気になっていた広大な風景

 数年前、ある取材で栃木県の足尾銅山を訪れた。そのとき見たある風景が今も印象に残っている。
 銅山はすでに閉山し、現在の足尾の町は渡良瀬川の源流である松木川に沿ってあまり人気のない集落が続いている。製錬所跡の大きな煙突を過ぎると比較的大きな堰堤があり、その手前が親水公園だった。川はここから3つに分かれてさらに上流へ続くのだが、そこから先は工事専用道路ということで一般車両は通行止めになっていた。
 その通行止めの先の景色が、妙に広大だったのである。
 それまで足尾銅山の廃墟を眺めながら狭い渓谷をやってきたので、その唐突な広さに意表を突かれたのかもしれない。実に開放的に見えた。
 むしろ開放的過ぎるようにも思われた。こんな奥地にあるのにあまりに広々として、まるで日本じゃないようなのだ。こういう景色はヒマラヤとかアンデスの山中にあるべきだった。
 違和感の原因はすぐにわかった。
 緑が少ないのである。
 禿山とまではいかないが、山に木がほとんど生えていない。
 堰堤のすぐ上は湿地のようになっていて、もともと明るく開けた土地なのだが、周囲に木がないとなるとますます広く感じられる。
 私は本当に、何度か旅行したことのあるヒマラヤの山間の風景を思い出していた。ヒマラヤだって木は生えているが、標高が高くなると木々は小さくまばらになって土の地面が目立つようになる。その景色にとてもよく似ていたのだ。
 なんと雄大な風景だろう。
 東京の近くにもこんな大きな風景があるのだ。
 私は考えた。
 この渓谷をどこまでも進んでいくといったい何があるんだろう。
 奥には知られざる神秘の王国があって、中世から変わらぬ暮らしを続けている……なんてことはないと思うが、何か日本離れした世界があるのではないか。
 この先に行ってみたい!
 しかし一般車両は通行止めだ。
 残念すぎる。
 今すぐにでもゲートを破って進入し、その景色のなかをドライブしたかった。
 とはいえダメなものはダメだから、そのときはあきらめて帰ってきたのだった。
 
 帰宅後、やはり気になってあの先がどうなっているのか調べてみた。
 地図上では、あれ以上遡っても町や村はないようだった。3つに分かれた川のうち一番左と中央の川は、西の()(かい)(さん)方面へ続き、一番右は北上して日光中禅寺湖の南の山稜にぶつかっていた。この一帯は日光の裏手にあたるのだ。
 ただうれしいことに、車両は入れなくても、徒歩だと入れることが判明した。中央の松木渓谷は工事車両用の道が並走していて、それを歩いていけるらしい。ちょっとハイキングコースとして紹介されていた。奥には松木ジャンダルムと呼ばれる岩峰があるようだ。ジャンダルムとは登山用語で頂上へ向かう途中に立ちはだかる岩峰のこと。ロッククライミングの穴場でもあるとのことだった。
 んんん、見てみたいぞ松木ジャンダルム。
 そんなわけで今回はその松木渓谷に行こうと思う。あの荒涼とした風景には東京近郊とは思えないスペクタクルが感じられる。

スペクタクル足尾銅山

 平地ではとっくに桜も散った4月の終わり、山の雪解けを待って、われわれスペクタクルさんぽ隊は宇都宮駅に集合した。 
 今回はどういうわけか同行者が4人。かつてない大所帯である。いつものシラカワ、スガノ両氏のほか、たまにやってくるニシ氏、そして若手のイケメン編集者ムラカミ氏が新たに登場した。
 ムラカミ氏は私とふたまわりも違う平成生まれで、息子といってもいいような年齢だ。ニシ氏は相変わらずのバカンス風ファッションで、この取材を有給休暇のようなものとして認識している様子がうかがえる。それでみんなでお弁当を買ったりすると、全体として親戚旅行のような雰囲気が漂った。
 レンタカーに乗って出発。
 日光方面に向かう道を途中で南へ折れ、山中へ入っていく。日光方面は混雑していたが、足尾方面は空いていた。天気は快晴。まさにハイキング日和である。
 車中で、初登場のムラカミ氏が学生時代サークルで歩きまくっていたという話を聞く。ウォーキングのサークルといえば聞こえはいいが、なんでも男ばかりのサークルで、集団で学ランを着て歩いていたというから、どうも尋常なサークルではなさそうであった。
 1日の平均行軍距離40キロ、食費は100円以内と決まっていたといい、それで沖縄一周とか、九州縦断とかやっていたらしい。しかもとくに風光明媚なハイキングコースを歩くわけでもなく、ひたすら国道に沿って歩くだけだというから、いったい何が楽しいのか、さっぱり得体が知れないというか意味不明というか、端的にいってアホの集団と思われ、実に人間の本分をまっとうした高邁なサークルであると感心した。意味のないことに情熱を注いでこそ人間である。
 人は大人になるとおおむね意味ありげに生きるようになり、そのせいで無理が高じてどんどん不自由になってしまうから、ムラカミ氏にはぜひこのまままっすぐ正体不明に進化していってほしいと思う。
 昔話に聞き入っているうちに、気がつけば車は足尾の町に入っていた。
 平野部ではもう青葉に変わった桜が満開になっている。穏やかなちょうどいい日に来たものだった。

 足尾銅山は、明治20年頃には日本の国産銅の4割を産出していたそうである。この町も一時はガソリンで走る小さな路面電車が敷設されるほど活況を呈したが、採掘に伴って流出した重金属による渡良瀬川の汚染や、製錬所から出る亜硫酸ガスが社会問題となり、その後は公害の町としてのイメージが定着したのは有名な話だ。
 昭和48年に銅山が閉山してからは人口も減り、今はすっかり寂れた風情である。
 建ち並ぶ古い住宅の間を縫い、松木川に沿って北上していくと、すぐに見覚えのある製錬所跡の煙突が見えてきた。

製錬所跡の煙突。


 (あかがね)親水公園の駐車場に車を停め、公園内にある足尾環境学習センターでパンフレットをもらう。ちょうど松木渓谷のさんぽマップも載っていた。
 前回引き返した車止めのゲートのそばに立って上流を眺めると、やはり景色が広大だった。

手前には緑が見られるが、写真右手奥のほうでは岩肌が露出しているのがわかる。


 緑が少ないのは、もとからこうだったわけではなく、実はこれも銅山が原因である。銅山で使う薪をとるために大量の木々が伐採されたうえ、亜硫酸ガスによって残った木も枯れてしまい、その結果大地が保水力を失って表土が流れ、新しい木も育ちにくくなったのだ。
 今は渓谷沿いに緑化事業が進められているそうだが、取材時に聞いた話では、もとどおりになるには最低でも100年はかかるとのことだった。
 壮大な話である。
 ただ、勝手ながら観光客の立場で言わせてもらうと、このまま緑化されなくても十分いい景色だ。
 もちろん木がないと表土が流出し土石流が発生したりするから緑化は必要だと思うけれども、単に見た目だけで考えると、山が緑に覆われればわりとどこにでもありそうな風景に戻るわけで、むしろこの珍しい眺めのままのほうが見応えがある気がする。
 実は以前銅山を取材したときに、足尾は観光地としてのポテンシャルがとても高い場所だと確信したのだった。現在の足尾は観光で活性化できているとは言い難い状況だが、知れば知るほど他所にはないトピックがあるのである。
 観光の中心はもちろん銅山で、鉱山観光というだけでは全国にあるからとくに珍しくもないけれど、足尾は鉱毒事件の現場でありダークツーリズムの拠点としてのポテンシャルがある。それだけではなく、一般には開放していない緑青で輝く美しい洞窟や、東京ドームがすっぽり入る巨大穴があるというから興奮した。
 また町には明治時代の迎賓館や、鉱山住宅と呼ばれる長屋も残っているし、美しい渓谷に沿って走るわたらせ渓谷鉄道でアプローチできることや、かつて走っていたガソリンカー(路面電車)を復活させればそれだけでも面白そうだし、もっというと当時は鉄索といって資材運搬用のロープウェイが山向こうの群馬県まで通じていて、銅山の作業員が勝手にそれに乗って町に出たりしていたというから、それもリフトみたいにして再現すれば、乗物ファンにもウケると思うのである。
 で、そうやってアトラクションを増やしたうえで、その上流に広大で日本離れした自然が広がっているとなれば、全体として唯一無二のスポットになれそうな気がするではないか。日本の鉱山観光地でそんなにいろいろある場所は他所にない。
 こうして書いているだけでなんだか面白そうだ。今すぐにでも東京ドームがすっぽり入る巨大穴に入ってみたいし、リフトで山を越えてみたい。

森の番人ジャンダルム

 だがまあ、とりあえず夢想は置いておき、今回目指すのは足尾銅山ではない上流の松木渓谷である。
 車止めのゲートをくぐり、もらった地図にしたがって歩きはじめた。鉄板を敷いた橋があり、渡りながら川面を見下ろせば透明な水が爽やかである。

 
川原にはキジがいた。


 3つに分かれた川のうちのまんなかが松木川で、地図にはその出会い部分に星空観測のマークが描かれていた。なるほど人家もなく空の広いこの堰堤上の湿地は星を見るのによさそうだ。
 道路沿いには、小学生の手で植林されたダケカンバやヤマボウシ、サンシュユなどの若木があって、一本ごとにぐるっと柵がめぐらされ、動物による食害から守られていた。一帯には鹿が生息し、まれに天然記念物のニホンカモシカも現れるのだそうだ。そのほか、ツキノワグマやオオワシ、イヌワシ、オジロワシなどもいるというので、ワシはいいけど熊には出会いたくないものであった。
 上流に稼動中の小さなプラント施設が見え、そこへ向かって歩いていった。このあたりはまれにダンプも通り、風景もやや埃っぽい。右手の斜面の一部が不自然に黒くなっているのが見える。もらった地図にカラミ堆積場とあって、そこは銅を製錬する際にでた不純物が捨てられているのだった。

突然、右手斜面が真っ黒なアスファルトを敷いたかのように見えて驚く。
この黒い斜面の正体は「カラミ」。銅を製錬するときに出る不純物で、サラサラした砂のように見える。


 そしてプラントとカラミ堆積場を過ぎたあたりから、風景がまた変わってきた。左の山手に荒々しい岩峰が見えはじめたのだ。
 その荒々しい斜面の下に建物の廃墟みたいなものも見える。3階建てのコンクリートの建物で、大きな窓が黒々と口のように開いて、なんだかわからなかったが勝手に中世の城のつもりで眺めた。
 だんだんスペクタクルになってきた気がする。
 緑薄い山肌もどこか別世界じみていた。ヒマラヤというよりSF映画で見るよその惑星みたいだ。
 なんでもこのあたりには、かつて村があったそうだ。
 松木村と呼ばれ、亜硫酸ガスによる被害や山林の乱伐、そして大火によって住民が減って、明治35年に廃村となったという。今では建物はなくなって、ところどころ古い石垣や墓碑などが残っているだけだ。

古い墓の前には花を手向けるための筒が置かれている。


 銅山の煙害がひどいので、明治30年に製錬所に脱硫塔をつくったら、もっとひどくなってしまったというのである。脱硫塔といっても、ただ高い煙突を立てて有害物質を拡散させるだけのいい加減なものだったらしい。おかげで製錬所周辺はよくなったが、周囲の村はむしろ亜硫酸ガスが余計にやってくるようになったというから笑えない。
「ここに村があったかと思うと、ちょっと不気味です」
 シラカワ氏が言った。
 今は明るい斜面であるだけに、かえって廃村に追い込まれたときの状況が重苦しく想像されるのかもしれない。
 だが、私の頭に浮かんでいたのは、それとは別のことだった。
 西部劇だ。
 なんとなくそこは、日本の廃村というより西部劇に出てくる山賊に襲われた村跡といった風情だったのだ。なんだかメキシコのソンブレロが似合いそうな景色といえばわかってもらえるだろうか。
 その先で、左手の岩山の上流にいっそうゴツゴツと盛り上がる岩峰が見えてきた。
 ──ジャンダルム。

西部劇に出てきそう……?


 岩峰はそこまでの土のついた斜面と違って、完全な岩の塊だった。斜面に腰を下ろし対岸を見守る巨人のようだ。実際、森の番人と呼ばれているらしい。
 即座に思い出したのが、映画「ネバーエンディング・ストーリー」に出てきた岩の巨人である。あれは何という名前だったか。とにかく岩がただ岩でなく、意志を持っているかのように見えた。
 たぶんこの岩峰だけみれば全国に同じようなものはあるのかもしれない。ただそれが無骨な山肌から立ち上がっているところに、日本らしからぬ雰囲気がある。
 ようやくたどりついた。ここが今回の目的地だ。
 といっても歩きはじめて1時間しかたっていないが、私としては以前銅親水公園で広大な景色を見てからだから、ずいぶん待ったのである。

神秘の王国への道

 ちょうどその森の番人の向かい、前方右手に斜面が崩壊しているところがあった。マップではそこに×印があり、この先は行けないようだ。落石が危険と警告があったが、そこらじゅうに大きな岩がごろごろしていて言われなくても危険だとわかる。ガードレールがあって落石でボコボコになっていた。
 ガードレールは崩壊した斜面の向こうへと続いている。
 なんだか奇妙な風景だった。
「ここ変じゃないですか」
 シラカワ氏も同じことを感じたようだ。
「ガードレールのところまで道路が通じてません」
 そうなのである。崩壊した斜面の手前に道路の痕跡がないのだ。道路はこっち側ではなく、斜面の向こう側に通じていた。
 あべこべじゃないだろうか。
 ここまで道路があったのに、ここから先は崩落で通れなくなってるというのが一般的な展開だと思う。それなのに道路はこっち側ではなく向こう側に続いていて、崩壊のせいでこっちに来られないようになっている。そしてこちら側にはガードレールのところまで通じる道路がない。
 これではまるで山奥のほうに文明があり、こっちが未開の地みたいではないか。
「なんであっち側だけ道路があるんでしょうか。あの道路はどこから来たんでしょうか」
 この先には村もなく、道路は皇海山の麓にうやむやに消えていくはずなのだが、目の前の風景は逆にこの先にこそ人の住む世界があるように見えた。
 ひょっとして現代社会と隔絶された知られざる王国があって、そこには中世の時代から掟を守ってひっそりと暮らす幻の民が……。
 見にいきたいが、この先は銅親水公園の一般車両通行禁止とちがい、正真正銘の通行禁止だ。行けば5%ぐらいの確率で落石に直撃されるだろう。そこらじゅうの石が転げ落ちる気まんまんな雰囲気であった。
 そうしてみると、まさしくジャンダルムがこの先にある神秘の王国の番人であるかのようにも思えてきた。岩を落として侵入者を防いでいるのだ。
「番人感ありますね」
 ムラカミ氏が言った。

番人感を感じて頂けるだろうか。


 まさに立ちはだかってるとしか言いようがない。
 川の左手、ジャンダルムのさらに上流には、ますます高い山がそびえているのが見えた。その山肌も灰色で、まだ春先だから木々が目立たないのか、それともそこも表土流出して木々が根付いていないのかは私の目ではわからない。
 できればもっと近寄って、あるいはそこまで登ってどんな感じか味わってみたい。ジャンダルムはロッククライミングでも使われるから、それを登って進むことはできるかもしれない。だが、あくまで今回は散歩であって冒険ではないので、そこまでするには準備が足りなかった。
 スペクタクルの核心部がきっとこの先にあるのだろう。たぶんこんなふうになっていると思うので、いつか行ってみたい。


 ほんの1時間程度歩いただけだが、別世界に紛れ込んだというのは大袈裟にしても、別世界の入口まで来たというか、珍しい感じの道であった。
 われわれはその後岩が落ちてくる心配のない松木村跡に戻って、みんなでお弁当を食べ、また景色を見ながらぶらぶら歩いて帰ってきた。
 帰宅後に、グーグルアースで松木ジャンダルムの上流をめいっぱい拡大してみたが、そこに知られざる王国のようなものは映っていなかった。森の番人によって巧妙に隠されているにちがいない。

(撮影・菅野健児)

※お出かけの際は、各自で現地の最新情報や必要な装備を十分にお調べの上、ご準備ください。