筆者の子供のころ、コンピュータはまだ生活に縁の遠い存在であった。パソコンも家庭用ゲーム機もまだなく、コンピュータはどこか巨大企業や研究機関で使われている巨大な機械というイメージでしかなかった。

 しかし2014年生まれの筆者の娘は、言葉を覚える前にスマートフォンのロックを解除し、アプリを立ち上げて遊ぶ方法を覚えてしまった。たった一世代の間に、コンピュータは深く生活の中に入り込み、ごく当たり前の、そして必要不可欠なものになった。

 かくも高性能なコンピュータが広く使われるようになった理由を物質の面から突き詰めれば、要するに半導体の材料となるシリコンの製造技術の高度化ということに行き着く。この数十年に訪れた社会の急激な変化も、多くはここに由来するといえる。シリコンこそが現代社会を代表する材料であることに、異を唱える者はないだろう。

 現在のコンピュータはあらゆる用途をこなすようになっているが、コンピュータとはもともと「計算機」の意味だ。人の手には余る複雑な計算を、自在に行なう機械が欲しい――この欲求こそが、現在のコンピュータ文明を築き上げた。その試みは、思ったよりはるか昔から始まっている。

古代ギリシャのコンピュータ

 ギリシャのペロポネソス半島とクレタ島の間に、アンティキティラ島という小さな島が浮かんでいる。現在は数十人が住むに過ぎない小島だが、今から2000年以上前には海賊の根拠地として、多くの荒くれ者たちが住んでいたと考えられている。

 1901年、この島の沖合で一艘の沈没船が引き上げられた。長らく詳しい調査もなされなかったその積み荷に、驚くべき代物が眠っていることが明らかになり始めたのは、1951年のことであった。この船に積まれていた、紀元前150年から前100年ごろの間に作られた機械は、現代の科学者たちを困惑させるほどの、途方もない精密さを備えていたのだ。

アンティキティラ島の機械(Marsyas / Wikipedia Commons)
 

 調査が進むにつれ、驚くべきことはさらに増えていった。この機械は少なくとも30以上の歯車が組み合わさって、太陽や月の動きを完璧に再現していた。日食・月食の予定日や、オリンピックの開催年を割り出せたともいうから、これはもうアナログコンピュータと呼んで差し支えのないレベルだ。この後1000年間は、これほど精巧な機械は世界のどこにも出現しておらず、調査に当たった研究者に「希少性からいってモナ・リザよりも価値が高い」と言わしめている。

 誰が何のためにこの機械を作り、なぜ船に載せられていたのかなどはまだ全くわからず、アンティキティラの機械に関する研究はなお続いている。いったいどういう人物がかくも凄まじい代物を作り上げてしまったのか、なんとも興味は尽きない。

 職人タイプの人間というものは、ひとつの世界をシミュレートし、包み込んでしまえるような何かを、自分の手でこしらえてみたいという衝動を持っているように思う。こうした腕利きの職人が、優れた天文学者と出会って互いに触発しあった結果、実際の必要性を遥かに超えるほどの途方もないマシンが出来上がってしまったのではなかろうか。

計算マシンの夢

 もちろん、多量の計算を正確にこなす需要は高いから、これ以外にも「コンピュータ」は各時代で作られてきた。そろばんや算木、計算尺といった比較的単純な機構のものも広く使われたし、ブレーズ・パスカル(1623-1662年)やゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716年)といった著名な数学者も、歯車式の計算機械を考案している。

 現在のコンピュータにつながる計算機の開発に取り組んだのは、イギリスのチャールズ・バベッジ(1791-1871年)であった。当時、船の航路の決定には「対数」と呼ばれる数値が用いられていたが、これをまとめた対数表は間違いだらけであり、このために船の遭難さえ起きていた。そこで1812年、当時21歳のバベッジは、この対数を機械で正確に計算できないかと考えたのだ。

チャールズ・バベッジ
 

 「階差機関」と名付けられた彼のマシンはあまりに複雑であったことに加え、何度も設計が変更されたことなどもあり、すぐに資金が不足した。20年にわたる努力が続けられたものの、結局バベッジは階差機関の完成を諦めざるを得なかった。

 1991年、バベッジの生誕200年を記念し、彼の生前には完成しなかった階差機関を復元するプロジェクトが行なわれた。完成したのは、幅3.4メートル、高さは2.1メートル、4000個の部品から成る巨大なマシンであった。試運転の結果、15桁の数の計算を正確にこなしたというから、バベッジの設計は正しかったわけだ。

復元された階差機関2号機(geni / Wikipedia Commons)
 

 人類の歴史上、初めての電子計算機が作り出されたのは1945年のことであった。記念すべき最初のコンピュータの名は「ENIAC」という。時期から推測されるように、砲弾の弾道計算など第二次世界大戦への活用を目指したものであった。残念ながらというべきか幸いなことにというべきか、その完成は終戦後のことであった。

アメリカ陸軍の資金提供によって開発されたENIAC
 

 ENIACは18,000本近い真空管、7万個の抵抗、1万個のコンデンサなどから成り、幅約30メートル、総重量約27トンという怪物であった。画期的であったのは、プログラムによって広範囲の問題を解けるよう設計されていたことで、現代のコンピュータの祖とされるのもここに理由がある。

 これらマシンは見事なものではあったが、結局あまりに巨大かつ高コストに過ぎ、極めて特殊な用途にしか用い得なかった。こうした計算機械が、我々の生活にまで影響を与えるようなものに成長するためには、ある材料との出会いが必要であった。その材料こそ、今回の主役であるシリコンに他ならない。

 なおシリコンは元素のひとつである「ケイ素」の英語名だが、日本では元素を指す時に「ケイ素」、半導体材料としては「シリコン」の語を使うことが多い。本稿では両者を適宜使い分ける。

運命を分けた兄弟元素

 周期表というものは、化学者にとって単なる元素の一覧表ではない。眺めるだけでいろいろなことを考えさせてくれる、限りないアイディアの泉のような存在だ。たとえば金・銀・銅が周期表で縦に並んでいる(=化学的性質が似ている)ことに気づくだけで、オリンピックのメダルも人類の経済活動も、何やら違った姿に見えてくる。

 
 

 筆者がいつも不思議に思うのは、炭素とケイ素の並びだ。この二つは周期表で上下に接する、いわば兄弟元素だ。結合の腕を4本持っており、ケイ素の結晶はダイヤモンドと全く同じ構造であるなど、両者にはいろいろ共通点が多い。ところが両者の在処や働き場所は、まるで違っている。

 拙著『炭素文明論』で書いた通り、炭素は生命の世界における最重要元素だ。人体を形作るタンパク質もDNAも、みな炭素が中心となってできている。この地球の地殻及び海洋部分、すなわち我々が目にする世界のうち、炭素は重量比でわずか0.08%を占めるに過ぎない。しかし我々の体重の2割近くは、炭素で構成されている。炭素こそは、生命にとって何より必要欠くべからざる元素なのだ。

佐藤健太郎『炭素文明論』(新潮選書)
 

 では、炭素とよく似たケイ素も、生命を形作る柱となりうるのではないか――とは誰もが思うところだ。このため古典的なSFでは、ケイ素生物が様々な形で描かれている。しかし実際には、ケイ素は驚くほど生命世界に縁が薄い。珪藻などのプランクトンや、イネ科の植物などごく一部に例外がみられるものの、生物界にほとんどケイ素は登場しない。ケイ素は極めて豊富で入手容易であるにもかかわらず、どういうわけか多くの生物はこの元素を爪弾きにしているのだ。

 ではケイ素はどこにあるかといえば、多くは岩石として存在している。そこらじゅうに転がっている石や岩は、ケイ素と酸素及び各種の金属元素が密な網目状に結びつき、強固な塊となったものだ。

 このため我々が目にする世界を元素別に分けると、重量比で約半分が酸素、約4分の1がケイ素で占められている。先に述べた通り、炭素化合物(及びそれを基礎とした生命)の存在量は、ケイ素化合物に比べれば爪の先ほどもない。もし宇宙人が地球にやってきたら、生命の存在には気づきさえせず、単にケイ酸塩の塊を水が覆った惑星として認識するのかもしれない。

 さらにいえば、炭素とケイ素の兄弟は、互いに手を取り合い、結びつくことすらない。炭化ケイ素という鉱物がごくわずか隕石などから見つかっているが、それ以外には炭素とケイ素が結合した化合物が、自然界にはどうも見当たらないのだ。

 炭素とケイ素は決してくっつけられないわけではなく、人工的に両者を結合させることはできる。台所用品や医療材料などとして用いられる、シリコーンゴムがその例だ。ご存知の通りシリコーンゴムは柔軟で耐久性が高く、熱にも強い。こうした優れた材料を生み出しうる炭素-ケイ素結合が自然界に存在しないのは、どうも不可解なことに思える。

シリコーンゴム(Gmhofmann / Wikimedia Commons)
 

 (余談ながら、シリコーンゴムはよく「シリコンゴム」と表記されるが、厳密にはこれは誤りだ。シリコーンはケイ素と酸素を骨格として含んだ一群の化合物を指し、英語ではsiliconeと綴る。「ケイ素」を意味するsiliconとは別の言葉だ。)

 ともあれ、本来仲のよい兄弟元素である炭素とケイ素は、一方が生命世界のリーダーとなり、もう一方は無機世界の旗頭に座った。今に至るまで、自然界において両者は決して交わることなく、まるで別々の道を歩んでいる。何だかまるでギリシャ神話のような、壮大なストーリーを感じてしまうのは筆者だけであろうか。

後編につづく