地中海に面し、ラテンとアラブの文化が混ざり合ったスペインでは、独自の食文化が花開いた。様々な小皿料理をたくさんとって分かち合う——日本でも近年知られるようになったタパス(小皿料理)文化だ。スペインでは夏の始まり6月の第3木曜日(今年は15日)を世界タパスデーと決め、各地でそのおいしさと楽しさを伝えるイベントを行っている。タパスの一種で、美しく串に刺されたピンチョスを日本に紹介したことで知られるシェフのジョセップ・バラオナ・ビニェスさんは、故郷スペインとアジアの食文化の意外な類似性を語る。

 

「まずタパスの説明からしましょう。よく使う例は、皿に盛られた大きなオムレツがプラト(plato=大皿料理)、それを8分の1くらいに切り分けて小皿に載せたらタパス(tapas=フタを意味するタパが由来)。それをもっと小さく切ってパンに載せたり串に刺したりして手で食べられるようにしたらピンチョス(pintxos=ピンチョは串を意味する)です。

 

 最近でこそ、ヨーロッパの他の国でもタパスが流行していますが、元々ドイツやフランス、イギリスにはスペインのような小皿料理はなかった。一人一人が『自分の料理』を食べるのが普通だったのです。
 でも、おもしろいことに日本をはじめとするアジアの国には〝タパス〟がたくさんある。日本の寿司や焼き鳥だってフィンガーフードという意味ではピンチョスだし、居酒屋のおつまみはタパスです。日本人は世界一タパスを食べていると言ってもいいくらい。スペインと日本、国柄は違うけれど、小皿文化はそっくりです。

スペイン産ウサギとピスタチオのテリーヌ ペドロヒメネスビネガーのソース
 

 ぼくはタパスが大好き。おいしいものをちょっとずつ、バランスを取りながら食べたい。量が少ないし、値段も高くないから、知らないもの、目新しいものでも挑戦しやすい。気に入ったら追加すればいい。お酒を飲みながら、家族や友達と分かち合う。それが何より楽しい。特にスペインでやるように、いろんな店をはしごしながら食べ歩くのがまた楽しいのです。
 手で食べるとおいしく感じるのは、それが人間にとって自然だから。ぼくはお寿司も手でつまむ方が好きです。ナイフやフォークがいけないと言ってるのではないけれど、やはり手でつまむのが自然だと思う。スペインで『おいしい!』を表す仕草は、指をしゃぶる動作です」

小海老・枝豆・クリームチーズの冷製アヒージョ
 

 スペイン・カタルニア地方に生まれたバラオナさんが、どこにあるかも知らなかった日本にやってくるきっかけを作ったのは、シェフを探しに来ていた日本人経営者だった。家族で営む料理屋にたて続けに3回食べに来た日本人に、東京で地中海料理の店をやらないかと誘われたのだ。24歳だった。とりあえず1年のつもりだったが、日本が好きになり、結婚して家族もできて、いつしか26年が過ぎていた。流暢な日本語で語る。
「最初の店が完璧にうまくいっていたら、すぐに帰国したかもしれない。でも、もっとやれることがあると思った。満足できなかったから残ることにしたのです」
 その後、スペイン大使館観光局の仕事もしながら料理の研鑽を重ねたバラオナさんは、97年に東京・内幸町に自分の店をオープン。その手腕を買われ、後に「予約の取れないレストラン」として知られることになる「小笠原伯爵邸」の開業にあたり総料理長として招かれた。さらに2005年の愛知万博ではスペインパビリオン「タパス・バー」の総合プロデューサーに就任した。
 小笠原伯爵邸では、日本人の好みにあわせながら遊び心を効かせてお洒落で楽しいスペイン料理を出して大好評を博した。だが、そのうち、もっとシンプルで、よりピュアなスペイン料理を作りたいと思うようになる。退職して、2006年、新たに一日一組しか予約を受け付けない「わがままな」アトリエ「レ・ストゥディ(書斎、の意味)」を開き、月に4、5日、多いときでも8日しか営業しないというスタイルを守っている。

世界タパスデーのためにバラオナさんが考案したオリジナルタパス
ほたての鉄板焼きと玉葱の天ぷら ロメスコソース添え
 

「料理するのは大好きだけれど、〝料理のビジネス〟はちょっと嫌になってきた。同じことを繰り返すのが嫌いで、ひとつうまくいくと、次のことをゼロから挑戦したくなる。人は肩の上の荷物が重すぎると歩けないでしょう。新しいことをやってみたかったら、前の荷物をひとつ下ろさないといけない。若いときみたいに本当にゼロからスタートするのはなかなか難しいけれど、いつもそうしたい気持ちはある。これまでやってきたことは全部良かった。失敗も含めて。でも、それは過去のこと。いつも新しいことをやりたい。同じことをやって会社を大きくしたとして、それは何のため? お金をたくさん儲けたとしても、それは何のため? 金庫にためておく? それよりも、家族を守って、友達と楽しく呑みに行けて、バランス良く生活していければその方がずっといい。楽しくなくちゃね」

イベリコ豚舌のエスカローペ パクチーとシェリービネガーのソース
 

 いま温めているアイディアは、プロデュースするレストランBIKiNiを活かしてBIKiNi ASIAのような名前で、スペインのタパスとアジアの小皿を合わせた料理を楽しんでもらうこと。
「きっとそれは楽しいと思う。楽しいのがいちばん!」

タコの冷製アヒージョ パクチーの香り


*スペイン政府観光局は、タパス文化を広く知ってもらうため、6月15日から28日の間を「タパスウィーク」とし、東京都内21のスペイン料理店ではオリジナルタパスを楽しむことができます。詳しくは、http://www.spain.info/ja/world-tapas-day-tokio

 

Josep Barahona Viñes(ジョセップ・バラオナ・ビニェス)
1966年生まれ。1991年来日。97年、東京にスペイン料理店「エル・パティ・デ・バラオナ」をオープン。2002年から05年まで小笠原伯爵邸総料理長。05年に愛知で開かれた「愛・地球博」のスペインパビリオンの総合プロデューサーを務める。06年に「レ・ストゥディ」をオープンし現在に到る。タパス文化普及の第一人者として、スペインの文民功労勲章を受章。『ピンチョス360°』『タパス360°』など著書多数。最新刊は『マヨネーズがなければ生きられない、スペイン人シェフのマヨネーズの本』。