遠いむかし、二本の足で歩いたときから私たちヒトの歴史ははじまりました。はるかな道のりを移動して未知のものに出会い、身体をつかって考える。文学も芸術も、信仰、思想、科学、歴史まで多くのものがそこから生まれてきました。そして、「歩くこと」によってのみ、見つかる自分、見えてくる世界もあります。それを見つけに、3人の書き手の方々がこの夏、思い思いの地を歩きました。

関川夏央「明治十一年、イザベラ・ルーシー・バード、東北への旅」
作家の関川夏央さんにとって、19世紀イギリスの冒険的紀行作家イザベラ・バードの『日本奥地紀行』は、自身の著書(『本よみの虫干し』『汽車旅放浪記』ほか)でもしばしばとりあげておいでの愛読書です。バードの旅程をなるべく忠実にたどってみたい、ということで自ら2万5千分の1地勢図を何枚も広げ、ちょうど新版が刊行された『日本奥地紀行』(金坂清則による完訳版、東洋文庫)と首っ引きで、130年前の旅程を再現してくださいました。今回は、会津田島から大内宿、津川と向かい新潟に宿泊、新新発田、中条、小国、羽前小松、赤湯というコースを踏破することに。
「私たちも夏の一日、彼女の通過した道をたどった。観光客であふれた大内宿を北に抜けると、人も車も嘘のように消えた。湖から県道を左にそれる。……未舗装のうらさびしい道の脇に『イザベラ・バードの道』としるされた木標を見つけたときは驚いた。……
 会津盆地の広がりは、山と山道に慣れた目には新鮮だった。それは、日光を出発以来六日目に平地に到達したバードとおなじ感想である。」
2012年の関川さんは自動車ですが、バード一行は人力車と馬、ときに徒歩。いかに過酷な旅であったかが偲ばれると同時に、ひ弱な中年の英国女性を辺境の地へと駆り立てた情熱に圧倒されます。

安田登「日本の神々はよく歩く」

「日本の神話の嬉しいところは、神話の土地を自分の足で歩けることだ。……日本の神々はよく歩く。スサノオしかり、大国主しかり。歩くという行為自体が神の業なのである。」
読んでいると快感すらおぼえるリズミカルな名文は、能楽師独特の身体感覚と膨大なる古典の素養をあわせ持つ安田登さんによるもの。
まずは島根県出雲、稲佐の浜から出雲大社までのおよそ2キロの道、通称「神迎の道」を、雨風に打たれながら、神々とともに歩きだします。その行列の途中で感じた疑問から、ヤマタノオロチ神話の舞台、奥出雲へ。斐伊川の流れを辿っていくと、気をそそる地名「鬼の舌震」から連想は大国主へとつながっていき……。
古事記から万葉集、出雲国風土記まで。古典の宝庫のような土地・出雲を歩くための、最高のガイドとなりました。もっと読みたい、一緒に歩きたいと思うこと請け合いの魅力的なルポルタージュです。

斎藤潤「島の道をつぶさに辿る」

日本をとりまく有人島をほとんどすべて踏破した島紀行作家の斎藤潤さん。島の醍醐味はその小ささにこそある、とおっしゃっています。
「一回目は自分の目で観察しつつ島人と知り合い、次は島人とともに歩き直す。……都市化という名の均一化によって奪われた多様性が、まだ島では守られている。それが、日本の文化や自然の豊かさにどれほど貢献していることか。島をていねいに歩いてみるとよく分かる。」
隔絶されているがゆえに、風習や言葉、植物や動物、食文化などが残り、過ぎし日本の面影を呼び起こしてくれる。そんな、とっておきの島の歩き方を教えてくださいました。

「歩くこと」から広がるゆたかな世界。歩き方のヒントがいっぱいつまっていることでしょう。