眠りと夢にまつわる文学の佳作はとても多いので、特集には短編作品をぜひとも掲載したいと考えていました。翻訳家の柴田元幸さんはご自身が責任編集を務めていらした文芸誌『モンキービジネス』で、「眠り号」と題する特集を組んでいます(08年夏号)。柴田さんにお願いしたところ、とっておきの1編「陰気な鏡」(ブライアン・エヴンソン)を翻訳してくださいました。柴田さんはマーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』新訳から、ポール・オースター『ブルックリン・フォリーズ』、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』などアメリカ現代作家を精力的に紹介しつづけています。

「陰気な鏡」は、姿を消した妹を探す兄・ハーモンの物語。突然妹がいなくなってから2日目、四十男ハーモンは町に出て捜索を依頼する。保安官代理は当初、なかなか真剣に取り扱ってくれない。妹が盲目だと伝えると対応が変わり、警察犬とともにハーモンの農場と家を調べるが、これといった進展も無く、引き上げていった。妹を思うと、小川の底に転がる死体を思い浮かべてしまうハーモン。町で妹の行方を尋ねても誰も知る者はいない。

 その夜、ハーモンは夢を見た。夢のなかでは、妹が行方不明なのではなく、もともと彼には妹がいないのだった。少なくとも彼はそのように理解した。夢のなか彼は、部屋の自分の側に置いたベッドに横たわったまま、部屋を二つに割っているカーテンをじっと見ていた。ベッドから起き上がり、思いきってカーテンを引いてみると、部屋のもう半分がある代わりに、空虚と闇があるだけだった。
 うめき声を上げながら目を覚まし、気持ちを落着かせるのにずいぶん時間がかかった。ベッドに横になったまま、カーテンをじっと見ていた。とうとう、ベッドから起き上がってカーテンを引いてみると、いつものとおり、部屋のもう半分があるだけだった――彼自身の側の半分を映し出す、陰気な鏡が。

 落ち着かない数日を過ごした後、ハーモンはあることばをきっかけにグレーヴ爺さんの屋敷を目指す。有刺鉄線を潜り抜け、ハーモンはどこへたどり着くのか……。
 読む者の心を不安で揺さぶり続ける謎めいた物語を、どうぞお楽しみください。

 著者のブライアン・エヴンソンは米国アイオワ州生まれ、1998年にO・ヘンリー賞、2007年にはエドガー賞を受賞、現在はブラウン大学文芸科の教授を務めています。柴田さんが翻訳を手がけるエヴンソンの短編集『Fugue State(邦題未定)』は、新潮社より今夏刊行予定です。「陰気な鏡」は2012年発表の『Windeye』に収録されています。