも少なくはないと思う。居候とはいえ、決して楽には生きていない。
 そんなアリヅカコオロギだが、彼らはアフリカ大陸と南米大陸を除く、ほぼ世界中に広域分布している。翅もなくて空を飛べるわけでもないのに、こんな不器用な生き方でよくそこまで世界を征服できたものだと思う。

​ 世界中どこのアリの巣をほじくり返しても見つかるアリヅカコオロギは、それ故に古くから昆虫学者たち(の中でも奇特な人々)の目に留まってきたらしい。これまで、日本を含め各国の様々な学者がこの虫を新種記載しており、最終的に現段階で60種程度にまでなっているわけである。しかし、このアリヅカコオロギという虫は分類がとても難しい。理由はいくつかある。まず、どの種も外見が似たり寄ったりであること。体が大きくて目立つ模様を持つチョウなどとは勝手が異なり、ぱっと見では区別できない。だから、ぱっと見ではなくよく見なければわからない体の部位の形態(後脚に生えるトゲの数など)を見ることになるのだが、これもまた一筋縄ではいかない。なぜなら、彼らの体の形態的特徴には個体差が見られ、その差というのが同種内に見られるばらつきの範囲内 (人間に例えれば、同じ人間でも一人ひとり顔つきが違う、というような程度の違い) なのか、種が異なる故の違いなのかを判断しがたいのだ。例えば、これまでアリヅカコオロギの分類を行う基準として使われてきた後脚のトゲの数だが、実のところこれは明らかに同種と見なせる個体間であっても本数がしばしば違う。ひどいのになると、同じ個体の左右の脚でさえ違ったりする(!)。そのため、近年ではそれ以外のさまざまな特徴を総合的に考慮して分類する方法が提唱されている。そうした新しい基準に則り、これまでのアリヅカコオロギの分類体系の見直しを進めていくのが、私の飯のタネなのである。

​ きちんと分類するためには、これまで新種記載に使われてきた各種アリヅカコオロギ類のタイプ標本を見る必要がある。前回も話した内容とかぶるが、こんなたかだか米粒ほどもないような虫ケラだって、もとを辿れば新種だったわけで、その記載時に作られたタイプ標本がしっかり残されているのだ。ただ例によって、それら標本の大半は海外に散らばっているため、私はこれまでに何度か国内外の博物館を訪れたり、あるいはそのキュレーターに連絡してタイプ標本を送って貰ったり、ということをしてきた。その中でも特に印象に残ったのは、2014年に行ったフランス・パリの自然史博物館である。ここには、これまで新種記載されたアリヅカコオロギのうちかなりの種のタイプ標本が保管されているため、一回行くだけで一気に標本閲覧数を稼げるわけだ。しかし、その道は順風満帆という訳ではなかった。何せ、私にとってこの時が人生初のヨーロッパ上陸だったのだ。しかも、さほど語学が堪能でもないのに一人で行かねばならない羽目になってしまった。前情報として、パリでは近年アフリカからの貧しい移民が多く入ってきている関係で、治安が相当悪化しているという話を耳にしていた。ネットで調べると、白昼路上で当たり前にスリや強盗が横行しているらしい。運悪く巻き込まれて流血沙汰の悲惨な状況に陥った旅行者のブログその他を見て、行く前から既に陰鬱な気分になってしまったものだった。
 それまでさんざん行き倒した、東南アジア各地のジャングルだってそれなりに危険なのだが、それよりもおっかなそうな場所に思えてきた。テレビや本などで「花のパリ」などと言われていたかの地が、今やそこまで危険極まる世紀末犯罪都市に変貌していたとは。たかだか小虫の干からびた死骸を見に行くために、なぜこんなに命を懸ける必要があるのか、と思わなくもなかったが、そういう研究なので仕方ない。

​ 初めてのヨーロッパ上陸は、チェコ周りでフランスに入った。チェコには沢山の好蟻性生物が住む、よい草原や森が沢山あり、そこでアリヅカコオロギを採集してからパリの魔窟へと入ったのだ。のどかで平和で静かな、終始ゆるーい雰囲気だったチェコから一転、パリの空港に飛んで一歩外へ出た途端、空気が明らかに負の方向に変わった。

パリのホテルの窓から見た景色。夕方なので、人通りがすでにまばら。


​ 私は空港から数キロ離れた博物館そばにあるホテルに3日ほど泊まり、日中は毎日そこから博物館に行って標本の観察をすることになっていた。とても一人でバスや地下鉄に乗ったり、ましてその辺の流しのタクシーを拾って空港からホテルまで行く気にはなれず、私はあらかじめ雇っていた信頼できる用心棒兼タクシーを呼び、遠方への移動は基本的にこれに頼って行動した。おかげで、道中生命の危険にさらされることはなかった。また、日中に限りヘタな場所に近寄らなければ、街中を安全に歩けることも次第にわかってきた。だが、それでも夕方までには博物館での作業を終えて、寄り道せずダッシュでホテルに逃げ帰った。日没後、それまで賑わっていた表の通りから突如として通行人が消えるのである。一人残らずだ。ホテルの部屋のカーテンをうっすら開けて外を覗くと、薄闇の中、まるでゴーストタウンのような街の景色が広がっていた。この時間に外へ出たら「狩られる」ということを、この街の全員が知っている何よりの証左だ。
 夜中は、時折明らかに表の世界の住人ではない雰囲気のゴロツキが数人たむろし、それが大声でわめき散らしたり道端のゴミ箱を蹴っ飛ばす様を、部屋の電気を消したうえでカーテンの隙間からそっと観察して過ごした。もちろん、夕食は明るいうちにその辺のスーパーで買い込んだ粗末なパンのみ。フランス料理など一口だに味わう機会はなかった。
 そして陰鬱な夜が明ければ、私は博物館へとまた向かう。あの、防腐剤の臭気に満ちた部屋の片隅で、コオロギの干物が私を待っているのであった。

つづく