次男との関係がぎくしゃくしはじめたのがいつ頃だったか、はっきりとした記憶はない。ただ、去年の年末にはすでに、知り合いの何人かに事情を打ち明け、相談していたことから、随分長い間、私と次男の間で行き違いはあったのだと思う。10年以上子供を育ててきてはじめて、次男が何を考えているのか、何が起きているのか、理解できない状況に陥った。

 四年生になってから、少しずつ、「どうせ俺なんてダメだから」という後ろ向きな発言が目立つようになっていた。あれだけ饒舌で、明るくて、活発だった次男が外に出て遊ぶことが少なくなった。かといって部屋で本を読むでも、テレビを見るでも、ゲームをするでもなく、ただ漫然と布団に潜り込む。ランドセルの中はこれ以上ないほど乱雑に物が詰め込まれ、筆箱の中の鉛筆の芯は折れていることが多くなった。それを注意すると、憮然とした表情をして私の顔を見ようともしない10歳の息子に、手を焼く機会ばかりが増えていった。

 

 はっきりと何かがおかしいと気づいたのは、音読の宿題につきあった時だった。学校の様子を微に入り細に入り私に報告するほど語彙の多い次男が、音読になると途端に声が小さくなり、正確に読むことができなくなる。瞬きを繰り返し、体を揺らしながら必死に読む姿に驚いた。当然といえば当然なのだけれど、漢字テストの点数は芳しくなく、本人もはっきりと、国語が苦手だと認識するようになっていた。

 その時点でも私は、読む量を増やしたり、もっとシンプルな教材で練習を積めば、克服できることだと思っていた。週末になると次男を連れ出して、本屋に向かった。以前であれば、私と本を選ぶことがなにより好きだった次男が、何を見ても興味を示さない。大好きなゲームの攻略本も、手に取るだけで欲しいとは言わない。マンガもだめ、雑誌もダメ。もう、お手上げだった。今まで10年間積み重ねてきたものが、足元から崩れだしたような不安を感じる日々だった。

 そんな手詰まりの時期に学期末を迎え、次男の担任の先生との面談があった。担任の先生から聞いた次男の状況は、私が想像していたより深刻で、面談が終わり自宅に戻ってしばらく考え、市の発達相談センターに電話を入れた。解決の糸口が見つかるかもしれないと、必死の思いだった。

 次男はいくつかのテストを受けた。その結果をもとに、次男を担当してくれる作業療法士の女性と会うことになった。とても明るく、楽しい方で、緊張気味の次男の心を見事に解きほぐしてくれた。次男をイスに座らせ、身体のバランスを見つつ、「ちょっと、すごい筋肉やんか。え、スポーツしてへんの!? もったいないなあ、よし、これから高校野球目指そう!」とか、「どんなテレビ見てるの?」と話しかけた。次男は、その明るい雰囲気につられて微笑みだし、どんな質問にも正直に答えるようになっていた。

 「ねえ、黒板、見えてる?」と聞かれた時だ。次男は「全然見えない」と、小さな声で答えた。横で聞いていた私は、頭をガーン!と殴られたような衝撃を受けた。「教科書、見えにくいとこない?」と聞かれた次男は、「うん、見えへんところがある」と答えた。ちょっと待って、学校で受けた視力検査の結果はどうだった? 確かあまりよくなかったから眼科に行って検査したはず。そうそう、検査して、まだメガネは必要じゃないと言われたよね。でもあれっていつの話だったっけ…… 猛烈に焦る私に、作業療法士さんは「お母さん、もしかしたら息子さん、黒板が見えてないし、見えにくい部分があるのかもしれないですよ。それに形の認識も苦手かもしれないですね」と言った。

 頭が真っ白だった。私は今まで何をやっていたのだろう。目の前にいる息子の何を見てきたのだろう。焦った私は、まったく最低なことに、次男に対してこう口にしたのだ。

「言ってくれればよかったのに」 

 すると、次男はまっすぐ私を見返し、「何度か言ったはずや」と、冷静に答えた。

 その場に流れたその時の雰囲気は、一生忘れることができないだろう。作業療法士の女性が「お母さん、子育てしてたらそんなことありますよ」と慰めの言葉をかけてくれたおかげで若干救われたものの、久しぶりにフラフラになるほどの衝撃を受けた。

 「今までしんどかったな。本当に、よくがんばったな」と声をかけてもらい、次男はとてもうれしそうだった。面接が終わり、発達相談センターのロビーに出ると、次男は力一杯走り回った。あんな次男を見たのははじめてだった。「何か憑きものでも落ちたような感じですかね……」と言う私に、作業療法士の女性はプッと笑っていた。

 市内を走る、帰りの路面電車のなかで、この機会を逃したら一生後悔すると思い、「今まで気づくことができなくてごめんね」と次男に謝った。「かまへんよ」と、次男は答えた。

 「今からデパ地下寄って、おいしいものでも買って帰る? 買い物してから映画でも観ようか?」
「どうせ買うのはワインやろ! 映画はアカンよ、みんなが家で待ってるし」

 こんな会話をしながら買い物を楽しみ、家路についた。荷物はすべて次男が持ってくれた。

 翌日、眼科で診察を受け、眼鏡を作った。さっそく眼鏡をかけた次男は、「こんなに世界がきれいだとは思ってもみなかった」と言った。ぐさりと胸に刺さる言葉だったが、それでも、見えにくい世界から次男は出ることができたと思うと、私もうれしかった。

 最近の次男はとても前向きで、昔のような明るさを取り戻しつつある。漢字のテストも、悪くない。今は坂本龍馬の伝記に夢中だ。これから先も、過去四年間で取り残してきてしまったものを少しずつ積み上げる作業が続く。いつか、苦手を克服できる日が来ることを願っている。あきらめずに伴走しようと思う。

 私自身は、専門家の意見を聞くことで、膠着した状況も劇的に動くことがあると学んだ。次男だけでなく、私も救われたのだと感謝している。