人の手で海外から持ち込まれた外来種の生物が、日本の生態系にさまざまな負の影響を与えているという内容のニュースを、しばしばテレビや新聞で目にする機会はあるだろう。リスの世界においても、それは例外ではない。近年、日本国内でもともと分布していなかった種のリスが人の手によって放たれ、定着する事例が目に付く。有名なのは伊豆大島や鎌倉のタイワンリスだ。その名の通り、台湾をはじめ東南アジア各地に広く分布する外国のリスで、外見が愛くるしいので一昔前に日本各地の観光施設に客寄せ目的で持ち込まれて飼われていた。それがあちこちで逃げ出して、野生化してしまったのだ。

タイワンリス。タイにて。台湾含め東南アジアの広域分布種なので、最近はクリハラリスの名で呼ばれる。
 

 タイワンリスは外見こそ可愛らしいが、かなりいたずら好きでしかも攻撃的な動物である。タイワンリスに関しては、私がまだずっと幼かった頃からすでに植栽されたツバキのつぼみやら電線を齧ってしまうなどの被害が、テレビで取りざたされていたのを覚えている。他にも野鳥の巣を襲ってダメにしてしまうなど、生態系保全の面からも問題視されている。しかし、タイワンリスは何せ見た目が可愛らしく、表だって殺処分しようとか駆除しようとすると各方面から「可哀想だからやめろ」などと反発がくるため、なかなか進まない。しかも、よかれと思って餌付けするような人々もいるため、当分日本からタイワンリスがいなくなる日は来ないだろう。まさに、「かわいいは正義」だ。
 タイワンリスの場合、それでも露骨に人間の日常生活に支障をきたすような働きがある分、一般社会に注目されている方であろう。しかし、他にも注目されていないながらタイワンリス以上に不穏な働きをなそうとしている外来リスが、この国に存在するのだ。

 2012年の、秋も深まった頃のある日。当時まだ長野に住んでいた私は、原付バイクで行きつけの高原地帯の一角を走っていた。だいたい10月後半にもなると、標高のそれなりに高いこの界隈では虫が軒並み姿を消してしまう。しかし、この肌寒い時期に限って現れる珍しいガなどがいるため、時間を作ってはわざわざ麓から様子を見に通っていたのだ。沢沿いの石を起こせば、サンショウウオやゴミムシの少し変わったものが見つかる場合もあるし、氷河期の生き残りとも呼ばれるトワダカワゲラの成虫を見つけるにもいい。何より、この時期は美しい山々の紅葉が見られる。
 幼い頃、秋の終わりに箱根に旅行に行ったことがあるが、その時は山全体がとにかく茶色くウンコみたいに汚らしかった。多分、あまりにも遅い時期に行ったせいで冬枯れの状態だったのかもしれないが、生まれて初めて山で見た「秋の山の景色」がそれだったため、私は紅葉というものがメディアの作りだした単なる幻想に過ぎないのではないかと、ずっと思っていた。そう、長野に移り住むまでは。長野に来て、私は初めて紅葉の美しさを知った。山全体が、一様にオレンジや黄色になる様は壮観だ。松本市街からも遠く山の染まっている姿自体は見られるが、実際に自分がその中へ分け入るとまた格別である。
 閑話休題。
 私はひとしきり山で用事を済ませた後、家に向けて原付バイクで一気に秋の山を下った。色とりどりの落ち葉が舞い散る中、林内の道路を能天気に走っていく。と、その時だった。私の目の前に、何か小さなものが突然パッと飛び出した。シマリスだった。視界に入ったのはごく一瞬のことだったが、明るい褐色の地に黒い数本の線が見え、私は即座にそれがシマリスであると認識できた。驚いた私は瞬時に避けようとしてハンドルをひねった。からくも紙一重のところでリスを避けるには成功したようだったが、たまたまハンドルをひねったその場所が、おりからの秋の長雨で湿った落ち葉の堆積したカーブ道だった。滑る落ち葉にタイヤがスリップしてバランスを崩し、私はその場でバイクごと派手に横転した。幸い後続車はおらず、二次的な事故にはならなかった。バイクも片側のウインカーランプが割れた程度で、私も骨を折ったり頭を打ったりなどの致命傷は負わずに済んだ。しかし、転倒時に体の右側から倒れこみ、それを反射的に右手でかばおうとしたため、右手をかなりひどく擦りむいた。いや、アスファルトの路面で自らの肉体を直に押し付け、大根の如く磨り下ろしたと言ったほうが正しい。結果、皮の剥げた手から大量の血をボタボタ垂らしつつ、痛みに耐えて再び原付を家まで走らせねばならなかった。傷はその後化膿して治るのにかなりの日数を要し、今なお私の右手の甲の小指付け根には、当時の痕がケロイド状に残り続けている。
 しかし、そんな私の怪我のことなどはどうでもよい。日本の動物に詳しい人ならば、上の話を読んで何かおかしいことに気が付くだろう。そう、シマリスがなぜ長野の山にいるのかということだ。元々日本国内でシマリスが分布するのは、北海道だけである。そのシマリスが、なぜか本州の長野に生息しているのだ。
 どうやら、ペットとして人間に飼われていたものが逃げたか、あるいは意図的に捨てられたものが野生化し、繁殖してしまっているらしい。少なくとも、私が長野に移り住み始めた2001年時点ではすでに長野の野山でしょっちゅう見かけたし、それよりもずっと昔から山中でよく見ていると大学の先輩が話していたのを覚えている(ちなみに、日本でペットとして流通しているシマリスは主に朝鮮半島などユーラシア大陸産の個体群である)。
 私の足しげく通ってきた長野の裏山では、2010年辺りを境にシマリスとの遭遇頻度が急激に上がった気がする。個体数は、おそらく10年前などに比べれば格段に増えていると思う。私は今のところ、本州においては長野でしかシマリスを見たことがないが、少し調べてみると、他にも岐阜や新潟といった幾つもの都道府県でも定着が確認されているそうである。なお、元々在来のシマリス個体群がいる北海道においても、ペット用の外来シマリスが放たれてしまっているらしい。

長野県松本市内で見たシマリス。この写真だけ見ると「自然の中に息づく美しき生命」だが、こいつがそこにいる時点で既に自然でも何でもない。
 

 私は、この状況をとても危惧している。かわいいシマリスが山にたくさん増えて何が悪いのかと、大抵の人間は思うに違いない。しかし、もともと日本国内において北海道以外にシマリスがいなかったという歴史的事実は、極めて重大だ。逆に言えば、本州以南にはシマリスがいなかったおかげで今日まで生き残ることができた小動物だっているはずなのだから。
 例えば、ヤマネという小動物がいる。見た目はリスとネズミの中間のような姿をした、とても可愛らしい獣である。日本にしか分布しない上に、これと比較的近縁な仲間はヨーロッパやアフリカまで行かないと現存しておらず、学術的に貴重な動物のため国の天然記念物にも指定されている。そもそもヤマネ科の動物の起源は古く、かつては世界中に広く分布し種数も多かったことが、化石により判明している。しかし、時代の流れと共に各地で姿を消してしまい、現在ヤマネ科の動物は上記の3地域にしか生き残っていないのである。殊に日本産のヤマネは、現存するヤマネ類の中でも一番系統的に古いタイプの生き残りであり、とにかく現在まで生き残ってきたこと自体が奇跡のような動物なのだ。
 日本産のヤマネは、餌や行動圏がシマリスのそれと非常に似通っており、しかもシマリスよりずっと小柄で力も弱い。だから、ヤマネは生きる上で必要な資源を巡ってシマリスと競合する可能性がとても高く、かつ競合すれば必ず負けるのは想像に難くない(ちなみに、本土在来種のニホンリスは根本的にシマリスとは活動する樹高が重ならず、生活スタイルもかなり違うので直接的な競合は起きないと思う)。そんなヤマネが今まで日本に生き残ってこられた理由の一つとして、彼らがシマリスの分布しないエリアに分布していたことが挙げられるだろう。日本においてヤマネは本州以南に分布しており、シマリスのいる北海道にはいない。北海道にヤマネがいない理由が、もともと地史的に侵入したことがないせいなのか、大昔には分布していたがシマリスとの戦いに敗れて滅びたせいなのかは、私は知らない。しかし、本州以南にシマリスがいなかったことは、ヤマネにとって生存に大きく有利に働いたに違いない。何千年、何万年にわたり保たれてきたその安泰が、人間によるたかだか数十年単位の行為により、崩れ去るかもしれない時期に差し掛かっている。

ヤマネ。日本固有の愛らしい獣。直接的・間接的かはともかく、日常的にシマリスに殺されている可能性が疑われる。
 


 人間が野に放ったシマリスがこれ以上増えてしまえば、ヤマネはいずれ餌や住処を奪い取られて絶滅してしまうかもしれない。シマリスによる直接的な攻撃はもとより、間接的な影響も心配だ。外国から来たシマリスの体内には、外国の獣に取りついている寄生虫や病原菌がいる可能性がある。それらが寄主たるシマリス同様に日本の野山に蔓延したら、免疫のない日本のヤマネやネズミ達に致命的な影響が及ぶかもしれない。実際、私がシマリスを見かけている長野の山塊では、ヤマネの生息も確認している。以前は、樹幹に取り付けられた小鳥用の巣箱を開けると時々ヤマネが入っているのを見たが、シマリスを特に高頻度で見かけるようになったこの4~5年間というもの、ヤマネの生息を一度も確認できていない。今や信州の山を歩いている時に、あの「チフッチフッ」という耳の鼓膜に突き刺さるようなシマリスの警戒音を聞くたびに、つい舌打ちをしてしまう。

 長野のシマリスは、長野にいてはならない。今のうちに全て野山から絶やすべきである。外来種絡みの問題でこういうことを言うと、「よそから連れてこられた動物に罪はない、連れてきた人間が悪いのだ」という者が必ず現れる。確かにそのとおりである。しかし、だからと言って連れてこられたその外来種がそのままそこへ居続け、そのせいで在来の生物が蹂躙され、絶滅していくのがよいなどという理屈は、決して通らない。今、そこにそこ独自の生態系が出来上がっているのは、何か知らないが適当にそうなったせいではない。これまで地球上の歴史の中で起こった、様々な気候的・地理的・生物的な変化が重なりに重なり合った結果、今そこにあるべくしてあるのだ。いわば、生態系は地球史の履歴書と言っても過言ではない。人間の世界で言う歴史的建造物の法隆寺に日光東照宮だって、当時の様々な文化、宗教その他いろんな要因が積み重なった結果として、各々あるべき場所に建立され、現在まで守り継がれてきたではないか。ならば人間の作った歴史的建造物などよりずっと昔から連綿と築き上げられ、成立していった生態系だって、同じく守り継がれて然るべきだろう。生態系を乱す原因を作ったのが人間ならば、その後始末をきっちりつけるのも、また人間がやるべきことである。シマリスが可哀想だからなどと言ってこのまま何もしなければ、今度は元々そこにあるべき八百万の生き物達が可哀想な目に遭うのだから。私の尊敬する、とある知り合いの学者は、「外来生物は罪はないが害はある」と言っていたが、本当にその通りだと思う。

紅葉が進む信州の山々。
 

 と、言いながらも実のところ、あの時バイクの前に飛び出してきたシマリスを、とっさに避けずそのまま轢き殺してしまえば体よく外来種の駆除になったわけだし、何よりも私自身アスファルトで己の肉体を磨り下ろさずに済んだのである。しかし幼い頃、家でシマリスを長年飼育していた経験を持つ私には、そんなことはできなかった。口先では生態系を守って云々と偉そうなことを言いがちな私も、まだまだ情に流されるたちである。

★小松貴さんイベントのお知らせ★

今夏、お子さまを対象(保護者同伴)に、小松さんの「昆虫観察会」を行います。東京のど真ん中で、果たしてどんな虫たちと出会えるのか?

日時:2017年8月20日(日)10:30~12:30
場所:代々木公園 
※ご参加の方には詳しい集合場所等を電話・メールなどでお知らせします。
受講料:3,240円(税込)

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